名前に「日本古来の伝統」はない – 宇佐美典也

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元経産省官僚の宇佐美典也さんに「私が○○を××な理由」を、参考になる書籍を紹介しながら綴ってもらう連載。第15回のテーマは、日本における「氏名」の常識について。今とはかけ離れていた江戸時代の「名前」がなぜ現在の形に変化したのか、その背景を辿るとともに、現在夫婦別姓議論をめぐって見られる「日本古来の名前の伝統」という表現について考えます。

私が夫婦別姓の議論は明治維新以来の「名前の革命」につながると思う理由

現代の日本では「姓(氏)」があって「名」があって合わせて「名前」となる、というのは当たり前の常識になっている。

私で言えば当然の如く「宇佐美(うさみ)」が姓で「典也(のりや)」が名で、姓は家族と同じくし、名は親からつけられ原則一生涯変わらない、ということになるのだが、これが当たり前になったのは明治維新以来のことである。

江戸後期から明治初期にかけての「名前」の変化について詳細に解説した「氏名の誕生―江戸時代の名前はなぜ消えたのか」(尾脇秀和著)を読むと、明治維新までの日本には現在と全く異なる名前の常識が存在していたことが分かる。

大隈重信は「大隈八太郎」だった江戸時代

写真AC

元内閣総理大臣で早稲田大学創始者としても名高い明治維新期の偉人・大隈重信公の江戸時代のフルネームは以下のようなものだった。

「① 大隈 ②八太郎 ③菅原 ④朝臣(あそん) ⑤重信」

それぞれ①〜⑤の部位には①苗字、②通称、③本姓、④カバネ、⑤実名(または名乗)、という名称がある。現代では当たり前とされている「大隈重信」というのは「①苗字+⑤実名」に当たるわけだが、それはあくまで現代の常識で、江戸時代は「①苗字+②通称」が名前とされていた。つまり「大隈重信」は「大隈八太郎」というわけだ。

なおすべからく庶民が設定していたのは②通称のみで、他の部分は設定していない人も多く、①苗字を設定していない場合は通称のみで「百姓何兵衛」というように名乗っていた。特に④カバネは爵位のようなもので、持たない者がほとんどであったので以後議論から省略する。

一番重要な②通称には官名を当てるケースも多く、例えば水野忠邦の場合は

「① 水野 ②越前守(えちぜんのかみ) ③源 ⑤忠邦」

という具合で彼の場合、当時は「水野越前守」が名前だったということになる。現代の常識で捉えると「水野忠邦」が名前で「水野越前守」と呼ばれていたように勘違いしがちだが、そういうわけではなく、「水野越前守」がまさしく当時の彼の名前であった。

ちなみに「越前守」というのは本来、「越前国の地方長官」を意味するが、もはやそうした意味は形骸化しており、単なる格式を表す指標にしかなっていなかったらしい。名奉行として名高い「大岡越前守忠相」の場合も同様である。ただこれは、名前を聞いただけで大体その人がどれくらい偉いか分かる、という意味で実利を兼ねていた面もあった。

実体を伴わない名前の横行 政府が動く

そんなわけで江戸時代は「①苗字+②通称」が名前とされており、大隈重信は大隈八太郎であったわけだが、この通称に実体の伴ってない官名を当てるような事例が非常に多かった。先ほど例を挙げた越前守は正式な官名で、これを通称に用いるには朝廷の許可を得なければならなかったのだが、何の権利もなく官位を織り交ぜる行為は広く一般化していた。

例えば「石川五右衛門」や「大石内蔵助」で知られる「右衛門」「内蔵助」のような名前も、古い官名を朝廷の許可を得ずに勝手に通称に用いて一般化したものだという。先ほどあげた「百姓何兵衛」の「兵衛」も古い官位名である。

なんでこんな具合に実体のない官位を名前に用いるような行為が社会的にまかり通っていたかというと、それは朝廷の権威が地に落ちていたからである。これが明治になって朝廷の権威が復興してくると、朝廷の権威を対外的に示すためにも、この実体と名前の乖離が問題化してくる。そうすると当時当たり前になっていた「①苗字+②通称」という名前の形式のあり方をそのまま放置しておくわけにはいかなくなってきて、政府が名前のあり方に色々と口を出してくるようになる。

その過程でさまざまな混乱があったのだが、ここで存在が注目されたのはそれまでは書状のサインや朝廷での叙任儀式でしか用いられることはなかった「⑤実名(または名乗)」、大隈公で言えば「重信」の部位であった。ちなみに朝廷での叙任儀式は「③本姓+⑤実名(または名乗)」を用いており、これは一般常識とは隔絶された公卿にとっての名前であった。

大隈公の場合は「菅原重信」ということになり、ごく一時はこれが正式な名前とされた。公卿は一生懸命この「③本姓+⑤実名(または名乗)」の組み合わせを名前として復活させようとしたのだが、朝廷とは縁遠い庶民はそもそも本姓を設定していない人がほとんどで、また、従来の「①苗字+②通称」とかけ離れ過ぎているということでこの運動は頓挫することになる。

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