横綱白鵬が完全復活を果たした。大相撲名古屋場所(18日・ドルフィンズアリーナ)の千秋楽で大関照ノ富士との全勝対決を制して全勝優勝。6場所連続休場から「進退を懸ける」と言い切り、不退転の決意で臨んだ場所で歴代最多を更新する45回目のVを成し遂げた。
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だが、千秋楽の決戦の内容は物議を醸した。白鵬は立ち合いで照ノ富士の顔面めがけ、右肘で強烈なかち上げを敢行。ツイッターでもトレンド入りしたように、それはまさしくプロレス技の「エルボー」を連想させる強烈な一撃だった。
それでも照ノ富士が崩れず、逆に前みつを引かれかけた。必死になった白鵬は張り手の連打で間合いを作りながら何とか主導権を握り返し、右四つの体勢に組み止めると最後はやや強引な小手投げ。相手を投げ倒した直後、思わずガッツポーズまで飛び出した。
エルボーまがいのかち上げ、張り手、そしてガッツポーズ。どれも横綱にはふさわしくないと言ってしまえば、それまでである。もちろん、白鵬批判を完全に否定するつもりはない。だが、毎度のように白鵬が勝つと毎度のごとく「汚い」「インチキ横綱」「品位がない」などと〝手を変え品を変え〟のバッシングには見聞きさせられる側のこちらがうんざりする。
横綱審議委員会や日本相撲協会の幹部も事あるごとに白鵬の取口に「横綱にあるまじき…」と苦言を呈してきているが、それならかち上げや張り手も禁じ手にしてしまえばいい。ルールで認められているにもかかわらず「横綱相撲」などといった中途半端なグレーゾーンの枠組みに則って判断しているだけでは、この先も白鵬の取口や品位に関する批判は引退するまで延々と繰り返されるだろう。もう時代は令和なのだ。どうしても白鵬が許せないなら、ルール改正でもすればいいと思うが、文句をつけているだけで結局うやむやのまま終わっている。
明確に禁じ手とされないのだから、右膝もボロボロの状態で力の落ちている白鵬がグレーゾーンのルール下で事実上認められているかち上げや張り手を要所で組み込み、是が非でも勝ちをつかみにいく姿勢は格闘家であるならば至極当然のことと考える。
白鵬に引導を渡せない他の力士たちの不甲斐なさ
そんなことより本当に心底不思議なのは、いつまで経っても白鵬に引導を渡せない他の力士たちの不甲斐なさが全く糾弾されない点である。結局、白鵬批判をスケープゴートにしているから相撲界は最も大事な問題点をスルーしてしまっているのだろう。
今場所、初日から千秋楽までの取組の中で白鵬を苦しめ、絶対に倒してやろうという気概を感じ取れたのは最後に対戦した照ノ富士だけだった。逆にとてもがっかりしたのは14日目に白鵬とぶつかった大関の正代。立ち合いで仕切り線から大きく離れて腰を落とし、ゆっくりと立った横綱に強烈な張り手を食らいながら最後は右四つに組み止められ、浴びせ倒された。
〝奇策〟に飲み込まれてしまったのか、棒立ちでほとんどいいところなく何もさせてもらえないまま完敗を喫した。正代は大相撲の令和新時代を担う旗手となるべき存在のはずだ。それが、このような無様な取口では円滑な世代交代などとてもではないが望めない。このように「打倒・白鵬」を誰一人、万人が納得する形で成し遂げられない現状こそ、日本相撲協会や周囲はもういい加減に目を向けなければいけない。
白鵬と最後まで今場所の優勝を争い、唯一苦しめた照ノ富士は横綱昇進が内定。だが、本来なら白鵬を脅かさなければならない他の大関陣は前途多難だ。正代は千秋楽で関脇高安を下し、辛うじて8勝7敗の勝ち越し。貴景勝は3日目から首の負傷で欠場し、来場所はカド番となる。コロナ禍のキャバクラ通い発覚で6場所停止処分を食らった朝乃山は今場所全休で大関陥落が決まり、再起を見通せるような状況ではない。
そうこうしているうちに、もしかすると白鵬は引退を決めてしまうかもしれない。通算50回目の賜杯を新たな目標に設定しているというが、そもそもかつては「東京五輪まで」を土俵人生の区切りとすることも示唆していた。実際に周囲からは「名古屋場所では珍しく家族を千秋楽の会場に招待し、優勝した白鵬の姿に息子さんたちが涙していた。まるで『その時』が近づいてきているかのような光景だった」と推察する声も聞こえてきている。
もしも白鵬が〝勝ち逃げ〟するかのように電撃引退したら、相撲界は間違いなく「冬の時代」どころか「氷河期」に突入するだろう。白鵬と同じモンゴル出身で横綱に昇進する照ノ富士だけではなく、日本人の強い力士の誕生は急務である。一刻も早く白鵬に臆することなく、真っ向勝負で引導を渡し切れる救世主の到来が相撲界には待ち望まれる。その時間はもう限りなく少ない。