今や私たちの生活に欠かせないAI。
「自分はそこまでAIを使っていないよ」という人も、使っているサービスに組み込まれているから知らず知らず恩恵を受けていることでしょう。
でも、便利で成長が早いからこそ、私のようなライターの仕事を奪う可能性も囁かれているわけで、不安材料にもなっていると思います。
だからこそ私はAIの研究者に話を聞きたいと思っていました。どんなモチベーションで研究しているんだろう、って。
そんなとき、 死んだ母をAIで“甦らせる”選択をする青年・朔也が主人公のヒューマンミステリー 『本心』のAI監修をした研究者の清田純(せいたじゅん)先生に話を聞く機会に恵まれました。
このインタビューでは主に以下のテーマについて伺ってきましたよ。
・AIで死者を甦らせることについての是非
・ホワイトカラーとしてAIに仕事を奪われる可能性をどう感じているのか
・AIを不安視する人はどうすればいいのか
・ChatGPTの登場で明らかになった長年の謎
人間はこれまでも頭の中に死者を蘇らせてきた
──テクノロジーは倫理と切り離せないと思います。清田さんはAIで死者を蘇らせることに賛成ですか。
清田純先生(以下、清田先生):賛成か反対かは一般論では言えないと思います。僕は、第三者の立場として良し悪しを定義しません。要は、自分がやるかどうか。自分の親戚を蘇らせるかは各自が選択することです。
というのも、死んだ人にもう一度会いたい、何を考えていたのか知りたいと考えるのは墓参りやお盆と同じだと思うのです。AIができたから生まれた感情ではありません。
何千年も続いた風習や考えであり、そこにテクノロジーを当てはめるのは悪いことだとは言えないと思うのです。
仏壇の前で手をあわせるのと何が違うのでしょうか。人間の根本的な欲望を叶えるために新しい道具が出てきた。それだけだと思います。
──『本心』では、死んだ母親の生前の記録をAIに学習させてVF(バーチャルフィギュア)として再現します。直前の母親の行動を鑑みるに、彼女は息子に対して期待するのをやめたからこそ何も話さずに死んだ、と私は解釈しました。そんな母親をVFとして蘇らせ、息子が望む言葉を語らせることは、息子のエゴであり、母親の尊厳を踏み躙る行為だと感じますが、清田さんはどのようにお考えですか。
清田先生:突然自分の前からいなくなってしまった人が残したものを探したくなるのは普通の行為だと思います。
また、VFに母親の気持ちを語らせる部分に関してですが、テレビなどの回想シーンでナレーターに語らせることと似ていると思います。映画の場合は、リアルにするにすることで脳に入ってくる刺激のビートが増えるだけで、形は違えど同様のことはずっと前からやってきたと思います。
長い歴史の中で、私たちは頭の中に死者を蘇らせてきました。そのイマジネーションに登場した人たちを自由に扱うことと同じようなことだと思います。
死後にAI化されたいか
──イマジネーションの中に登場させられることと、VFとして具体化されることでは差があると思います。私が『本心』の母親の立場だったらVFにされたくはありません。
清田先生:それは大事なポイントだと思います。この作品が考えるきっかけになってくれたらと思います。
VFにしないでほしいと遺言を書くべきなのか、相談してルール作りをするべきなのか、残したいと思っている人の権利はどう認めるべきなのか。いろんな議論が出てくると思います。
──映画の中のVFのお母さんは、途中から放置気味になっていてかわいそうでした。放置するくらいならVFにしないほうがいいし、私はされたくない気持ちが強まりました。
清田先生:でも、残したいと考える人も多いと思います。自分を残したい願望って昔からあると思います。ヨーロッパの絵画は、ある時代から肖像画ばかりになります。だから、本人の選択しだいなのでは?
