VAIOは今や数少ない純国産のPCメーカーだ。長野県の安曇野工場にて研究開発や製造を行ない、メイド・イン・ジャパンのノートPCを提供し続けている。VAIOと言うと、ブランド力の高さがまず注目されがちではあるが、VAIO ZやVAIO SXシリーズなど、性能や品質にこだわった質実剛健の作りは、ビジネスユーザーを筆頭に多くの利用者の信頼を勝ち得ている。
PC Watchでは過去何度かに渡り、VAIO製ノートのレビューを掲載し、その性能や使い勝手について詳しく紹介してきた。しかし今回は、通常のレビューでは覗けない“中身”に着目し、モバイルノートの発熱をどううまく処理しているのか、重量減のためにどのような取捨選択が行なわれているのかなど、一般には知ることができない開発者の強いこだわりを明らかにしていきたい。
なお、ここでは筐体を刷新して登場したばかりの14型モバイルノート「VAIO SX14」を用いているが、同機のスペックや機能、性能については、以下の関連記事をご参照いただきたい。
改めて知る冷却の奥深さ。必要なのはサーマルモジュールとエアフローの適切な構築
上の写真はVAIO SX14のキーボード面を外した際に現れる内部の様子だ。ノートPCを分解してしまうと保証対象外となってしまうため、普通はなかなかお目にかかれないものではあるが、今回は内部写真を使いつつ、VAIO SX14の秘密を解き明かしていく。なお、各部について解説してくれたのは、VAIO開発部の江口氏と曽根原氏の2名だ。
まずはVAIO SX14で新しくなった熱設計の面について話を伺っていこう。
――VAIO SX14ではIntel第11世代Core(Tiger Lake)を採用しました。これに伴い、CPUのサーマルモジュールを新しくしたとのことですが、どういった改良が行なわれたのでしょうか?
VAIO VAIO SX14の新しいサーマルモジュールには、従来のものよりも性能を引き出しつつ、静音性を両立するという設計思想があります。第11世代Coreについて先に説明しますと、同グレード比で前世代と比べてCPU性能が10%は向上しています。一方、発熱量は10%ほどではないにせよ増大しています。
パフォーマンスを向上させるには冷却効率を上げる必要があり、サーマルモジュールを強化していくのですが、静音性を高めるにはさらに効率よく排熱処理を行なわなければなりません。新しいサーマルモジュールは「十分に冷やしつつ、極力ファンの回転数を抑える」という意図のもとに設計されています。
あともう1つサーマルモジュールに関連したことで、CPUのTurbo Boost時のパフォーマンスを高め、性能を向上させる「VAIO TruePerformance」のコンセプトに変更があります。
以前の機種までのVAIO TruePerformanceでは、性能が求められる際にアイドル時から最大まで一気にパフォーマンスを引き上げ、可能な限り長く最大性能で処理させていました。それで熱が一定の温度まで上がってしまったら、パフォーマンスを引き下げるのですが、その時のパフォーマンスをできるだけ高く維持しようという狙いがありました。
今回のVAIO SX14に採用された新しいVAIO TruePerformanceでは、最大性能まで一気に引き上げるところや、一定の温度まで上がってしまった後も高いパフォーマンスを維持しようというのは同じです。
ただし、一気にパフォーマンスを引き下げるのではなく、なだらかに引き下げ、切り換え途中の過程でもより高いパフォーマンスを維持しようとするのが大きな違いとなっています。これにより、さらに高性能な状態を保てるようになりました。
こうした高性能化のためのチューニングを行なうには、同時に冷却性能も高める必要があります。そのため、ファンも前モデルと同じものではなく、VAIO Z用に開発された高性能なものが使われています。
サーマルモジュールについては、開発段階で主に3種類のものを用意して検証を行ないました。1つ目はヒートパイプが1本だけのもの、次にヒートパイプ1本を太くして電源回路(VRM)用に1本追加して2本にしたもの、そして本採用となった通常の太さのヒートパイプ2本にVRM用の1本を追加した3本のものです。
