世界は危なくなっている
2001年9月11日にアメリカで同時多発テロが発生した際、筆者はまだ物心がついていなかった。そのため、個人としては9.11という出来事は遠い昔の歴史的な出来事以外の何物ではない。
しかし、物心がついてから飛行機が二機、早朝のニューヨーク市街の上空を飛んで、世界貿易センターに突っ込むシーンを見るたびに恐怖感に襲われる。いわずもがな、あの忌々しい事件をリアルタイムで見ていた人たちの世界観に9.11が与えた影響は計り知れないものであろう。
9.11を機にアメリカはテロ行為を行う者とそれを支援する国家を撲滅するためにいわゆる「テロとの戦い」を開始した。3000人もの同胞を一瞬にして奪われた怒りは止まるところを知らなかった。
アメリカは9.11の首謀者アルカイダを匿っていたアフガニスタン、アルカイダとの関与を疑われたイラク(当時のイラクはアルカイダを敵対視していた)を次々と侵攻した。そして、アラブの春の反動によって生み出されたイスラム国を壊滅させるためシリアに派兵した。そして、アフリカ大陸全域がテロの温床となり、アメリカを攻撃する土台ができつつあると、アフリカ各国に顧問団と称して米軍を派遣し、ドローン攻撃も日常的に行うようになった。
結果的に、テロとの戦いは世界規模にまで拡大した。ブラウン大学によると2018年から2020年の間に確認されたアメリカが対テロ作戦を実施している国は85か国に上る。
見方によれば、アメリカが2001年に開戦したテロとの戦いはまだまだ序章である。9.11以後、テロ組織の数は各段に増えている。また、バイデン政権はアフガニスタンから撤退して終戦ムードを醸成しようとしている一方で、7月には数には言及していないもののテロが激化しているケニヤに米軍を派遣した。
9.11以降、大規模なテロ攻撃はアメリカ本土で確認されていない。しかし、テロの脅威は今まで以上に深刻化しており、今もなお米軍は対テロ戦争に従事している。アメリカが国力をあげて20年間積みあげてきた結果が、今の世界なのである。
そして、アメリカのテロに対する認識が変わらない限り、再びテロ攻撃の脅威にさらされる可能性は否定できない。
彼らは我々の自由を嫌っている
当時のブッシュ大統領は9.11から9日後の議会両院に向けてのスピーチでアルカイダのテロ行為の動機を上記のように断定した。
イスラム過激派はアメリカが重視している価値観を気嫌いしている。だからアメリカを攻撃した。ブッシュ氏は先日の9.11の20周年記念式典でも同様のことを述べていた。そのことから、事実上、上記の見解はアメリカのコンセンサスとなって今に至る。しかし、アメリカのこの見解自体が対テロ戦争を膨張させて、際限のない闘争に発展させた。
同時多発テロの首謀者であるオサマ・ビンラディンは確かにアメリカを憎んでいた。それには理由があった。サウジアラビア人である彼はイスラム教の聖地であるメッカがあるサウジに米軍基地があることを憤慨していた。また、彼はアメリカを攻撃して国内の厭戦機運を高めることによって、中東全土からアメリカを撤退させようと策謀した。(レバノンでのテロ攻撃後に米兵が数百人死んだ後、アメリカは同国から兵を撤退させていた)ビンラディンの目からすれば世界の警察としてのアメリカの役割がテロを決意させたのである。
そして、ビンラディンの思惑と逆行する形でアメリカは中東でのプレゼンスを拡大させた。それはアメリカを追い出そうとするアルカイダのような勢力の伸長、民族主義の勃興を誘引し、中東一帯からアフリカにかけての安定は脆弱になり、アメリカはそれに引きずり込まれた。
当然、アメリカの行動が逆効果になると指摘をしていた識者はいた。テロリストの願いがアメリカの抹殺ではなく、彼らの生息地からアメリカを追い出すことであれば、撤退すればよいではないか。
しかし、9.11直後のアメリカは少しでもテロリストを擁護をすることを許さない言論空間が存在した。上記のようなニュアンスを帯びた発言をメディアでしようものなら、仕事を無くす人もいた。皮肉にも、アメリカがテロリストから守ろうとしていた自由のひとつである表現の自由が否定された結果、アメリカは対テロ戦争の引き際はおろか、止まる方法も分からなくなった。
対テロ戦争はいつ終わる?
終わりが見えない対テロ戦争を終わらせるには、まずアメリカが自己認識を改めることである。敵の視点に立って、相手にが何を求めていているかを分析するべきだ。
テロリストは理由もなくアメリカを攻撃したがっているわけではない。アメリカの中東、アフリカ諸国で居ること自体に怒っているのであり、身内が戦争によって殺されたことが間接的にアメリカへの嫌悪を増長させているのである。
しかし、アメリカ自身がその事実に気づかないまま、20年来の見解を引き続き固持する限りは、テロとの戦いは永久に続き、アメリカへの憎悪はますます増大するであろう。