中古の戸建て住宅への需要が高まっている。その背景には、自宅を売却した後も賃貸契約を交わしてそのまま住み続けられるリースバックを、金融企業などが続々と提供し始めたことで、住宅の買い取り・再販に力を入れている不動産業者が増えていることもあるようだ。そこで今回は住宅ジャーナリストの山下和之氏に、東京都心を中心に新築戸建て価格が右肩上がりで中古戸建ての注目度が高まっている昨今の、中古戸建て事情について聞いた。
戦後から続いてきた日本の「新築戸建信仰」
昨今の中古戸建てブームを探るにあたり、まずは日本の住宅業界における「新築戸建て信仰」がどれほどのものだったのかを確認しておこう。
「日本人の新築戸建て信仰は戦後から始まったとされています。というのも、戦前の日本は一部の大地主により多くの土地が寡占されている状況で、大半の庶民は安い借家住まいでした。庶民といっても、現代人がイメージするものとは少々異なり、夏目漱石が小説『こころ』で描いたように、女中まで有しているような小金を持った階層の人間までもが借家住まいだったわけです。
そんな日本を変えたのが、戦後復興のなかで声高に推し進められた持ち家政策です。戦争によって陥った深刻な住宅不足を解消するために、国民が自力で家を建てることを推進した政策で、これにより高度成長時代には持ち家が急増したのです」(山下氏)
中古戸建のメリットは安さと広さ
そんな歴史を持つ日本人が、なぜ今、中古戸建てを求めているのだろうか。
「一般社団法人・不動産流通経営協会が出している2022年度の『不動産流通業に関する消費者動向調査』によれば、中古物件の取得理由のトップは『希望エリアの物件だったから』です。次に公益財団法人・東日本不動産流通機構が出した、2022年の『首都圏不動産流通市場の動向』によると、2022年の新築戸建ての平均価格が4128万円なのに対して、中古戸建ては3753万円と、1割以上も割安であることがわかります。要するに希望のエリアにどうしても住みたいけれど、予算的に新築戸建てに手が出しにくいという方々にとって、中古戸建てはうってつけの存在なのです。特に築年数が30年を過ぎると価格がガクッと下がる傾向も見られます。不景気によって収入がアップしないどころか収入が低下している人もいる今、それでも希望のエリアに家を持ちたいという層が、中古戸建てを選択肢に入れるのは自然な流れでしょう。
また、首都圏やその周辺地域で顕著なのですが、そもそも今は新築戸建てを供給する土地が不足しているという事情もあります。そのため、古い住宅を買い取ってリノベーションしてから販売する不動産業者が増えているのです。築年数が経っていても、デザインや雰囲気が今風でおしゃれな中古物件であれば、嫌がる人は昔ほど多くはないですからね」(同)
中古戸建のメリットは価格の安さ以外にもあるそうだ。
「先ほどの東日本不動産流通機構のデータによると、平均の土地面積は新築戸建てが121.55平方メートルに対して中古戸建は143.97平方メートルとなっています。これは、建築資材の価格や土地代が30年前のほうが格段に安かったなどの理由によるものですが、無理して新築にこだわって狭苦しい家に住むよりは、中古でもいいのでできるだけ広々とした家に住みたいという人の需要にもマッチしているのだと思います」(同)
売り手側の事情と中古戸建のデメリット
一方、昨今の中古戸建てブームには、売り手側の事情も関係しているという。
「東日本不動産流通機構のデータを見ていくと、首都圏の中古戸建ては2020年までは比較的価格が落ち着いていたのですが、2021年、2022年と中古戸建てブームの影響で価格が急上昇しています。売り手としてはこうした勢いがどこまで続くのか常に見計らっているわけですが、『そろそろピークアウトするかもしれないので今が売り時』と判断しているのかもしれませんね。また、築年数が長くなるほど価格は下がるので、一定の売値を確保できるうちに早めに売ろうとする人が増えてもおかしくありません」(同)
そんな需要が増加した中古戸建てだが、当然デメリットもある。
「中古戸建ての最大の問題点は耐震性です。ご存知のとおり日本は世界でも有数の地震大国ですし、近年は南海トラフ地震がいつ来てもおかしくないと噂されるなど、地震に対する警戒感が強まっています。気を付けなければいけないのは、1981年以前に建てられた中古戸建て。1981年6月に旧耐震基準に代わって新耐震基準が適用されるようになり、震度5強の地震なら軽微な損傷程度、震度6強から震度7の地震でも倒壊はまぬがれるという基準になっているのです。ですから旧耐震基準で建てられている家であれば、その物件の価格にプラスして耐震補強をする分の予算も考えておく必要があるでしょう。また、命にかかわることなので、古い中古住宅の購入を検討しているのであれば、建築の専門家などにホームインスペクション(住宅診断)を依頼することをおすすめします」(同)
「リースバック」で中古の価値観も変化
自宅を売却した後も賃貸契約を交わし、そのまま住み続けることが可能なリースバックの浸透によって、住宅の買い取り・再販に力を入れる不動産業者が増えてきているとのことだが、デメリットはないのだろうか。
「リースバックは売り手にとってメリットの多い仕組みなので、近年は中古戸建てブームの一翼を担っています。しかし、注意点も少なくありません。例えば一部の企業が提供しているプランでは、各種手数料や敷金・礼金が発生し、せっかくリースバックを利用して家を売却しても手元に残る現金が少なくなってしまう、などのトラブルが引き起こされるケースも少なくありません。また、リースバックは主に物件を買い戻す予定がない人向けの仕組みで、買い戻ししようとした場合の価格は、相場より高騰するケースもありますので、買い戻す可能性が高い人にはおすすめできません。
最近は国土交通省でもリースバックの問題点を懸念し、消費者の知識を高め、トラブルに巻き込まれないようにガイドブックを作成しているので、こうしたものに目を通しておけばトラブル回避の一助になるはずです。また、敷金・礼金・仲介手数料・更新料がかからないだけでなく、不動産における減価償却の考えに基づき、買い戻しの価格が賃貸契約期間に比例して安くなっていくリースバックプラスという仕組みも登場しているので、中古戸建てを売りに出す人は今後も増えていくことでしょう」(同)
(文=A4studio、協力=山下和之/住宅ジャーナリスト)