カーシェアやレンタカーが充実している今、都会暮らしでクルマの必要性を感じている人もそう多くないのでは? とはいっても、「クルマのある生活」は体験してみないとわからないもの。
このご時世クルマを買う理由は、何も移動手段としてだけではありません。「趣味の一つとして」「ファッションとして」「人生の転機だったから」と人それぞれいろんなストーリーがあるんです。
自分には関係ない車、と思っていたけど
レンジローバーって、イギリスでは貴族も乗るような車なので、もちろん憧れではあったけど、自分にはあまり関係のない車だと思っていたんです。
ランドローバー「レンジローバー」と出合ったときの心境をそう打ち明けたのは、広告代理店に勤める冨田嶺央さん。
現在26歳ですが、購入当時は23歳。たしかに年齢的には、「高嶺の花」と思ってしかるべき車かもしれません。でも、それは唐突に目の前に現れ、しかも、がっつり現実的な射程に入るほどお値頃だったのだといいます。
実家の車は長くボルボで、僕も愛着があったので、最初のマイカーは90年代のボルボにしようかと思っていました。
ひとまわり上の車好きの先輩から連絡があったのは、そんなとき。その先輩がお世話になっているカーショップに、このレンジローバーが入ってきて、乗ってくれるひとを探してるっていうんです。
突然のオファーに戸惑いながらも、とりあえず、すぐ見に行くことにした冨田さん。
丁寧に乗られてきたワンオーナー車(前の所有者が1人だけの中古車)だったこと、自分と同い年の97年車だったこと、「ハイブリッドや電気自動車が台頭するなか、排気量が大きくエンジンのデカい車に乗るのは、もしかすると最後かも」と思ったことなどが背中を押し、購入を前向きに検討することに。ただ、実際に購入したのは、それから1年半もあとのことでした。
この車についてYouTubeやウェブ記事で調べようとしたんですけど、発売されたのがインターネット黎明期だったためか、情報がほとんどなくて…。
ならばと数ヶ月おきにショップに足を運び、こういうときは?ああいうときは?と根掘り葉掘りじっくり話を聞きながら、徐々に車と“お近づき”になったというわけ。そうやって熱心にコミュニケーションをとる姿に打たれてか、ショップオーナーのはからいで、1年半ものあいだバックヤードで保管してくれていたのだとか。
イギリス感じる、限定仕様
ひと目見て気に入ったのは、ボディとシートカラーの組み合わせだったとか。
とくにシートは、ベージュともブラウンともつかない、たとえるなら、ミルクチョコレート。さらに、冨田さんの乗るこの車は限定車ということで、シートのパイピングはブラックで切り替えられています。
パイピングまでシートと同色だと、ちょっといなたい感じになると思うんです。この切り替えが効いていて、“クラシカルなイギリス車”っていう雰囲気も増している気がします。
ドアの内側の木目デザインなんかも、アクセントとして気に入っていて。現行の車だと、なかなかこういうしつらえって見られないですよね。
そんなイギリス産の旧車ならではの魅力を損なわないよう、極力カスタムせず、ドラレコやETCといった最低限のカーギアだけを取り入れながらシンプルに乗る冨田さん。それでもなお導入している数少ない便利ツールが、それゆえに、気になります。
たとえばエアタグ。ひとつはキーホルダーにつけているそうですが、もうひとつを車内に設置して、行き慣れない場所で車を駐車したとき、駐車場を見失わないようにしているとか。
専用ナビは付けていませんが、「いまはスマホさえあればナビは問題ないし、この方が収まりもいいので」と、ベルキンのスマホホルダーを活用中。
また、ドライブにはやっぱり音楽が必須。冨田さんはというと、「90年代のR&Bやネオソウルが好きでよく聴いていますが、昭和の歌謡曲なんかも、この車の雰囲気に意外と合うんです。研ナオコとか」。
残念ながら備え付けのカセットデッキは壊れいるため、いまはFMトランスミッターで流しているそうですが、近々、コンチネンタルのオーディオデッキをセットする予定だとか。
友達とディーラーへ行き、レクサスに乗せてもらった中学時代
ところで、冨田さんの“車愛”が芽生えはじめたのは、1、2歳の頃。祖父も父も車が好きで、当時、実家ではアウディの黄色いオープンカー「カブリオレ」に乗っていたこともあり、鮮烈に記憶に残っているそうです。
日光や鬼怒川へ家族旅行したり、近くの洗車場へ連れて行ってもらって、そこで洗車ごっこをしたり、そういうのをいまでもよく覚えています。
小学生の頃は、家に届く新聞の折込チラシや、父が持って帰る雑誌などを、教材みたいに眺めながら、ひとりで車愛をスクスクと育んでいたそうですが、中学生になりツイッター(現X)をはじめると、世界は急加速的に拡張。
同世代のみならず、全国の車好きたちと交流できるようになり、リアルなカーイベントなどで実際に顔を合わせる機会も増えていったのだとか。
SNSで世界が広がったっていうひとは多いと思いますが、その頃の僕も、車を通してまさにそれを経験したんです。
中学の職業体験先も、もちろん車のディーラー。また、学校が休みの日には、友達と連れ立ってショールームへ行き、接客を受けたりもしていたというから驚きです。
いろいろカタログを出してもらって、「ちょっとレクサス見せてもらっていいですか?」とか(笑)なかには試乗までさせてくれる優しい営業マンさんもいましたが、いま考えると、さすがにゾッとしますね…(笑)
自分で運転するには年齢制限があるし、免許を取るにはお金もかかる。そんな車を、実際的に楽しむことは子どもにはできなくても、手の届く範囲で楽しみ方を見つけ、ときにその純粋さを武器に、貪欲に掴みとっていたというのには脱帽です。
しかも、そうしてひたむきに好きと向き合った子ども時代の経験が、20代になったいまに続いているなんて!
祖父母の新婚旅行先へも、この車で
そうして手にした初めてのマイカーは、おじいちゃん・おばあちゃん孝行にも役立っていて、年に1度はドライブ旅行をプレゼントしているのだとか。
祖父も車が好きでしたが、もう長い距離は運転できないので、代わりに連れていってあげることにしたんです。いまでは、「次は〇〇へ行きたい」とかってリクエストも入るように。去年の秋は、祖父母の新婚旅行先だったという八ヶ岳の清泉寮へ行きました。
一方、中学時代にのめり込んだSNSでの車好きとの出会いや、培ってきたコミュニティーも、マイカーを手に入れたことでしかるべく変化しているようです。
この間は、赤レンガ倉庫で開催されたカーイベントにこの車を展示させてほしいというオファーがあって、快諾しました。最近は変わった旧車が好きな20代の子たちもたくさんいて、彼らから相談を受けたりすることも多いですね。
知人がやっているウェブメディアで、カーライフのエッセイを書いたりもしています。
そうしたぜんぶ、脇目も振らずに好きを突き詰めたがゆえ。いつかインターネットを介して自分の世界がみるみる広がったように、今度は彼が、だれかの好きを受け取って、広い世界へドライブしているようです。
Photo: 千葉顕弥