ジャケット一枚で世界に日本らしさをアピールするなら、どんなデザインにしますか?
TEAM JAPANが海外大会において過去最多のメダルを獲得したパリ2024オリンピック。表彰台で輝かしい笑顔を見せた選手たちが着用していたあの赤いウェアこそ、そんな渾身の一着でした。
アシックスが2年以上をかけて製作した「ポディウムジャケット(表彰式に上がる時に着用するウェア)」は、ユニフォームでありながらもひとつとして同じものがありません。見えないところにも工夫が凝らされていて、前回大会のオフィシャルスポーツウェアと比べるとCO2排出量を34%削減することに成功したそうです。
製作を担当したアシックスのデレゲーションプロダクトチーム マネジャー、大堀 亮(おおほり まこと)さんが「クラフトマンシップの塊」と表現する、至高のジャケット。
その製作に込められた意図や想いについて伺いました。
──今回のポディウムジャケットのコンセプトは?
アシックス 大堀亮さん(以下大堀):パフォーマンスとサステナビリティの両立です。パリ2024オリンピックは史上最も環境に配慮した大会だったので、我々がTEAM JAPANに提供する商品も環境負荷の少ないものづくりに注力しました。それと同時に機能をおざなりにしないというか、これまでの当社のものづくり同様に快適性を含む機能面も追求しました。
──CO2排出量を34%カットされたとのことですが、どのような苦労があったのでしょうか。
大堀:まず材料レベルから環境への配慮を意識しました。生地やパーツの選び方だけじゃなくて、その製造工程だったりとか、輸送、廃棄といったさまざまな温室効果ガスの削減施策を行いました。
たとえばこれは独自のファスナーなんですけど、本体に縫いつけるテープがないものを使っているので、 CO2排出量の計算でいくと材料が減る、重量も減るのでその分輸送の部分も減る。あとは触ってもらったら分かるんですけど、少ない力でも上げ下げができるっていう点でパフォーマンスとサステナビリティの両立を意識しました。
ファスナーの引き手の紐の部分にはリサイクルポリエステルを使っています。つかみやすくするパーツも再生TPUを使っているので、東京大会と比べると環境配慮の部分でアップデートしています 。
──見た目だけでは分からないですね。
大堀:そうなんですよね。リサイクルポリエステルって言われないと分からないです。でも、見えないからやらなくていいみたいなところもあるけど、それをやることに意義があると思うんです。
そして、それをスタンダードにして、基本はリサイクルポリエステルを使いましょうっていうところへ持っていくのが非常に簡単そうだけど難しいポイントですね。
衣服内環境を快適に保つこだわり
大堀:コンディショニングに関しては、パリは東京に比べて朝晩の寒暖差が大きいので、暖かいときはウェアの中のムレを適度に出して、寒いときは温かさを中にキープできるものを目指しました。それを実現するために、 ACTIBREEZE(アクティブリーズ)という機能をバージョンアップすることにしました。
今回のACTIBREEZEは、アシックススポーツ工学研究所で解析したボディサーモマッピングをベースに、どこが汗をかきやすくてどこが熱を持ちやすいかを解析した上で、動くことによって開くメッシュ素材のレイアウトを考えて適切に衣服内環境を快適に保つように作ったのが機能面でのポイントですね。
いままで寒いときはこのジャケットの上にウィンドブレーカーみたいなものを着ていたんですが、重ね着するジャケット自体を削減できたので、このあたりも環境負荷の少ない形で進めることができました。
グラデーションで個性と統一感を表現
──ポディウムジャケットは1枚1枚が違うデザインだと伺いました。
大堀:グラデーションの生地を使ってるんですが、よく見ていただくと本当に全部違うんですね。微妙に。
通常こういう柄物ってユニフォームにおいては同じように見えるよう設定するのですが、柄によってはロスが出やすいんです。今回のグラデーションは生地を同じ位置で裁断しない設定にしているので、無駄な廃材が出にくいんです。ただ、同じチームに見えないとダメっていうところがあるので、それをうまく調整して一つ一つは違うんだけど、チームとして見た時はきちっと統一感があるデザインを意識しました。
──相反することをグラデーションで表現すると。それってめちゃくちゃ難しくないですか?
大堀:そうですね。むちゃくちゃ難しかったですね。実際にいくつかサンプル作成したり3DCGでシミュレーションしました。
これは余談なんですけど、先日JOC(日本オリンピック委員会)さんから伺った話で、オリンピックに出場したとある選手がジャケットを脱いで写真を撮っていたらしいんですね。撮影が終わって自分のジャケットを手渡された時に、それぞれが「あ、私のこっち」って言って、僕らから見たらわかんないんですけど選手の方から見たらわかる、みたいな感じのお話を聞きました。コンセプトが伝わっていてよかったなーっていうのは思いましたね。
日本の伝統模様をピクセル化
──ほかにも選手の方からフィードバックはありましたか?
