企業の新規事業開発を幅広く支援するフィラメントCEOの角勝が、事業開発に通じた、各界の著名人と対談していく連載「事業開発の達人たち」。今回は、東京・虎ノ門で展開する日本最大のスタートアップ向けシェアオフィス「CIC Tokyo」に入居しているVia Mobility Japan日本代表 加藤忍氏にご登場いただきました。
加藤さんは、ライドシェアのテクノロジーを提供するVia Mobility(以下、Via)において、主に自治体向けに新しいオンデマンド交通システムの構築を支援する新規ビジネスに挑戦されています。前編では、加藤さんのキャリア変遷と、ビジネスの内容について伺います。
Via Mobility Japan 日本代表の加藤忍氏(右)
日本法人立ち上げのプロが辿り着いたモビリティのJV
角氏:当連載では大企業の担当者にお話を伺うことが多いのですが、大企業に限らずスタートアップの方もどんどん取材していこうと思っています。僕は以前大阪市役所に20年間勤めていて、キャリアの終盤にスタートアップを支援する大阪イノベーションハブの立ち上げを担当し、それが面白かったので起業しました。その時のつながりやアクセラレーションプログラムで出会う方々も多いので、スタートアップ側のロジックもわかっています。その上で、まずは加藤さんご自身の自己紹介をお願いします。
加藤氏:実は私、Viaが7社目なんです。だいたい2〜3年周期で、社内で何か立ち上がった頃に次の誘いが来で、好奇心が沸いて次の会社に移ってきました。キャリアの最初だけ、ブイキューブの新卒採用一期生として日系企業に就職しましたが、その後は米国のソフトウェア企業に在籍し、ほぼ日本オフィスの立ち上げに携わってきました。ただその中でグーグルに3年ほど在籍した時期がありまして。それまではモバイル系の仕事をしていたのですが、「Android Auto」というカーナビ用の音声アシスタントソリューションの事業開発に携わり、そこでモビリティの世界が面白いと感じたのです。それで別のスタートアップを経て、今回Viaの話が来たときに、モビリティでもあり社会貢献もできるという事業内容に強く共感し、入社するに至りました。
角氏:その若さで7社目とは驚きです。
加藤氏:日本オフィスが立ち上がり、だいたい3年目くらいにみんなが食べていけるような大きな案件が1〜2件決まるんです。そうすると、新しい話が来て転職するという周期が続いていたのですが、今回は公共交通にかかわるビジネスなので、話が長いんですね。だから今回は腰を据えて取り組もうと思っています(笑)
ライドシェアサービスのバックエンドの仕組みを提供
角氏:なるほど(笑)。去っていく時その会社は大丈夫ということですね。そのようなキャリアを歩まれてきた加藤さんが現在チャレンジされているViaのビジネスについてご紹介いただけますか?
加藤氏:当社は、ライドシェアをする仕組みのテクノロジーを持っています。海外ではウーバーなどのライドシェアサービスが普及していますが、私たちはそのライドシェアのテクノロジーをB2Cではなく、B2BやB2Gという形でこれからサービスを立ち上げたい自治体や交通事業者向けに、バックエンドの技術として提供します。我々のサービスが採用された地域では、既存のバスやタクシーが共有された交通に変わるのですが、そのようなシステムを立ち上げるためのパッケージを提供しています。
角氏:僕も自治体出身だからわかりますが、売り込むのが大変じゃないですか?
加藤氏:B2Gビジネスはマーケティングやリードジェネレーションが難しいですよね。デジタル広告を打っても、そもそもネットの閲覧が制限されているから目に入らないですし、一般的なデジタルマーケティングが通用しません。そういう意味では、Via Mobility Japanは森ビルと伊藤忠商事からも出資していただき、米国の本社と共同で立ち上げたジョイントベンチャー(JV)なので、両社が最初のリードジェネレーションも事業開発も一緒に動いてくれています。海外から新参者が来ても自治体の方には出会えないなか、森ビルが都市開発の観点で自治体と話をしている過程で、Viaのソリューションも自然な流れで紹介してもらえています。
それで最初の事例ができたあたりから少しずつ注目され始めて、外部パートナーと共同でセミナーを開いたり、すでに関係性があるところから紹介してもらったりして実績を作り、そこからさらに関係を広げていくというアナログなアプローチで展開しています。
角氏:そういう地道な営業も厭わずにできるんですか?