当初はメインの1本を太いパイプでつないだものがもっとも冷えると予想していたのですが、実際に計測してみるとそれよりもパイプは細いけど2本のものの方が冷え、これを採用することになりました。ただ、重量的には太いパイプ1本の方が軽く済んでよかったのですが……。
また、第11世代CoreではVRMの温度上昇が顕著になり、従来までのエアフローに頼るのではなく、しっかりと冷却しなければ性能が頭打ちになることが分かりました。そのため、3本目のヒートパイプでVRMを冷却しています。
PC内で熱を持つ部分にはCPU、VRM、SSD、LTEモジュールなどがあります。CPUやVRM周りを冷却するには、本体後部の吸気口からファンによるエアフローを利用します。SSDとLTEモジュールについては、実は本体右側面にある各種インターフェイスの隙間部分から空気を取り込むことができ、ここから得られるエアフローによって冷やせます。
熱の制御は難しいです。単純にCPUの熱だけを処理すれば良いというものではないからです。熱処理において、CPUなどのデバイスが熱くなり過ぎて性能が出しきれないという場合がありますが、一方でデバイスは冷やせていても筐体に熱が伝わりすぎて、使用者に不快感を与えてしまうこともあります。
1世代前のVAIO SX14では、試作段階において筐体の表面温度が高めになるという結果が出ていました。そのため、CPUファンの横に板を立てたような「ジャンプ台」を作り、エアフローを少し制御することで、筐体の表面温度を下げるという仕組みを取り入れていました。絵としてはすごく地味ですが、高い効果が得られます。
しかし今回のVAIO SX14では、サーマルモジュールの強化を始め、ファンの上下位置、基板やシールドカンの上下位置を調整したことで、ジャンプ台なしでもエアフローで効果的に筐体の表面温度を下げられるようになりました。このあたりの最適な配置は試行錯誤しなければ分からない部分と言えます。
増えた60gはそう簡単には落ちない。数gずつ削っていく緻密なダイエット
――今回のVAIO SX14では、1世代前のものと同じ最小約999gの重量を実現しました。これまでの話から前世代から内部部品が大きく違うことが分かりましたが、それでもなぜまったく同じ重量になったのでしょうか?
VAIO お話ししました通り、新しいサーマルモジュールではヒートパイプの数が増え、大型化しています。さらにバッテリ容量を前モデルの42.9Whから53Whに増量しました。これらはかなりの重量増につながっています。ただし、モバイルノートの新製品が、重くなりましたでは許されません。我々は最低でも前モデルと同じ重量にする必要があると考えました。
本体重量について細かく見ていくと、新しいサーマルモジュールとバッテリの2つだけでも単純計算で50~60g重くなります。ほんの数十gの減量が必要なだけと簡単に思えてしまうかもしれませんが、すでにあらゆる場所で軽量化を行なっているため、そう簡単には軽くできません。筐体全体の細々したところから軽くしていく努力が必要になります。
軽量化という面で大きな貢献をしたのが、立体成型カーボンを使った天板の採用です。カーボンというのは軽くかつ剛性のある素材です。例えば今回のカーボン素材の天板は0.8mm厚ですが、これを樹脂に置き換えた場合、同じ剛性を実現するとなると2.3mmほどになってしまいます。また、重量もカーボンなら61gほどですが、樹脂製では197gほどまで上げる必要があります。カーボンは1kg未満の本体重量を狙うのにインパクトがある素材なのです。
ここで言う立体成型の「立体」は、平面ではなく折り曲げ加工を施したという意味です。VAIO SX14で折り曲げ加工されているのは天板の側面部分で、平面でカーボンを作るよりも強度が出せるというメリットがあります。
ただし、製造難易度が上がります。カーボンの糸を2方向から重ねて編み、プレスして製造すること自体は従来の技術の延長ですが、伸びない糸であるカーボンを立体的にプレスすると、カーボン繊維のしわが寄ってしまいます。プレスでシワを出さないためには微妙な調整を繰り返す必要がありました。
今回は立体成型カーボンの採用により、10g少々の軽量化ができました。しかし、全体的な目標は50~60g減なのでまだ足りません。せいぜい10gを絞り出すだけでも、これだけのことをしなければならないわけです。
