先祖や親の代から受け継いできた不動産の取り扱いで苦労をしている人が増えている。戦後3四半世紀(75年)が経過し、その間に資産を増やしてきた日本人だが、その資産を引き継ぐ相続が急増している。相続する者の代表格が家だ。一部が社会問題化しているといわれる空き家は、2018年の調査でその数は849万戸。そのうちの約4割にあたる348万戸が、統計上の「その他住宅」、いわゆる個人住宅の空き家に該当する。
さて、空き家が増える原因がまさに相続だ。地方に残された実家、親の家の取り扱いに悩む人は多い。高度経済成長期から現代にいたるまで地方圏から大都市圏に大量の人の移動が生じた。都会にやってきた多くの人たちは地方に戻ることはなく、大都市郊外などに家を構えた。少子化が進行するなかで地方に残された両親が亡くなると、なくならないのが親の住んでいた地方の実家である。先祖伝来の家になると引き継ぐのが当たり前と周囲からも思われ、人目を気にして処分もままならない。あまり束縛がなかったとしても、人口減少高齢化が進む地方では、人に貸すのはおろか、売れる可能性もほとんどない。空き家管理に多くの人が困惑する。
親が残すのは家ばかりではない。先祖代々続く田畑や山林。もう地方に戻って農林業をやるつもりもない都会人たちは、相続土地については無関心だ。きょうだいやいとこなどに権利が分散している場合も多く、なかには会ったこともない親戚が共同所有者だったりする。固定資産税自体はたいしたことがないので、そのまま放置というのが実態だ。
さらに戦後三世代目くらいに突入すると、地方から出てきて大都市郊外のニュータウンなどで住宅を買った代で、そろそろ相続を迎え始めている。人気がなくなったニュータウン内の戸建て住宅や団地は相続しても、資産価値はほとんど期待できず、「貸せない」「売れない」「自分が住む予定もない」三重苦の負動産になり果てている。亡くなった親がそのまた親から引き継いだ地方の実家、つまり相続人にとっては祖父母の家や田畑、山林まで含めて相続する事態になると、大変な資産持ちというより、どうしようもない負動産持ちになることが今後ますます現実化してくるのだ。
「相続土地国庫帰属制度」とは?
このようななか、国は今年4月27日より「相続土地国庫帰属制度」をスタートさせた。なんと相続した土地のうち、もう自分は使わないと思うものについては一定条件を満たせば、国庫に帰属させることができるという夢のような話である。この制度が創設された背景にあるのが、国内で増え続ける所有者不明土地問題だ。所有者不明土地問題研究会の調査によれば、2016年において全国で所有者が不明である土地の面積は410万haに及び、これは九州全土の面積367.5万haを凌駕するものとなっている。さらに同研究会によれば、何の対策も講じないまま推移すると、2040年にはその面積は720万haまで拡大し、国土面積の2割、北海道全土の面積に匹敵する規模に膨れ上がるという。
国はこれ以上、所有者不明土地を増やすことは、防災や行政、財政面でもよろしくないと考えている。そもそも国民の土地に対する利用ニーズが低下しているのに、相続で望まない土地などを抱え込み、その負担に苦しむ、管理をせずに放置する、相続にあたって登記もせずに野放しにするといった行為の積み重ねがこの問題を深刻にしているのだ。
では、この制度の概要をみてみよう。申請の対象となる不動産は「土地」だ。建物は含まれない。また申請者は、土地を相続または遺贈された人に限られる。共有の土地の場合は共有者全員で申請する必要がある。申請先は法務局で、ここで要件審査が行われる。審査料は土地1筆当たり1万4,000円だ。担当官が現場に実査などに出向くことが想定されている。審査で承認されれば国で引き取ってくれるが、注意しなければならないのが、国はタダでは引き取ってはくれないということだ。
タダで引き取ってくれるとなれば、土地を管理するのが面倒だとして管理コストを国に転嫁することが目的となり、国民の間にモラルハザードが蔓延することになるからだ。そこで、国は国庫に帰属する際には、審査手数料に加えて、土地管理費10年分に相当する負担金を事前に納付することを求めている。負担金は宅地、田畑は面積に関係なく一律20万円、山林は面積に応じて算出される。だが、宅地のうち都市計画法の市街化区域または用途地域が指定されている地域内の宅地は面積に応じて算出される。田畑も宅地と同様に市街化区域または用途地域の指定のあるような都市型の農地、農用地域内の土地などについては面積に応じて負担金が算出される。都市圏の宅地や都市農地などは面積に応じての負担金が求められてしまうのだ。
ちなみに法務省ホームページに掲載されている「自動計算シート」によれば、市街化区域内にある土地であれば、宅地は200平方メートルで793,000円、田畑1000平方メートルで1,128,000円になる。山林も意外と高く、20,000平方メートルで431,000円となる。
国庫に帰属させる前に解決しなければならない問題が多数
気になるのは要件審査でどういった土地であれば承認されるかだが、現在判明している限りでは、申請時の要件としては、
(1)建物が建っていないこと
(2)土地に担保権や使用収益権などが付されていないこと
(3)他人の利用が予定されていないこと
(4)土壌汚染がないこと
(5)隣地との境界が確定していること
などが想定されている。また、審査にあたっては、
(1)一定の勾配のある崖地
(2)土地の管理、処分に支障があるような工作物がある
(3)地中埋設物が存在する
(4)隣地所有者などとの間で裁判に発展するような深刻なトラブルがある
(5)土地の管理、処分に支障が出るような多額の管理費用、労力がかかる
などの事象が認められる場合には、承認されないとのことだ。
また、国庫に帰属できる相続財産は、この制度が開始される(23年4月27日)以前の土地でも申請してよいとされている。これは、多くの人がかつて相続し、自分にとって価値がないと思われる土地を国に引き取ってもらうチャンスが到来したともいえよう。ただし、申請や審査にあたって要求されている条件は意外にハードルが高い。田畑や山林、地方に残された先祖伝来の土地などは、権利関係が複雑で登記もされていない、境界が定まっていない、地役権や入会権といった権利が付帯する、など国庫に帰属させる前に解決しなければならない問題が多数あるからだ。
都市市街地であれば、こうした問題はあまりないかもしれないが、更地にするための家の解体費用に加えて、土壌汚染や地中埋設物などの処理や撤去などに多額の費用が掛かる恐れもある。また、それらの費用を負担したうえで、さらに多額の負担金を支払わなければならないことを考えると、更地として売るほうがよい、というところも多そうだ。
いっぽうで国は24年4月より、不動産相続時に登記することを義務付けした。また従前に相続した不動産についても今後3年間での登記を義務付け、違反した場合には10万円の過料を課すことにした。相続してしまった土地の扱いに一定の出口が用意された反面、出口要件を満たさない土地については、登記を義務付け、固定資産税を徴収し、登記しない者に対しては処罰する。これが、最初に飴玉を見せて、のちに鞭をふるうのがこれから2年の土地政策の基本方針だ。いらない負動産、早く処分しておいたほうがよさそうだ。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)