賃貸物件のマンションやアパートへの引っ越しを検討している際、希望のエリアや間取りなどの条件はありながらも、できるだけリーズナブルな物件に住みたいと考えるものだろう。ただ安い物件に住んでみて、入居前には想定していなかったトラブルに見舞われるといったケースも少なくない。
上京して恋人と二人暮らしを始めたAさんの体験談は気の毒なものだ。東京23区外ながら2LDKで家賃8万円という条件がよい物件を契約できたAさんだが、なんと住み続けるうちに部屋の中に月30匹程度のテントウムシやカメムシが侵入してきたという。しかも進入経路がわからず、冬場に現れたこともあり、来たる夏場に不安が募っているそうだ。現在は窓の隙間をガムテープで塞ぐといった応急処置を施しているそうだが、その効果は定かではない。
また、単身者のBさんも東京23区外の1Kで家賃3万8000円という格安物件を借りたが、実は近くにごみ処理施設が存在し、その騒音のせいで毎朝起きてしまい、生活のリズムが崩れてしまっているという。そして、近くに斎場もあるため、怪談が苦手なBさんは夜に出歩くのが怖いと語る。なおAさんもBさんも、これらの事実について事前に仲介業者から説明を受けていなかったという。
周囲の相場に比べて明らかに安い物件だと、訳アリの場合も珍しくない。しかし、素人の目では判断できないポイントはあるし、少しの見落としでトラブルに巻き込まれてしまう可能性もある。
では実際に、一見おトクそうに思える安い物件を見つけた場合、どのようなポイントに注目すべきなのだろうか。そこで今回は、姫屋不動産コンサルティング株式会社の代表・姫野秀喜氏に、Aさん、Bさんの物件の問題点や安い物件の見極め方、注意点について解説してもらった。
安すぎる物件には瑕疵があるかもしれない
賃貸契約するとき、契約の前に重要事項説明書の配布と説明が行われる。重要事項説明書とは契約に関する重要な内容が記された書類だが、そのなかに記載されている「告知事項」という特記事項を確認することが、訳アリ物件かどうかの見極めにつながるという。
「重要事項説明書は、宅地建物取引業法によって仲介業者が借主に対して説明することが義務付けられています。この書類は、物件に関する事項や取引条件に関する内容を事細かく記したもので、法律によって説明する箇所が厳密に定められています。そのなかで、過去に事故や事件があった物件や、周辺環境に問題がある物件の場合、告知事項として借主側にその旨を明記、説明しなくてはいけません。
告知事項には、自殺、殺人など死亡事故が発生した『心理的瑕疵』、火災、漏水によって物件にダメージがある『物理的瑕疵』、法律に抵触していて違法建築となる『法的瑕疵』、周囲環境が劣悪である『環境的瑕疵』の4種類が存在し、物件がこれらに該当すれば仲介業者は借主に説明する義務があります。この告知事項の説明を怠っていれば告知義務違反となり、不実告知としてみなされ、業務停止や免許取り消し、2年以内の懲役もしくは300万円以下の罰金が課せれられます」(姫野氏)
告知事項の内容が家賃値下げの理由になることが多いが、法的にしっかり整備されているわけではないという。
「2021年10月に国土交通省が『宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン』を策定。このガイドラインで心理的瑕疵に関して自殺、他殺があった物件や、死後長時間経過してからご遺体が発見された物件は、事案発生から3年間は告知義務があると明記されました。ですが明確な基準が示されたのはこれが初。心理的瑕疵は4種類のなかで最も厳しい瑕疵なので、逆に考えるとようやく最上位の瑕疵のガイドラインが制定されただけで、それ以外の3種類の瑕疵は現時点でも基準が曖昧なのです。
ちなみに、物件情報サイトや仲介業者からすると、告知事項として説明しなくてはいけないような瑕疵は、最初から積極的にオープンにしたくない情報なわけです。ですからなんらかの瑕疵がある物件でも、物件情報サイトの紹介ページには記載していないことがほとんどでしょう。また、内見をしたときに同行してくれた仲介業者が、そのときは瑕疵について何も言っていなかったとしても、本契約の段階になって突然説明されるといった可能性もあるのでご注意ください」(同)