加藤氏:まあ法人ビジネスも、デジタルマーケティングの後、クロージングはどぶ板営業になりますからね。B2Cビジネスのようにアプリをインストールさせて課金してもらうまで続けるようなマーケティングとは違って、B2Bはブランディングが大事です。そこから実際に会って、さらに立ち上げフェーズでは社員も少なくたくさんのアカウントを持てないので、必然的に大物を釣らないといけない(笑)。そうなるとすごくアナログな営業になります。
効果よりも間違いなく進めることを評価する日本の組織
角氏:その中で、これまでにうまくいかなかった話はありますか?
加藤氏:スタートアップは時間とリソースが限られているので、今自分はお金の稼げる時間の使い方をしているか、つまりそれは利用者にとって、相手方の事業にとって効果のあることなのかをシビアに考える必要があります。パートナーから、提案先があれもこれもやりたいと言っていると話を受けることがあるのですが、その際は優先順位を意識しますよね。日本の大組織に所属していると、その一つのアクションによって得られる実質的な効果よりも、計画上間違いなく進めることが評価対象になるため、細かい依頼や特殊な依頼が多いんです。そこにどれだけ戦略的にやる、やらないの判断をするかが大事で、それをいかにコントロールするかに苦労しています。失敗もありましたし、今後も気を付けるべき部分だと思います。
角氏:それは減点法で物事を見ているからなんですよね。特定の企業の方の思考様式でなく、教育がそうなっている。正解のサイズを意識していないんです。100点満点の100点より、500点満点から10点減点された490点の方がいいという考え方ができない。
加藤氏:同感です。始めるに至るとき、「どれくらい便利か」「ユーザーが喜ぶか」ではなく、「どのくらい間違いがないか」を意識してしまうので、なかなかスタートできないのです。オンデマンド交通は運用しながら利用者に評価してもらわないとわからないサービスなので、ベータ版でいいからまず提供して、だんだん良くしていくという考え方をするべきです。
角氏:アジャイルやリーンスタートアップはそういうことですからね。
加藤氏:それは今回のビジネスに限らず、共通して感じます。
市長の「やるんだ」の一声で茅野市が導入
角氏:Viaのオンデマンド交通の仕組みを提供された導入事例をお話しいただけますか。
加藤氏:ファーストユーザーとして、2022年12月から実証実験として、2023年から本格運行として長野県茅野市様にご導入いただきました。プロジェクト化された背景としては、市の方針として住みたい街として選ばれるためにというテーマがあり、その一環でデジタル化を重視していて、モビリティもすっと入っていったんです。開始時には前年からの予算は取っていなかったのですが、茅野市長の今井敦氏が「これはやるんだ」とおっしゃって、年度の途中にトップダウンでPoCのプロジェクトを始めました。
角氏:最初からお金が入るPoCだったのですか?
加藤氏:はい。それで地元のタクシー会社に協力してもらい、数台の車を毎日走らせてもらったのですが、住民の声を追跡調査したらとても評判が良く、効果が証明されたことで改めて予算を取り、本格運行に至りました。今では茅野市の中心市街地にあった13系統の市民バスを廃止し、オンデマンドの乗合交通が中心に走っている状況です。
角氏:それはすごいなあ。乗り合いタクシーのような形ですよね。
加藤氏:電話とアプリでいつでも呼べる乗り合いタクシーのようなものですね。タクシーは予約してから来るまでに時間がかかりますが、Viaはリアルタイムで計算しながら配車する仕組みで、茅野市では8台走っていて最寄りの車が向かうのですぐに駆け付けられます。
角氏:地方の小規模なタクシー事業者でもサービスに参加できる?
