壮大なシミュレーション実験。
宇宙人から地球へのメッセージをシミュレーションしたプロジェクト「A Sign in Space(宇宙の中のサイン)」が、2024年のギズモードサイエンスフェアの受賞者となりました。
このプロジェクトは、火星の衛星から暗号化されたメッセージを送信し、地球に住む一般の人たちにそのメッセージを解読するよう呼びかけるというもの。まったく未知の文明からのメッセージを解釈するという課題に、人類がどのように対応するかというおもしろい洞察が得られたというプロジェクトです。
質問
もし宇宙人からメッセージが地球に届いたとしたら、私たち人間はそれを解読できるでしょうか?
そして、私たちにとってまったくなじみのないものを、協力して理解することができるでしょうか?
結果
2023年5月24日、火星の衛星から地球に向けて電波信号が送信されました。
2016年に打ち上げられた火星大気の研究ミッション「ExoMars Trace Gas Orbiter」が、通常とは異なるメッセージを発信。16分後に地球上の3つの観測所で受信されました。
このメッセージ送信は実際には宇宙人からではありませんが、2つの遠く離れた世界間のコミュニケーションがいかに困難であるかを浮き彫りにし、宇宙人からの信号を検出することが一番難しい部分ではないことを示しました。
イベントを主催したのは、高度な宇宙人文明の電磁気的な痕跡を探索している非営利団体「SETI研究所(SETI:地球外知的生命体の探査という意味)」。
欧州宇宙機関のミッションコントロールセンターが秘密のメッセージを宇宙船に送信し、そのメッセージは宇宙船のメモリに保存されました。その後、ExoMars orbiterがそのメッセージをテレメトリ(デジタルデータ)に変換し、電波として地球に向けて発信しました。
信号自体は、惑星間アートプロジェクト「A Sign in Space」の創始者であるアーティスト、デニエラ・デ・パウリス氏によって開発された暗号化メッセージでした。氏はこう語っています。
「このプロジェクトを進めている間、例えばいにしえの人類が説明できない自然現象に直面したときに、どのような気持ちだったのかを考えていました。きっとその現象に対する説明を、一緒に作り出していたはずです。
だから私は、社会が現実にどう意味を与えるのかというプロセスにとても興味があったんです」
信号を受信したウェストバージニア州のグリーン・バンク天文台、カリフォルニア州のアレン・テレスコープ・アレイ、イタリアのメディチーナ電波天文台の天文学者たちは、テレメトリを除去し、誰でもダウンロードできるようにプロジェクトのウェブサイトにメッセージを掲載しました。何千人もの人々がこの宇宙人のコードの解読を試み、その意味についてオンラインでアイデアを交換しあったのです。
メッセージ自体はわずか数KBのサイズで、送信中に受信した生データの残りの部分から抽出する必要がありましたが、メッセージの本当の内容はパウリス氏と他の2人以外は誰も知りません。
「メッセージを構成するのが最も難しいところでした。本当に眠れないほどの苦悩でした。他の文明から送られるメッセージとして適切なものが何も思い浮かばなかったんです」
アレン・テレスコープ・アレイで信号のキャプチャーを手伝った電波天文学者のワエル・ファラー氏は、暗号化されたメッセージの解読には失敗しましたが、どんなメッセージだったかについては「私が思うに、メッセージは人間としての私たちの姿を反映したものだと思います。少なくとも私はそう思いますし、そうであってほしいと思っています。人間としての私たちの姿を反映または投影するような何かですね」と語っています。
この実験では、未知の信号を理解することがどんなに困難かが浮き彫りになりました。また、実際の宇宙人文明との初接触の際に直面するであろう「協力的な努力」の必要性も強調しています。
チームは、宇宙人との接触が映画のようには展開されないことを示したかったのです。宇宙人からのメッセージを解読するには、数カ月かかるでしょう。その際に科学者たちがまずすべきことは、そのメッセージ送信が人間の宇宙船からのものではないこと、そして異なる望遠鏡であってもまったく同じ形で受信できることを確認することです。それを訓練するために、今回のテストでは3つの観測所が使われました。
なぜこの実験を?
