第32回東京五輪夏季大会にベラルーシから参加した陸上女子のクリスツィナ・ツィマノウスカヤ選手(24)は3日、東京羽田空港からウィーン経由でポーランドに向かった。4日中にはワルシャワ入りする予定だ。同選手はルカシェンコ政権への批判とも受け取れる言動をしたとして、ベラルーシ代表団から強制帰国を命令されたことを受け、「帰国すれば生命の危険がある」として政治亡命を決意。同選手の願いを受け入れたポーランドに亡命した。同選手の夫、アルセニ・ジュダネビッチ氏は、「自分が妻への説得工作の圧力手段に使われる危険がある」として、ベラルーシからいち早くウクライナに避難している。
同時期、ウクライナに亡命中のベラルーシ反体制派活動家ビタリー・シショフ氏(26)が3日、キエフの自宅近くの公園で首を吊って死んでいるとことを発見された。キエフ警察当局によると、「シショフ氏の鼻が骨折しているなど、拷問を受けた痕跡があった」として、ウクライナ当局は殺人事件として調査を開始している。同氏はウクライナで、ベラルーシの亡命活動家たちを結集してルカシェンコ政権打倒を目指す非政府機関(NGO)で活動していた。シショフ氏は2日、ジョギングに出かけた後、戻らないので、関係者が行方を捜していた。同氏の友人は、「明らかにベラルーシ治安関係者の仕業だ」と述べている。
それに先立ち、ベラルーシの著名なジャーナリスト、ロマン・プロタセビッチ氏(26)は今年5月、ギリシャから亡命先のリトアニアに戻る途上、搭乗機がベラルーシ領域に入った時、同国空軍に強制着陸させられ、ミンスクの治安関係者に拘束されるという事件が起き、欧米社会でルカシェンコ政権の「国家によるハイジャック」として批判が一層高まったことがある。
ベラルーシでは昨年8月の大統領選後、選挙不正と長期政権に抗議する大規模デモが発生。ルカシェンコ政権はデモ参加者を摘発し拘束するなど、反政権活動家への弾圧を強めてきた。指導的な反体制派活動家は隣国リトアニアやウクライナに亡命していった。一方、欧州連合(EU)はベラルーシに対して制裁を実施し、人権弾圧に関与した関係者の口座閉鎖、渡航禁止などの措置を実施中だが、1994年7月から大統領に君臨している「欧州の最後の独裁者」ルカシェンコ大統領は反政府活動家への弾圧をさらに強化し、譲歩する姿勢を見せていない。
オーストリアの与党国民党のシンクタンク「外交アカデミー」所長、エミル・ブリックス氏は3日、同国国営放送の夜のニュース番組でのインタビューの中で、「ルカシェンコ大統領は10年前、欧州統合に参加すべきか、ロシア側に帰属すべきかで試行錯誤していたが、ルカシェンコは今日、ロシアのプーチン政権側との共存を決定している。欧米が制裁を強化しても路線を変えることは考えられない」と指摘している。ちなみに、数年前まで同国の貿易は欧州向けとロシア向けが半々だったが、ここにきて対ロシア貿易が急増してきている。
ブリックス氏は、「ルカシェンコ大統領はプーチン大統領から内外の支援を受けている。ロシアの支援がなければルカシェンコ政権は継続できないことを知っているからだ。一方、プーチン氏は救いを求めるルカシェンコ政権を保護することでロシアの大国意識を満足させている。現時点では、欧米社会の対ベラルーシ制裁はルカシェンコ政権を崩壊に導くのには不十分だ」と説明。その一方、「ルカシェンコ大統領は政治的には明らかに弱体化してきた。反体制派への強権行使はそれを裏付けている。ロシアに対しても援助を仰ぐことでモスクワに弱さを握られている。それだけに、ルカシェンコ政権が予測不可能な行動に暴走する危険性がある」と強調している。
ルカシェンコ政権はイラクなど中東に飛行機を送り、西側に移民を願う難民たちを集めてリトアニアに送り込もうとしている。難民を政治的武器として利用しているわけだ。リトアニア国境には6月末ごろからベラルーシから放出された多数の難民が殺到、リトアニア側も対応に苦しんでいる。欧州対外国境管理協力機関(Frontex)が難民の殺到を阻止するため対ベラルーシ国境の閉鎖強化に乗り出している。
昨年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(現リトアニア亡命中)は3日、ロンドンでジョンソン英首相と会見し、「ベラルーシ政権の強権政治がエスカレートしてきている」と警告を発している。
ちなみに、独週刊誌シュピーゲル(昨年9月5日号)は、「ベラルーシのルカシェンコ政権はなぜ倒れないのか」とについて、2つの理由を挙げていた。一つはロシアのプーチン大統領の内外の支援だ。第2はベラルーシの反体制派内の分裂だ。ルカシェンコ政権の弾圧を恐れた反体制派活動家はリトアニアやポーランドに逃れるか、逮捕され、刑務所に送られている。その一方、大統領選のやり直しなどのベラルーシの今後の政情を話し合う調整評議会メンバーにも路線の対立が見られてきたという(「ルカシェンコ氏がまだ失権しない訳」2020年9月12日参考)。
当方は1996年6月、ベラルーシのウラジーミル・セ二コ外相(当時)とウィーンで単独会見したことがある。ベラルーシが96年4月、ロシアと共同体(同盟)条約を締結した直後だ。同外相は、「ベラルーシにとって隣国ロシアとの経済関係強化は全く自然な決定だ。なぜならばわが国にとって他の選択肢は存在しないからだ。わが国の経済メカニズムは今日まで、ひょっとしたら将来もロシア経済との密接なつながりを有している。多数の大企業はロシア企業のために商品を製造している。経営の悪化した大企業を閉鎖することはさまざまな理由から非常に難しいため、生き延びていくためにはどうしてもロシアとの経済関係を強化せざるを得ないのだ。残念ながら、わが国はドイツや英国、そして日本などの異なった経済形態や水準と歩調を合わせる準備が整っていないのだ」と、同国の現状を率直に吐露した。同外相が説明した内容は現在のベラルーシの状況にも当てはまる。
欧米諸国がベラルーシの欧州統合を焦って進めていくより、ベラルーシとロシア両国の緩やかな欧州統合を推進していくほうが現実的な選択肢ではないだろうか。ベラルーシは、国内が欧州派とロシア支持派に分断されているウクライナとは民族的、歴史的に異なっているからだ(「ベラルーシはウクライナではない!」2020年8月22日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。