残念ながら「虫の大量発生」は瑕疵ではない
ではAさん、Bさんの事例が告知事項に当てはまるのか。まずAさんの事例は、一見すると虫被害のため環境的瑕疵に当てはめて考えられそうだが、どうだろうか。
「瑕疵に該当する基準が曖昧となっていますが、Aさんのテントウムシやカメムシ発生のケースですと月に30匹程度の発生であり、告知義務違反があったと主張するのは難しいでしょう。一般的な自然現象の範囲だと片づけられ、環境的瑕疵には該当しないという判断になる可能性が高いからです。ちなみに、業者側に侵入経路をリサーチしておくべきといった義務はないですし、契約書にまで盛り込む法的な基準も明確には存在しないので、重要事項説明書の説明の段階でそこまで伝えなくても問題ないんです。
これには国土交通省から配布された重要事項説明書のフォーマットも関係してきます。仲介業者は、このフォーマットを流用したり、またそれに倣って独自のフォーマットを作ったりして契約前に説明を施すのですが、フォーマットで触れられていない内容以外は話さなくても構わないんです。良心的な業者であれば、告知事項に書くほどでもないけれど、事前に伝えておいたほうがいい情報を教えてくれるかもしれませんが、現状では伝えなくても法的に問題はないというわけです」(同)
例外として、シロアリの発生などによって物件自体にダメージがある場合は、物理的瑕疵として説明する場合があるが、虫が大量発生しても法的には業者側に非はないということになるらしい。
「虫がどうしても嫌な人は内見に赴いた際に、その物件が草原や林、川や湖など虫が発生するリスクが高い場所の近隣ではないかというのをチェックすべきでしょう。そして万が一、住み始めてから虫が発生して困ってしまったときは、部屋内で虫がたくさん発生している様子を撮影し、大家さんや仲介業者に見せて対策を考えてもらいましょう。被害が深刻だと判断してもらえれば、大家さんが費用を負担して駆除のための専門業者を手配してくれるというケースもあるかもしれません」(同)
契約後に後悔しないため、積極的に質問すべし
一方、Bさんの事例に関しては、事前に環境的瑕疵として説明する必要があるため、業者側に落ち度があるといえそうだ。
「ごみ処理施設、斎場といった施設は、基本的に『忌避施設』に該当するので、環境的瑕疵に当てはまります。事前に説明する必要があるため、仲介業者側に法的責任を求めることも可能でしょう。ただし、『物件から半径○m以内にごみ処理施設があると瑕疵として説明しなければならない』といった明確な基準は定められていません。そのため訴えるとしたら、争点はその仲介業者側が周辺状況をどれだけ把握していたかという部分になるでしょう。物件のすぐ隣に忌避施設があるのであれば、『知りませんでした』は通用しませんが、たとえば100m先にあるような場合、告知しなかったのは故意か過失か微妙なところですからね」(同)
ごみ処理施設や斎場は環境的瑕疵に当てはまるが、仲介業者が「物件からやや離れているので告知する必要はないと判断した」と言い訳する可能性もあるだろう。そのため、契約前にしっかりと言質を取ることが大事だ。
「たとえば、仲介業者との会話をレコーダーなどで録音しつつ、内見に赴いた際に『この物件の半径100m以内に、忌避施設など瑕疵に該当するような場所はありませんか?』と質問してみるといいかもしれません。仲介業者としても嘘や間違った情報を伝えてのちのちトラブルになるほうが困るでしょうから、きちんと正直に答えてくれるでしょう」(同)
ただ、もちろん安い物件すべてが告知事項ありの訳アリ物件であるとは限らない。
「家賃の金額は、告知事項の有無以前に物件の空室率で決まることもあります。空室率が高いと大家さんがとりあえず収入を確保しようとして、家賃を下げて入居者を募集するケースはよくあること。ですから相場より1割程度安いぐらいであれば、訳アリ物件なのではないかと過剰に警戒する必要はないでしょう。ただ、告知事項のある物件は相場より2割ほど低いという傾向があるため、その場合は注意して、仲介業者に瑕疵がないかどうかなど、いろいろと質問してみるべきですね」(同)
(取材・文=文月/A4studio、協力=姫野秀喜/姫屋不動産コンサルティング代表)