そこで、シールドカンのパンチ穴を増やすという軽量化も行ないました。シールドカンの本来の目的はLTEモジュールを使用した際に、周辺のパーツから生じるノイズがLTE信号側に乗らないようにするためのものですが、穴なしではエアフローが滞るため、多数の穴を開けています。
ただ、軽量化のために穴を増やしてしまうと本来のノイズシールドとしての性能に影響が出ますので、最大限穴を増やしつつ、シールドとしての効果を維持するバランスを突き詰めました。雑に穴を開けているわけではなく、計算された上での穴の数となっています。
液晶ベゼルはもともと1mm厚のものを用いていましたが、今回は0.8mm厚に変更し、さらにその原料である樹脂も比重の軽いものを採用し、数g落としています。
パームレスト部分も、キーボード裏の金属プレートにたくさん穴を開けて軽量化を行ないました。実はアルミパームレストの裏にも樹脂を用いているのですが、その樹脂を各部少しずつ減量するということもやっていて、数gの軽量化を突き詰めていきました。1つ1つだけでは1gもいかないようなことを積み重ねて、50~60gの重量増を相殺するというのが今回のVAIO SX14の軽量化への道でした。
途中、剛性のために「ここには柱を追加しなければいけない」といったことも出てきます。そうなるとその部分の重量増によってまたほかの部分で重量を削らなければいけないといったことが起きます。軽量化はこれの繰り返しです。こうした開発プロセス自体は、過去も現在も変わりませんが、最近は昔に比べるとシミュレーションでの精度が上がり、スムーズに進むようになってきました。
――ほかの部分にもカーボン素材を用いて軽量化する余地はあるのでしょうか?
VAIO そうなるとフルカーボンのVAIO Zになってしまいますね(笑)。軽さや剛性だけでなく、コストも十分に検討しなければなりません。
今回のVAIO SX14ですが、天板で採用したカーボン、Thunderbolt 4といった最新インターフェイスの搭載、バッテリの大容量化など、単純計算ではコストが大幅に増加しています。以前の機種で培った生産性の向上を含め、削れるところは削り、極力価格増を抑えています。
それにVAIO Zが上位グレードとしてありますので、VAIO Zの部品の製造や部材調達のノウハウが、VAIO SX14といったメインストリームの機種にも還元できます。VAIO SX14用にどれもこれも一から新規に設計していたら開発コストがまかないきれません。
先ほどお話した新しいファンや立体成型カーボンも、VAIO Zの試作でできていたものなので、そこからはVAIO SX14用に調整を行なうだけで済みます。ここが現在のVAIOのラインナップの強みと言えるでしょう。
ニューノーマルを快適に支える新機能も搭載
――使いやすさのために追求したことや、新機能について教えてください。
VAIO まずキーボードも基本はVAIO ZのものをSX14用に調整し、キーストロークを従来の1.2mmから1.5mmに上げることで打鍵感を高めました。しかし、ストロークが0.3mm増えるということは、倍の0.6mmほど高さが増すことにつながります。ここも先と同様に、ほかの部分を0.6mm薄型化しているのです。
キートップはUV塗装を施すことで印字が削れにくくなっており、さらにUV塗装にフッ素を配合することで、指紋が付きにくいというのも特徴です。キーボードはゴミが入りにくいアイソレーション型ですが、キー側面のスカートを長くし、パームレスト面とオーバーラップさせることでよりゴミを入りにくい仕様になっています。これらは見た目では分からない改善点と言えるでしょう。
そして、ディスプレイ上部にあるWebカメラを挟むようにして配置されているステレオマイクには、制振性が高く密閉度を高めるための特殊なゴムを採用しました。もともとこの部分にはスポンジ素材のようなものを用いていたのですが、特殊ゴムに変えたことで、取り込んだ音がベゼルを伝わってもう一方のマイクに入ってしまうのを抑えることができます。
集音性能を上げ、左右それぞれのマイクが正しく音を拾うことで、今回から投入されたAIノイズキャンセリングの性能も向上します。また、ビームフォーミングの指向性もよくなり、カメラの画角外のノイズを抑えることができます。
国内一貫体制だからできる臨機応変な対応
――VAIOと言えば長野県にある安曇野工場での一貫生産ですが、そのメリットについて教えてください。
