新庄劇場 第二幕はすでに幕開け – 新井克弥

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10月29日、新庄剛志の日ハム監督就任という仰天ニュースが報道された。「新庄はパフォーマンスに優れるが、反面指導者としての経験はないから、チームを率いていくことなんかできるのだろうか?」「新庄は二面性の持ち主。パフォーマンスもさることながら理論面でも優れているから大丈夫」……こうした賛否両論が同日のうちにに何度となくメディアを駆け巡った(ただし、ほとんど肯定的)。だから、たった1日で聞き飽きた視聴者もいるかもしれない。

そこで、パフォーマー、技術者といった側面以外の、そして考えようによってはそれ以上にチーム活性化に重要な新庄の魅力=カリスマ性について、15年前のエピソードをもとにメディア論的に語ってみたい。

”その時、摩訶不思議なことが起こっていた!”

現実歪曲フィールド

Appleの創業者スティーブ・ジョブズのパーソナリティを表現する際にしばしば用いられる用語の一つに「現実歪曲フィールド」がある。大したことのないプロジェクトや製品であっても、いったんジョブズがプレゼンを始めるとクライエントやオーディエンスはそれがとてつもないような素晴らしいものに思えてしまい、取り憑かれたように契約したり、購入したりしてしまうのだ。新庄もまたこの現実歪曲フィールド能力を備えている。その典型が2006年のペナントレースだった。

四月早々の引退宣言というスタンド・プレー

日本ハムファイターズの選手だった新庄剛志は2006年4月18日、ペナントレース開始早々、引退を表明してしまう。通常、プロ野球選手の引退表明は、シーズン末、レギュラークラスの選手ともなれば、全スケジュールが終了した後が一般的なのだが、新庄はちょっと考えられないくらい早い時期にこれをやってしまったのだ。しかも34歳、さして体力的衰えがあるようにも思えない。新庄はこれまで突然の引退宣言、大リーグ参戦、オールスター戦でのホーム・スチール、敬遠ボールをサヨナラヒット、かぶり物をかぶって練習など、常にプロ野球界の中で話題を提供し続けた人気者。本人も言うように「イチローは記録、自分は記憶に残る」存在だった。

そんな選手がこのタイミングで引退宣言などすれば、最後の勇士見たさに連日ファンが球場へ押し寄せ、残り試合すべてが引退セレモニーとなることは請け合い。事実、この年、ペナントレースは新庄を中心に展開した。

並の選手が……新庄劇場というパフォーマンスでチームを日本一に

引退宣言以前から、新庄は自分が打ったホームランにはすべて打法の名前を付けてメディアに紹介していた。引退宣言の際も自らがホームランを打って、それをヒーローインタビューで「28年間思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニフォームを脱ぎます打法」と命名し引退宣言を行っている。すると、その後、メディアはホームランのたびに命名する打法を紹介(これまで以上に大々的に取り上げるようになった)。新庄もこれに合わせて様々なパフォーマンスを続け、これがメディアによって逐一報道された。阪神時代の63の背番号をつけて試合前に練習したり、阪神戦の練習にタイガースの縦縞のユニフォームを着てみたりと、一連の「自作自演引退セレモニー」を毎試合のように続けていく。その間、新庄が引退を覆す様子を見せることは一切なかった。そして、それが新庄という存在を一層注目させることとなる。

これらの新庄のメディアを巻き込んだパフォーマンスが一連の新庄劇場を形成。札幌ドームへの入場者数は記録破りとなり、不景気どん底であえぐ北海道民の士気を大いに盛り上げていくどころか、新庄劇場は全国的な現象となっていく。そしてこの勢いに乗じて日本ハムはリーグ優勝を遂げ日本シリーズ進出。果ては24年ぶりの日本一を勝ち取ってしまったのだ。

敵チームのキャッチャーがバッターに球種を教えた!

新庄劇場にいかにメディア、そして日本国民が踊らされていたかを象徴するエピソードは日本シリーズ最終戦(第五戦)の出来事だ。場所は札幌ドーム。この時点で日本ハムは三勝一敗。優勝まではあと一勝のところに来ていた。八回裏、2点リードで日ハムの稲葉篤紀がホームランを打ち、日ハムは3-0とダメ押しをする。そして次のバッターが新庄だった。しかし、このまま勝ってしまえば、当然のことながらこの打席は新庄にとって選手としては最後の打席となる。そのことを観客、そして実況も知っており、もはや打席は日本シリーズなどそっちのけ、新庄引退へむけた最終打席という意味合いの方が遙かに勝っていた。これは新庄も承知しており、感極まって涙が止まらずボールが見えない状態に。

その時、対戦相手のキャッチャー、中日の谷繁元信捕手が新庄に思わず一言つぶやいた。

「泣くな、まっすぐでいくから」

そして代わったピッチャーの中里篤史はすべて直球を投げ、新庄は三球三振に倒れる。すると、球場は総立ちで新庄にスタンディング・オーべーション。単なる三振が、このシリーズ最大の見所となってしまったのだ。この話は、しばしば感動の場面としてメディアでも取り上げられた。新庄というカリスマに日本中が酔ったのだ。

しかし冷静に考えてみれば、これはとんでもない状況、野球のルールを逸脱した「厳罰もの」である。問題は中日捕手の谷繁である。対戦相手の捕手が敵チームのバッターに球種を教える、しかもすべてというのは、八百長とよばれても仕方がない行為。しかも、得点差は三点。中日ドラゴンズはまだ9回の攻撃を控えており、逆転の可能性も十分考えられる。つまり、この時点でまだ日本シリーズの決着は付いていない。谷繁の行為は、まるでオール・スターやエキシビジョン・ゲーム、消化試合での引退選手の最終打席のような感覚といわねばならない。新庄が三球三振したからよいものの、本来ならばそれでも処罰もの。万が一、ここで新庄がホームランを打っていたら大変なことになったはずだ。

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