宇宙観測か電力か。天文台付近のコンビナート計画、環境悪化の危機

数々の発見をかなえたアタカマ砂漠の空が、永遠に失われてしまうかも。

ヨーロッパ南天天文台(European Southern Observatory、ESO)が、そのクリアな視界を失うかもしれない危機に瀕しています。ESOが運営する観測施設はチリのアタカマ砂漠にあるんですが、そのすぐそばに、米国の電力会社が大規模なコンビナートを建設する計画が立ち上がっているんです。

ESOの運営するパラナル天文台には口径8.2mの超大型望遠鏡(Very Large Telescope、VLT)があり、地球から見える中ではもっとも精細な宇宙の姿を捉えることができます。でもコンビナート計画がこのまま進んでしまうと、その排出物で天文台の視界がくもり、観測に最適な環境が失われてしまうのではと、ESOは深い懸念を示しています。

「Inna」と名付けられたそのコンビナート計画は、産業規模でのグリーン水素生産プロジェクトです。7,413エーカー(約30万平方km)以上と、東京ディズニーランド60個分に相当する広大な土地に、アンモニアと水素の生産設備に港、そして数千基の発電設備が構築されます。

これらはすべてゼロから作られますが、場所はパラナル天文台から3〜7マイル(5〜11km)しか離れていません。建築計画を進めるAES Andesは昨年末、チリ当局に対し環境への影響試算結果を提出しました。

どんなプロジェクトでもそうであるように、地域コミュニティやステークホルダーとの協力関係は最優先事項であり、それによって我々は地域の経済発展を支援しながら、最高の環境・安全基準を達成します。

AES Andesのチリ市場ビジネスリーダーのJavier Dib氏はプレスリリースでこう語ります。

ESOはまさに、環境への影響を懸念しています。アタカマ砂漠の空は地球上でもっとも暗く、もっとも澄んでいるのです。南極の一部を除いては世界でもっとも乾燥した地帯であり、空気中に水分がほとんど存在しないため、大気中の水に吸収される光がきわめて少なくなっています。

そして全体的に標高が高く、たとえばVLTの所在地は標高2,600m以上あるため、遠くの光源を撮影する際に課題となるブレも抑えることができます。

アタカマ砂漠の環境だから、可能になった観測

パラナル天文台のVLTは、遠い宇宙で起きるさまざまな天文イベントを、古代のものから最近のものまで捉えてきました。2021年には太陽系最大の小惑星42個の画像を撮影し、2023年にはNASAのDARTミッションの影響を明らかにしました。同じ年にはまた宇宙初期の星が生まれた直後に形成された可能性のあるガス雲を発見しています。

さらについ最近の2024年11月には、銀河系外の星としては初めて、非常に詳細な画像を捉えることに成功しました。

天文観測に有利な条件が揃うアタカマ砂漠には、パラナル天文台以外にも主要な宇宙観測施設が集まっています。ルービン天文台では世界最大のデジタルカメラ・LSSTが今年から運用開始することになっていますし、ラスカンパナス天文台では巨大マゼラン望遠鏡を建設中です。

ESOのチリ代表、Itziar de Gregorio氏はプレスリリースで言います。

チリ、とくにパラナルは、天文学にとって真に特別な場所です。その暗い空は自然遺産であり、国境を超えて全人類を利するものです。このメガプロジェクトが、世界で最も重要な天文学の宝の脅威とならないような代替地を検討することがきわめて重要です。

2022年には、ある研究チームが、パラナル上空の光害は他の27の主要天文台よりはるかに小さいことを発見しました。その研究によれば、他の大規模天文台の3分の2では推定される自然のレベルより10%多い光害があり、天文観測に大きな影響を与えているのです。

他の天文台と比べてもはるかに暗い、パラナル天文台の空。(Image: Falchi et al. 2023)

この研究結果は、人工物によるものでも軌道上の人工物が反射する太陽光によるものでも、光害を今すぐ低減するため、真剣で集団的、明確で妥協のないアクションへの最後の呼びかけだ行動を起こさないことは、我々の宇宙探査能力が漸減していくことを意味する。

と論文にはあります。

天文学への脅威

ESOの責任者・Xavier Barcons氏はプレスリリースで言います。

AES Andesのパラナルへの近さは、地球上でもっとも清純な夜空を危険にさらします。建設中の塵や大気の乱れ、そしてとくに光害は、天文観測能力を回復不能なまでに損ねることでしょう。この天文観測能力こそ、今までESOメンバー国の政府から数十億ユーロの投資を集めてきたのです。

問題は地上だけではありません。地球の軌道には多くの人工衛星があり、それが夜空の撮影を邪魔しています。こうした衛星群は、宇宙にある望遠鏡の視野も遮ります。天文写真からこうした衛星の痕跡を消す手法もありますが、課題であることには変わりありません。

そんな光害は悪化するばかりです。2022年にNOIRLabがGlobe at Nightプロジェクトの一環として行なった研究では、2011年から2022年にかけて世界で行なわれた5万件の観測活動をレビューしました。その結果、夜空は毎年9.6%ずつ明るくなっていて、光の弱い星は完全に消えてしまったことが発見されたのです。

天文台は炭鉱のカナリア

最終的に、現在稼働しているVLTの役割は、Extremely Large Telescopeへと引き継がれていきます。ELTは口径128フィート(39m)で、世界最大の可視光・赤外線望遠鏡となります。ELTは人間の1億倍の光を集めることができ、遠くの系外惑星やブラックホール銀河の進化、黎明期の宇宙の姿などなどを捉えることを期待されています。その建設地はVLTにほど近いセロ・アルマゾネスで、運用開始は2028年(ESOのWebサイトでは、やや保守的に「2020年代末」)とされています。

「天文台は、炭鉱におけるカナリアだとも言える」上記のNOIRLabの論文にはあります。

カナリアを生かしておけなければ、我々は「公害は世界的環境問題として解決できる」ということを忘れてしまうかもしれない。

ESOはプレスリリースでAES Andesプロジェクトの移転を訴え、それこそが「パラナル独自の空への不可逆な損失を避ける唯一有効な方法」だとしています。一方AES Andesは、彼らの計画の環境への影響が最小限だとして、進行可能であるかどうか、チリ政府からの回答を待っています。

AES Andesは水素や風力、太陽光など、さまざまな代替エネルギーを開発しています。グリーンエネルギー開発によって澄んだ空がくもってしまうとは、皮肉なものです。宇宙観測も電力もどちらも重要に違いなく、何らかで折り合えることを祈ります。