AIで作った「AI音楽」が流行、Discord上には2万人超が集まる人気サーバーも

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Stable DiffusionMidjourneyといった画像生成AIや、ChatGPTのようなチャットAIの登場により、AIはますます人々の生活に浸透しています。新たに、AIを用いて著名アーティストの声を模倣し、既存の楽曲やオリジナル曲を歌わせることが流行りつつあると、テクノロジーメディアのMotherboardが報じています。

Inside the Discord Where Thousands of Rogue Producers Are Making AI Music
https://www.vice.com/en/article/y3wdj7/inside-the-discord-where-thousands-of-rogue-producers-are-making-ai-music


AIを用いて著名アーティストの声を再現し、この合成音声にオリジナルの楽曲や既存の楽曲を歌わせるという事例が報告されています。

事例のひとつはドレイクザ・ウィークエンドの歌声をAIで再現し、オリジナル楽曲の「Heart On My Sleeve」を歌わせるというもの。Heart On My SleeveはTikTokやSpotify上で何百万回も再生される人気楽曲となりましたが、メジャーレーベルからの著作権侵害の申し立てにより、動画プラットフォームや音楽配信サービス上からは軒並み削除されています。

Heart On My Sleeve (Drake & Weeknd AI) but it’s just my voice – YouTube
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他にも、AIにリアーナの歌声を模倣させ、ビヨンセの「Cuff It」を歌わせる動画。

Rihanna (A.I.) – Cuff It [Beyoncé Cover] #Shorts – YouTube
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AIでドレイクとカニエ・ウェストの声を再現し、カーディ・Bミーガン・ザ・スタリオンの「WAP」を歌わせる動画など、さまざまな「アーティストの歌声を模倣したAI音声による歌唱動画」がYouTubeなどのプラットフォーム上にアップロードされています。

Kanye West & Drake – WAP (AI Cover) – YouTube
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これに対して、音楽レーベルなどはできる限り早く著作権侵害を申し立てることで、動画の削除に奔走しています。

AIを用いた楽曲をまとめたアルバムの「UTOP-AI」では、トラヴィス・スコットなどの複数のアーティストの歌声を模倣したAIに、さまざまな楽曲を歌わせています。このアルバムはワーナー・ミュージック・グループからの著作権侵害の申し立てにより、アップロードから3時間後にはYouTube上から削除されました。その後、UTOP-AIはSoundcloudにもアップロードされていますが、こちらもすぐに削除されてしまっており、記事作成時点ではこのアルバムを聞くことはできません。


Discord上には「AI Hub」と呼ばれるAIを用いて作成された楽曲を作成するクリエイターの大規模コミュニティが存在しているそうです。このサーバーは2023年3月25日に作成されており、記事作成時点では2万1000人以上が参加しています。AI HubはAI音楽の作成と共有に専念しており、新しく入ってきたAI音楽に興味を持ったクリエイターが利用できる「特定のアーティストの声を模倣した合成音声」や「作曲に使える既存のAIモデル」、「AI音楽の作成方法」などが共有されているそうです。

サーバーを作成した人物は、「サーバーがこんな風に成長するとは全く予想していませんでした。わずか1カ月で我々のサーバーは2万人以上のメンバーを集めました。我々のサーバーは意図せず巨大な新技術のハブになってしまいました」「サーバー開始時にはほとんどの人が私が作成したAIモデルを利用していましたが、今ではこのサーバー上で70種類以上のAIモデルが利用されています」とMotherboardに語っています。

Motherboardによると、AIを用いて既存の楽曲のカバーを作成するのは「驚くほど簡単」で、作成にかかる時間もわずか数分程度だそうです。なお、AI Hubのユーザーが驚くほど簡単にAI音楽を作成できてしまうのは、Google Colaboratory上で実行できるテンプレートと、テンプレートで利用できる30人超の有名アーティストのAI音声モデルがAI Hub上で共有されているからです。

既存の楽曲のカバーを作成する場合は、YouTube上からカバーしたい楽曲のミュージックビデオをダウンロードし、ウェブ上に存在する演奏と歌声を分離するツールを利用して「歌声のみの音声ファイル」を作成。これをAIモデルに学習させることで、特定のアーティストの歌声をAIで模倣することが可能となります。あとは、AI音声と演奏パートを合成することで、AI音楽が完成するわけです。


ウクライナ人音楽プロデューサーのWondersonさんは、「私がAI音楽で気に入っているのはAIが与える自由です」と語りました。音楽業界ではプロデューザーやシンガーソングライターは何百万人もいるそうですが、本当の才能を持った歌手は一握りしかおらず、そういった歌手と仕事をできる人もごくわずかだそうです。そういった機会の喪失をAIが補填してくれるとWondersonさんは主張しているわけ。

また、「AI音楽が既存の楽曲をカバーすることで、多くの楽曲が2度目のチャンスを得たり、新しい解釈を得たりしています。中にはAI音楽の方がオリジナルの楽曲よりも優れているというケースすらあります」とWondersonさんは語っています。

AI Hubで音楽を作成するクリエイターたちは、AI音声モデルを継続的に改善している模様。クリエイターたちにとってAI音楽の作成はあくまで趣味ではあるものの、過去と比べると圧倒的に音楽作成にかかる負担は劇的に軽くなっている模様。


一方で、音楽業界のレーベルや出版社はAI音楽を取り締まるべく必死に取り組みを進めています。特に、AI音楽の著作権問題は「Heart On My Sleeve」の大成功を受け激しく議論されるようになった模様。「Heart On My Sleeve」はドレイクとザ・ウィークエンドという2人のアーティストの声を模倣したAI音楽です。そのため、ドレイクとザ・ウィークエンドが契約を結んでいるユニバーサル ミュージック グループは、「Heart On My Sleeve」に対して即座に著作権侵害の申し立てを行い、音楽ストリーミングサービス上から同楽曲を削除しています。