──確かに、肖像画や銅像という形で自分を残す人は多いですね。そう考えると、議論を重ねてルール作りさえしっかりすればサービスとしてはありなのかも。
清田先生:映画に出てくるVFの会社は大儲けでしょうね。そしてVFが当たり前になった世界では「両親を大切にしよう」だけでなく「両親のVFを大切にしよう」なんて言葉も出てくるかもしれません。
──ところで、『本心』の原作は2019年〜2020年に連載され、2040年代を舞台にしていましたよね。しかし、2024年でも十分リアルに感じられるようになりました(これを踏まえ、映画の物語の始まりは2025年に設定された)。2030年までにAIは更なる進歩を遂げると言われていますが、その時にはどんな世界になっていると思いますか。
清田先生:少なめに見積もってホワイトカラーの仕事の約20%がAIに置き換わると予測されています。一方、身体性を伴う仕事が置き換えられるのにはまだまだ時間がかかると考えられています。
AI研究者はAIに仕事を奪われるのか
──清田さんの仕事はホワイトカラーですが、ご自身の仕事もAIに奪われると思いますか。
清田先生:自分の仕事もなくなると思います。僕は研究所で研究室を運営していますが、チームメンバーの半分はAIに置き換わるのではないでしょうか。生き残るためには最新のAIを作る側になる必要があります。しかし、競争社会なので、もっとすごいAIが出てきたらAIのお世話をする仕事に回るかもしれません。
最近、アメリカでは雑誌の原稿を書くより、AIに正しい知識を教えるための文章を書く方が高い報酬が出ると報道されています。つまりAIのお世話をする仕事です。
──清田さんはAIのお世話をする仕事をしたいですか。
清田先生:AIが生産性をより高めていくのに貢献できるなら嬉しいですね。
──AIのお世話がかりになることを受け入れられないと考える人もいると思います。また、AIの発展によって失業の危機に晒されて不安に思っている人たちは、どうすればいいと思いますか。
清田先生:自動車が登場したとき、人々の生活はガラッと変わりました。そのときの歴史を学ぶのは一つの手だと思います。
あと、日本の場合、高齢化社会の先に人口が減ることが予測されています。2/3くらいの人口になって労働人口も減る。その中で社会を維持しようとすると、仕事を失うのではなく減った労働人口をどうやって埋めるかという議論になるでしょう。
──人口減少は確かに課題ですね。では、AIは人の仕事を奪ってしまう一方で社会課題も解決するいい側面もある、と。ただ、私個人としては、その進化の速度が早すぎてちょっと怖いです。清田さんはワクワクしながら明るい未来を想像できているのですか。
清田先生:100%できています。
だって、こんなに面白いシチュエーションに立ち会えているのですから。数年前まで想像もできなかったことが起きている。人類史上稀に見る速度でテクノロジーが発展しているんです。
今後数年はAI分野の研究開発が進みます。2030年、40年を見越して先手を打ちながら、どう参加するかがとても重要になります。
それで、この映画を見て考えることは意味があると思います。
AIの進化に取りこぼされそうな人はどうしたらいい?
──では、ついていけていない人たちに向けて、ついていくための方法を教えてほしいです。
清田先生:やはり歴史を学ぶのが良いと思います。すでに例としてあげましたが、自動車が登場したとき、我々の先祖はどう折り合いをつけたのか。ずっと鎖国してきた日本が、突如として、燃料を入れれば動く鉄の塊を手に入れたのです。そのとき、人々はどうやって社会に受け入れていったのか。いろいろヒントがあると思います。
人類は文明の急激な発展を何度も経験して今の生活があるのです。それについていけない人をどうするのか……、というのは政治のレベルの話になりますね。そして、それは国によってアプローチが違います。
2023年5月のG7広島サミットでの広島AIプロセスを発端に、この2年間、国際機関がAIと人間社会をどう調和させるのか議論を重ねてきています。まだ具体的な結論や方針はこれからですが、問題意識は急速に高まっています。
AIで意識は再現できるのか
──なるほど。歴史に学べ、というのはそういうことなんですね。最後に伺いたいのですが、AIで意識は作れるのですか。
清田先生:ChatGPTの登場で明らかになったことの一つに、人間が追い求めていた「意識」の大部分が「言葉」の中にあった、というのがあります。
ChatGPTは、過去に人間がネット上に残した言葉を学習して、次の言葉を予想しているだけなのです。なのに、ユーザーは人間と会話しているような錯覚を覚えるわけです。
人間は他者の意識を確認するためにコミュニケーションを図る必要があります。一部の才能がある人は、そのコミュニケーションツールがダンスやアートかもしれませんが、ほとんどの人が言葉で自分の意識を相手に送っているはずなんです。そして、それがうまく届くと、他者に自分の意識が届いた、となる。
つまり、人間が探し求めていた「意識」は「言葉」の中にあるということになるんです。この「言葉が重要」っていうのは2年前に分かったことなんです。
『本心』では、意識にフォーカスしているのであえて身体性を持たせない描かれ方になっていると思います。身体性を持たせたら、もっと別の可能性が展開されていたはずです。それは別の機会に作品化されてほしいし、いろいろな作品を見てAIについて多くの人に考えて欲しいです。
清田さんがAI監修した『本心』は、日本人ならではの死生観に、時代の流れとAIを組み合わせたヒューマンミステリーです。AI × 死に対するルールが定まっていない今だからこそ自由な感想が出てくるはず。
映画『本心』は国内の劇場にて公開中です。
Source: 映画『本心』公式サイト