渋井哲也
「20歳までに死にたいと思っていました。すべての法律で大人になってしまう。それが嫌で。とりあえず、20歳まで生きればいいでしょ?」
希咲未來(21、仮名)は、18歳のころからずっとそう思っていた。なぜ、「死」が頭に浮かんだのか。その理由のひとつは、彼女とつながりのあった援助交際デリバリー(援デリ)の元締めが自殺したことだ。アルコールや睡眠薬、精神薬のオーバードーズ(OD、過剰摂取)をしたことが原因らしい。このとき、希咲も死のうとしたというが、死ねなかった。
一般に、援助交際の場合は、客を探すのも、行為をするのも本人だ。しかし、援デリではマッチングアプリやSNSなどで別人が客を探す。例えば、探す人が男性の場合もあり、そのときは女性のふりをする。客を見つけると、援助交際をする本人に連絡が行く。これが「援デリ」だ。
希咲が「援デリ」をしていたのは18歳の5月から19歳の12月。歌舞伎町の出会いカフェで待機して、客が確保できたらスマートフォンに連絡が来る仕組みだった。希咲はこの〝仕事〟をしていると、なぜか死に近い感覚があったという。
「ここで死ぬんだろうなと思っていたんです。周囲に薬物依存の子もいたし」
「死にたい」という感覚は中2の頃からあった。その頃、希咲は児童相談所に一時保護されていた。保護されたとは言え、一時保護所は快適な場所ではなかった。そのため、一緒に保護されていた子と窓のロックを外して、3階から飛び降りた。死のうとしたのだが、未遂となった。
父からの暴力、母からの暴言
希咲は父親から虐待を受けていた。小学生の頃、思い切って、学校で相談したが、父親が虐待を否定したために、家に帰されることになる。
「物心がついたときには虐待を受けていました。小6の頃、『家にいたくない』と思って、先生に言ったんです。児童相談所へ行くことになりましたが、体の傷は見せませんでした。とにかく、『家がやだ』と言っていたと思います。そこで親が迎えに来て、父は〝おれは何もやっていない。娘、返せよ〟と否定したんです。このとき保護されていたら、違ったと思います」
父親から、どんな虐待があったのか。
「鍋に頭を打ちつけられることがありました。2階の階段から突き落とされました。そのルーティーンみたいな。逃げるけど、引きずられて、階段から落とされるんです。けがをしても放置されましたね。殴られたはずみでストーブにぶつけて火傷したこともありますが、病院にも連れて行ってくれませんでした。虐待されているのを見ていた弟は『お姉ちゃん、死んじゃうから、やめて』と言っていました。母親は見ているだけでした」
母親からは、暴力はないが、暴言を吐かれていた。
「『お前なんか産まなきゃよかった』とか、『うちの子にはいらない』『そんなふうに育てた覚えはない』と言われていました、母親は父親に逆らえず、殴られていました。母親も病院には連れて行かない人なんです。病気になっても、電話帳で『お前が調べろ。どうせ保険証がないし、診察してくれないよ』『お金ないし。みてくれるところあるわけねえじゃん』と言われました。今、思えば、ネグレクトでした」
父からの性的虐待をきっかけに始まった自傷
中学に入ると、父親から性的虐待を受けた。
「中1の春、父親に〝女になったのか?〟と言われたんです。生理のことを言い、女として見たんだと思います。性的なことは全部されました。すべてがどうでもいいなと思いました。(行為が)終わった後、『もう無理!何これ?』って思いました。父親からは〝言うなよ〟と言われましたし。のちに、児相に対して、母親は〝そんなこと(性的虐待)ありません〟と言いました」
希咲は助けられることがなかった。中1の頃からリストカットを始めた。理由は、父親からの虐待があったからだ。
「気がついたらしていたんです。近くのスーパーでカッターを盗んで切っていたんです。どうしてリスカを知ったんだろう?多分、スマホからアクセスしたネットを見ていて、知ったんじゃないかな。偶然…」
そんな環境下でも、希咲は学校へは通っていた。担任や学校には家庭のことを話さなかったのだろうか。
「言いませんよ。アンケートにも書きません。ただ、一度だけ、書いたことがあるんです。『家が辛い』とか『リスカしている』とか。でも、そのまま親に見せられちゃいました。中2のときに、部活の顧問に〝お前なんか必要ない〟と言われて、学校で思い切りリストカットしたら、大騒動になりました。そのときに、アンケートを親に見せていました」
虐待について書いてあるアンケートを、当事者の親に見せる行為はリスクを伴う。2019年1月、千葉県野田市の栗原心愛ちゃん(当時10)が虐待の末に父親が死亡させた事件があった。このとき、心愛ちゃんは学校のアンケートで「お父さんにぼう力を受けています」と書いていた。そのアンケートのコピーを父親に渡していた。そのことを後で知り、希咲は「一緒じゃん」と思ったという。