リベラルな政権とは
「先生の元気なうちにもう1回リベラルな政権をつくります」
大分市にある村山富市前首相の自宅を表敬訪問した立憲民主党代表の枝野氏は上記のように述べた。
枝野氏はリベラルとは何がどうであるかは明確には定義しなかったが、この発言の裏には二つの前提があるようにおもわれる。ひとつは村山氏がいわゆるリベラルな政権であり、それ以降そのような政権が出現していないというものである。
ここで日本の政治的文脈におけるリベラルとは何かを定義してみよう。アメリカの場合のリベラル派と目される人々は大きな政府の存在を是としており、個人の権利、格差是正などに積極的に政府が介入することを求める。一方で、ヨーロッパの場合は政府が個人の私生活に関与することを嫌がる人たちのことをリベラルだとする。アメリカ、そしてヨーロッパにおけるリベラルの意味するものは相反するものである。
そして、日本でいうリベラルの意味を考えるときは考慮するべき要素のひとつが歴史認識である。日本の場合、特に戦前、戦中の歴史をどう総括するかでその人物がリベラルか否かが判断される。リベラルではない、保守、又は右派と呼ばれる人々はその歴史を肯定しようとする傾向があり、それを乗り越えることを主張する。一方で日本のリベラル派は保守派と違い、日本が過去を強く反省する必要性を訴え、それを踏まえて低姿勢で近隣諸国と交流することを促す。
歴史問題で贖罪意識を持つことが日本のリベラルであれば、村山氏はまさにその定義に当てはまる。彼は戦後50周年に当たった1995年の8月15日に談話を発表し、日本の過去の過ちを認め、アジア諸国の人々に向けて謝罪を表明した。これは今では村山談話と呼ばれ、村山政権以降の首相らにその談話の精神は受け継がれている。
そして、特筆するべきは一時は保守の期待の星とささやかれていた安倍前首相にも受け継がれていることだ。
リベラルであり、リアリストであった安倍前首相
安倍前総理は一期目のみならず、再登板したあとに首相の座に就いてからも、事実上村山談話の精神を継承している。
しかし、彼の過去を知っている識者の間ではその対応は意外なものであった。実際、安倍氏は国内外から保守のイデオローグだと警戒されていたが、政権運営は極めて現実的で、且つリベラルな要素も兼ね備えていた。そして、それが形となって現れたのが慰安婦合意における対応だ。
安倍氏は若手議員の頃から慰安婦問題における日本軍の関与の度合に対して疑義を呈し、国会で日本軍が組織的に慰安婦の連行に関わったとする河野談話の見直しを求める答弁をしている。また一次政権の際は従軍慰安婦の募集について「強制性を裏付ける証拠はなかった」とし国際社会からの大バッシングにあっていた。
だが、首相に復帰後に韓国との間で結ばれた日韓合意では一変して、韓国側の意見を大幅に受け入れ、慰安婦問題における日本の非を認めている。これに対して彼自身の支持基盤である、保守派の間では不満があり、その当時の状況を回想して安倍氏は以下のように述べた。
大事な指摘で、特に慰安婦合意については厳しい批判がありました。これは保守政権が持つジレンマの一つです。 そのなかで日本の国益を守る。外交は相手がありますから、その中で日本の国益を守る、 国際社会での評価を高めることは容易ではありません。例えば歴史認識問題は、北東アジアにおいては、それが学術的な事実の究明や共有ではなく、あらゆるものが政治文書になってしまう。そのなかで漸進主義的に、一つ一つ布石を打つということなのだろうと思います。
要するに、安倍氏が自らの主張を抑え込んでまで日韓合意に至ったのは、国家の国際社会において日本の評価を高めることが関係していた。国外を見渡せば、韓国のみならず、多くの国々が日本が慰安婦問題と真摯に向き合うことを求めており、それを踏まえた上で日本が反省の色を見せれば他国からの日本のイメージが良くなり、それが結果として国益につながるというのが安倍氏の読みであった。
実際に、安倍氏が一連の歴史問題を含め、あらゆる問題に対して現実主義的に対応したことで、在任中に日本の国際的なプレゼンスを高めることに成功している。
また、現実的だっただけではなく、歴史問題に対して村山氏と同じくリベラル派に近い対応を取っていたことからある部分においてはリベラルな政権でもあった。
枝野氏への提言
もし、枝野氏がいうリベラルな政権が村山氏の時代まで遡るというのが発言の背景としてあれば、それは間違いである。つい最近まで安倍政権という日本の政治的文脈においてリベラルな政権がいたのである。それと同時に安倍政権のリベラル的性格は、あらゆる政治的な思想、欲求を内包できる自民党の力強さを物語っている。
枝野氏が本当に政権を奪還し、彼がいうリベラルな政権を実現したいのであれば、狡猾とも思える自民、安倍氏の政治手法を真似るところから始めるべきではないか。