大堀:僕もパリへ行ったんですけど、JOCさんのご厚意で選手村に寄らせていただいて、多くの選手やスタッフの方からお話を聞くことができました。今回は海外からもこのTシャツの評価が高かったと聞いています。海外の選手からTシャツを交換してほしいと頼まれたのも結構あったみたいですね。
Tシャツには矢絣(やがすり)という日本の伝統模様をベースにTEAM JAPAN用に作った「YAGASURI グラフィック」を採用しました。勝ち柄というか、縁起のいい柄です。矢を放ったら一方向にしか進まなくて後戻りしない、ということで勝負事のユニフォームに使われるモチーフなんですけど、ここにいろいろな要素を入れています。分かりやすいところで言うと梅だったり、あとはTEAM JAPANのモチーフだったりとか。
視認性が高いので、10万人近い収容の競技場でもこれを着ている人はすごく分かりやすかったですね。
大堀:あとは、リラックスしたいとき用に、同じ柄なんですけどバーチっていうベージュっぽいグラデーションを使ってビッグシルエットにしたTシャツも提供しました。オンとオフの切り替えみたいな感じで使ってもらえたらということで。
JOCさんに聞いたら、選手やスタッフの方々は、日ごとに着用するTシャツの色を決めて、TEAM JAPANとしての一体感を高めることに役立てていたようです。
無茶振りから生まれた「サンライズレッド」
──この「サンライズレッド」という色、そもそもいつから使われるようになったのでしょうか?
大堀:サンライズレッドは2015年に世界陸上の北京大会用のウェアを担当した時からです。その前のウェアはわりと特徴的な白と赤だったんですが、赤を使っている国っていっぱいあるじゃないですか。アメリカ、デンマーク、あと中国とか。
そうしたら、当時の上司に「なんか見ててもどれが日本かわからへんねんけど、わかるような感じにしてくれや」みたいに無茶振りされたんですよ。その時に蛍光にしたらいいんちゃう?って思って。
でもこの世の中に蛍光色の赤って存在しないんですよね。蛍光のグリーン、ブルー、イエローはあるんですけど。だから蛍光のセーフティー系の資材を買ってきて、これを染めてくださいって言って、その時にできたのがサンライズレッドだったんです。
最初は賛否両論ありました。こんな派手な色って言われて。それでもいろいろなアレンジをしたり、継続的に使用することで、だんだん日本代表のカラーみたいな感じに認知されるようになりました。
オリンピックは「スペシャルな実験台」
大堀:前回の東京大会ではソリッドなサンライズレッドだったんですけど、JOCが2021年に新たにTEAM JAPANブランドを立ち上げたことから、今回のポディウムジャケットはTEAM JAPANの一体感とパリの日の出をイメージして、サンライズレッドとTEAM JAPANレッドをグラデーションにしています。
パンツがブラックなので、ジャケットとボトムスが一体に見えるように淡色から濃色に移ってパンツのブラックに繋がっていくという配色にしました。
──ポディウムジャケット製作時に培った技術は、アシックスのアパレルにも使われるのでしょうか?
大堀:はい、 まったく同じではないですけど、もうすでに一般販売用の商品にも広く使われています。種類がいろいろあって、パフォーマンスゴリゴリだけでなく一般的なライフスタイルウェアにも使えるというのがアクティブリーズの特徴かなと。主にトップスが多いですね。Tシャツ、トレーニングジャケットとか。
我々も「作って終わり」というわけではなくて、ポディウムジャケットをすごくスペシャルな実験台というか、機能評価のように捉えつつ、一般の方も着られる商品に転用するというのが最終的な目標になっています。
クラフトマンシップの塊
──今回パリ2024オリンピックのオフィシャルスポーツウェアを製作するにあたって、日本のものづくり精神が生きているなと感じたところはありましたか?
大堀:ポディウムジャケットに関して言うと、我々も日本のメーカーですし、材料メーカーさんもほとんど日本のメーカーさんのご協力をいただいたという点で言えば、本当にクラフトマンシップの塊なのかなと思いますね。
“メイドインジャパン” って昔は何でもできるみたいな感じだったんですけど、いまでは技術的な部分で海外じゃないとできないところもあったりするんですね。なので、今回はその日本でできることをすべて注ぎ込んだジャケットなのかなと。
我々が持っているものをすべて出したかなという感じです。
Source: ASICS
Photo: 佐山順丸