加藤氏:アプリと電話のサービスが別系統で運営されているのではなく、運行管理者がいるところはドライバーのシフト作成や予約の受け付け、エリアを最適化するセンターがあって、センターとシステムどちらも受け付ける形です。
角氏:ただバスを止めるとなると、通常相当反対されると思いますが。
加藤氏:丁寧な議論を重ねた結果、議会でも承認を得られましたし、公共交通協議会や運輸局、警察にも届けを出して認可を受けてきたのですが、それよりも実証実験でファクトを出したことが大きかったですね。「続けて欲しい」「便利になった」という声が後押しになりました。
今の補助金で高い満足度のサービス提供が可能に
角氏:コストカットはできているんですか?
加藤氏:公共交通は、特に路線バスで黒字化できているのは大都市圏だけです。地方都市では運賃収益だけでは回らないので、市民の生活インフラを守るための公共サービスとして自治体が補助金を出してきました。そもそも、赤字化してしまっている地域にどんなテクノロジーを入れても、黒字化することは難しいんです。今後も過疎化は進むので、これからも補助金は必要です。
でも同じ予算を使うのであれば利便性が上がった方がいいし、提供できるサービスのカバレッジが大きい方がいい。そこにViaのテクノロジーを使うと、市内どこでも自分の時間に合わせて車が来てくれるので、同じ予算を使っても得られる満足感が変わってくる訳です。またドライバーの稼働時間、乗客数、エリアの広さ、走行距離と全部出てくるので、どれくらい効率化できたか成果が可視化できます。別の地域に拡大していくときにも、効率化した上で拡大することができるので公金の無駄遣いをせずに済みます。
角氏:交通は密度の商売ですからね。
加藤氏:そうですね。現在は従来の路線が人の生活に合わなくなり、結果として使われないことで非効率な仕組みになってしまっています。それが人々の生活に合わせた形に変わるので、再び効率化されていきますよね。
角氏:ちなみに茅野市ではそこまで何年かかっているんですか?
加藤氏:2年くらいですね。自治体によっては、民間の持ち込みで始めるところもありますが、茅野市では自治体が交通改革を進めていて、市内の全部の交通事業者に協力してもらって改革を進めているところが特徴的だと思います。
角氏:自治体が声を上げたからやりやすかったんですね。
加藤氏:日本の公共交通は民営化され、バスも自助努力で運営するという前提で、足りない部分を行政が補填する形になっています。ただ民間事業者は利益が出ないと生きていけません。ある程度利益を追求しながら、公共性も考えつつも、それぞれの文脈で自分たちの路線を計画していきます。地域の最適化を考える中立的な存在の市が運営している茅野市は、新たなモデルとしてその効果が証明され始めていると思います。
後編では、今後の事業展開と、加藤さんのオンデマンドモビリティビジネスに対する思いについて伺います。
【本稿は、オープンイノベーションの力を信じて“新しいことへ挑戦”する人、企業を支援し、企業成長をさらに加速させるお手伝いをする企業「フィラメント」のCEOである角勝の企画、制作でお届けしています】
角 勝
株式会社フィラメント代表取締役CEO。
関西学院大学卒業後、1995年、大阪市に入庁。2012年から大阪市の共創スペース「大阪イノベーションハブ」の設立準備と企画運営を担当し、その発展に尽力。2015年、独立しフィラメントを設立。以降、新規事業開発支援のスペシャリストとして、主に大企業に対し事業アイデア創発から事業化まで幅広くサポートしている。様々な産業を横断する幅広い知見と人脈を武器に、オープンイノベーションを実践、追求している。自社では以前よりリモートワークを積極活用し、設備面だけでなく心理面も重視した働き方を推進中。