「A Sign in Space」は、芸術と科学を融合させ、宇宙人文明の地球への接触に人類を備えさせるのと同時に、メッセージをどう解釈するかを通して、私たち自身の世界についても考えさせるものです。
パウリス氏は真意をこう語っています。
「アーティストとして、私が興味を持っていたのは、何かに意味を持たせることへのプロセスを探求することでした。
つまり、私の疑問は、もし私たちがラディカルな形の演劇を取り入れながら、宇宙人からのメッセージを受信するというシナリオを人類に提示したらどうなるだろうか?ということでした。
自分たちの文化の性質の外にある何かに意味を見出さなければならなくなります。この可能性に本当に魅了されたのです。パラメーターがまったくない状態で、どうやって何かに意味を見出すことができるのだろうかということです」
このプロジェクトはまた、地球外生命の探索にも光を当てました。「私たちが注目を集めているのは、過去5年から10年の間に、SETI研究所がただの奇人の集まりではないという考えを変えるようなプログラムが出てきたからです。SETI研究所はそれ自体が本物の科学であり、天体物理学的分野でもあり、学術的な尊重に値するのです」とファラー氏は述べています。
受賞の理由
地球でメッセージが傍受されてから1週間で、約40万人がそのメッセージをダウンロードしています。「A Sign in Space」のアウトリーチ担当でSETI研究所のシニア惑星天文学者フランク・マーチス氏は、「最初から興味が集まっているのがわかっていました」と述べています。
マーチス氏はメッセージ内容の開示の提案を受けましたが、断ったそうです。
「私の頭の中では、その信号は宇宙人が私たちの存在を知っていることを伝えている内容なのです。宇宙人は私たちの存在を知っていて、地球人について認知しているよ、と伝えたいだけなのです」
プロジェクトについてあがってきた議論は、チーム内部でさえも、まさに「宇宙の中のサイン」の目的そのものでした。
パウリス氏は、「今回のプロジェクトで多くの異なるアイデアが出てきました。私たちが考えたこと、そしてアップロードしたものよりもはるかに興味深いものがいくつかありました。私たちはメッセージに流動性を与え、それによって複数の段階を経ることができました。知識は常にプロセスであり、決して完全に結晶化することはないという考えを強調しています」と話しています。
次のプロジェクトは?
このプロジェクトに関わったチームは、今回の宇宙人からのメッセージを巡るオンライン上の議論を今でもモニタリングしています。パウリス氏は、一般の人たちの注目がメッセージの内容だけに集中せず、さまざまな解釈に対してオープンでい続けることを望んでいるそうです。
地球外生命からの本物の信号を見つけることに関しては、SETI研究所のチームは探査し続けています。マーチス氏はこう語っています。
「今後10年から15年以内に、私たちの太陽系で生命を発見する可能性に私は賭けています。
太陽系外惑星に関しては、次世代の機器が系外惑星の画像を撮影し、その惑星の海や生物学的生命の兆候を画像で捉えることになるでしょう。これは新しい望遠鏡を打ち上げたときに実現することです。そうすれば、その昔、宇宙船ボイジャーから撮影されたあの有名な地球の画像の最新版のような画像を得ることができるでしょう」
今回のチーム構成
デニラ・デ・パウリス(SETI研究所・グリーンバンク天文台のアーティスト)、ワエル・ファラー(SETI研究所の電波天文学者)、フランク・マーチス(SETI研究所のシニア惑星天文学者)、グレゴリー・ベッツ(実験的詩人)、ムケーシュ・バット(物理学者)、ジェルマーノ・ビアンキ(IRA-INAFの研究者)、クララ・アンナ・カポヴァ(人類学者)、ヴィクトリア・キャトレット(ソフトウェアエンジニア)、パメラ・コンラッド(宇宙生物学者)。