なお、ユニバーサル ミュージック グループはMotherboardに対して、「Heart on my sleeveの事例は、なぜプラットフォームに『アーティストに害を与えるような形でのサービスの使用を防止するための法的・倫理的責任があるか』を示しています」と述べました。

実際、ユニバーサル ミュージック グループはSpotifyやAppleなどの音楽ストリーミングサービスを提供する企業に対して、著作権で保護された音楽からAIアプリがメロディや歌詞を取得することをブロックするよう要請しました。なお、ユニバーサル ミュージック グループのエグゼクティブを務めるMichael Nash氏は、2023年2月にも「AIは市場を希薄化し、オリジナル作品を見つけるのを難しくし、作品から補償を受けるアーティストの法的権利を侵害します」と批判しています。

エンターテインメント業界に詳しい弁護士のKarl Fowlkes氏は、「人々はAIに深い関心を抱いていますが、ツールとしてのAIがワークフローを向上させ、創造的な障害を回避し、より効率的になるのに適していることも多くの人が認めています。音楽業界においてもAIには多くの利点があります。しかし、ジェネレーティブAIは業界のすべての利害関係者が攻撃する必要のあるものです。ストリーミングプラットフォームへのユニバーサル ミュージック グループの通知は、業界にとって大きなきっかけとなりました」とMotherboardにコメントしています。


音楽業界からの規制を回避するため、AI Hubには「著作権で保護された素材を違法に配布しないこと」「誰の知的財産も権利も侵害しないこと」などのルールが設けられているそうです。

なお、Discord上には「Sable AI Hub」というAI Hub発の別サーバーが建てられており、こちらではボットを使ってテキストコマンドを使ってAI音声モデルを実行することができる模様。さらに、AI Hub発のAI音楽作成アプリ「Musicfy」がすでに登場しており、誰でも利用可能です。

Musicfy
https://www.musicfy.lol/


Musicfyを作成したのは学生ハッカーのak24さん。ak24さんはAI Hubのメンバーでもあり、Musicfyはリリースから1日で10万回以上利用されたそうです。なお、ak24さんは「人々が自由にAI音楽を作成することができるようにするためのMusicfyを作成しました。Musicfyでは既存のAI音声モデルを使っており、利益を生み出すようなことはありません」と語っています。

Heart on my sleeveが収録されているアルバム・UTOP-AIの説明欄には、フェアユースの原則に基づき著作権法に抵触しないという旨が記されていました。フェアユースの原則では非営利目的や教育目的など、特定の目的においては著作権法で保護された素材を無料で使用することが許可されます。なお、フェアユースか否かは、「使用目的」「元の著作物の性質」「全体に対する使用量」「新しい作品の市場への影響」という4つの要素に基づいて決定されるそうです。

フェアユースという単語はAI音楽クリエイターが自分の作品を擁護する際に広く使用されていますが、Fowlkes氏は「AI音楽が著作権を侵害するか否かを正確に判断する具体的な定義や基準はまだ存在しません」とコメントしています。

Fowlkes氏が挙げる最も明白な法的問題は「パブリシティ権」と「新しい作品を作るために著作物を摂取すること」の2点だそうです。パブリシティ権は自分の名前、イメージ、肖像が他人によって商業的に利用されることをコントロールするための法的権利で、「これが誰かの声にもおよぶ可能性は十分あります」とFowlkes氏は言及。また、Fowlkes氏は「Heart on my sleeveでドレイクとザ・ウィークエンドの音声をAIが模倣したように、AI音楽の作成時にアーティストの楽曲をAIのトレーニングに利用しているケースがあります。その場合、著作権侵害に関す議論はとても大きな問題となります」とも述べています。


なお、AIは音楽業界にとって全く新しいものというわけではありません。実際、すでに複数のアーティストが楽曲の作成にAIを利用しており、タリン・サザンはAI音楽サービスのAmper Musicと提携して、「Break Free」のインストゥルメンタル版を作成しています。

他にも、女性ソロミュージシャンのグライムスは、Twitter上で「私の声を使用してAIが生成した楽曲が成功した場合、ロイヤリティとして50%を支払います。私はコラボするアーティストとも同じ取引をしています。私の声はペナルティなしで自由に使ってもらってかまいません。私には何のラベルも法的拘束力もありません」とツイートし、AI音楽に自身の声を利用することを公に許可しています。

I’ll split 50% royalties on any successful AI generated song that uses my voice. Same deal as I would with any artist i collab with. Feel free to use my voice without penalty. I have no label and no legal bindings. pic.twitter.com/KIY60B5uqt

— ???????????????????????? (@Grimezsz)


なお、グライムスのAI音楽に関するコメントは以下の記事にまとめています。

人気歌手が「AIで自分の声から曲を作ってもOKでペナルティなし」と発表 – GIGAZINE


AI音楽のクリエイターたちはAI音楽について、お金を稼いだりアーティストの名声を盗んだりするためのものではなく、ファンの感謝を次のレベルに引き上げるためのものであると考えています。実際、Wonderson氏は「個人的にはAI音楽はタグ付けされるべきだと思いますが、削除されるべきではないと思います。AI音楽は有害なものではなく、むしろ創造性の境界を押し広げてくれるものです」と語り、AI音楽が音楽全体にもたらす好影響に期待しています。

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