VAIO 国内開発でも製造を海外に委託しているメーカーがありますが、VAIOは国内での一貫生産によって、より細かなところまでコントロールできるという点が挙げられます。
例えば、製品にとある問題が発生したとして、それについてすぐに相談に行けることは大きなメリットで、そこに数日を要してしまうような無駄がありません。
また、製造と開発部門が同じ敷地内にあるので、修理品が届いた時は、すぐ近くにいる設計者が呼ばれるわけです。仮に製品が量産中であっても、製造工程を変更したり、基準をより厳しくしたり、試験を追加したりなどと、工場の流れ、市場の動向を見ながら臨機応変に対応でき、品質を保つことができます。
設計の段階でも、製造の担当にこれを実装するにはどのような配線をし、どのくらいのクリアランスが必要なのかといったことを聞くことができ、ギリギリまで詰めることができます。
国内では製造コストがかかるのではとの考えもありますが、例えば豊富なカラーバリエーション展開などは、むしろ国内製造だからこそコストの大幅な上昇を抑えつつ実現できていることだと思います。
――耐久試験についてはいかがでしょうか?
VAIO 試験は規格認証のためのものから、独自の品質基準のものまで様々です。落下試験や液晶加圧試験などはよく知られるところでしょう(VAIOの品質試験紹介ページ)。
VAIOでは敷地内に輻射試験の設備もありますので、電波関連などで外部検査機関に頼る必要もありません。また、フィードバックや修理品から、これは必要だということで追加される試験が年に数十レベルであります。
例えば、社内で「いじわる試験」と呼んでいるものがあります。SIMカードなど、逆刺しをしてしまった場合でもPC本体が故障なく使い続けられるのかというものです。
埃(ほこり)試験というのもあります。埃の混入、特にサーマルモジュールに埃が付着してしまうと、冷却が正しく行なわれずPCが不調になったり、万が一、熱が高くなりすぎて使用者が火傷を負ってしまったりする危険も考えられます。
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埃による故障というのは、PCの故障原因の中でも特に多いとされます。これにより、埃がつまりにくい構造のサーマルモジュールが考えられました。フィンの下にわずかな空間を設け、混入してしまった埃をうまく外に逃がす経路というのを設けたのです。
埃試験が生まれたのはまだVAIOが独立する前のソニー時代のことですが、その頃から多くのフィードバックによる試験機材が開発され、色々と試されてきました。VAIOノートが内部に埃を溜めにくいというのは、そういった様々な独自試験をパスしているからと言えます。
VAIOのノートは内部まで隙なく作り込まれる
ここまでのインタビューで、かなり考え抜かれた上でVAIOノートが作られていることが分かったことだろう。
PCはほぼ毎年刷新され、CPUが高性能化するとともに、メモリやストレージなどの基幹部品も転送速度が向上していく。プロセスルールの微細化も行なわれるとは言え、発熱は当然のように増え、その熱を逃がす設計を施さなければならない。
ただ、冷却力を高めるためにファンの回転数を上げるだけではノイズ音が増えてしまうし、冷却装置を大型化したとしても今度は重量が増えてしまう。軽量化には剛性面への配慮が必要だ。新規素材や複雑な設計にはコストの問題も絡む。今回こういった様々な難題に対して、VAIOでどのように設計が進められているのか、開発者の生の声を聞くことができた。
VAIOのノートPCは、直販サイトのVAIOストアや、ソニーストアのほか、大手家電量販店や全国展開しているPCショップを中心に製品が展示されている。実機を見て、触れるのが製品を買ううえで最良であることは間違いないが、今回はその内部構造や工夫を知ってもらうことで、作り込みや品質面など、実機を見るだけでは分からない秘められた魅力を知ってもらえたはずだ。
ここ数年でモバイルノートPCは大きく進化した。しかし、より快適なものを作るべく、開発者たちの探求は止まらない。VAIOがこれからもどういった改良や改善を行ない、どのようなノートPCを作っていくのか、今後も楽しみだ。
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