ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、恒例の夜のビデオ演説で国民に忍耐を呼び掛けた。同大統領は前線の困難な状況に言及し、「私たちは今、私たちの社会と私たちのパートナーが今後の道筋を見失わないようにすることが重要な段階に立っている」と説明し、「昨年と比較して、多くの場所で戦いが静まっているが、それは、戦争を無視し、国家を助けることにあまり集中しなくてもいいといったことを意味するのではない。道はまだ私たちの前にあるのだ」と強調した。
ロシアによる侵略戦争が始まってから1年以上が経過した現在、ウクライナ軍はいま、特にバフムート周辺の東部で圧力を受けている。ウクライナ軍の占領地奪還のための春の攻撃はまだ保留中だ。米紙ワシントン・ポストによると、米国はウクライナ軍の春の軍事攻勢計画の成功に疑問を持っているという。
ゼレンスキー大統領はこれまでクリミア半島を含むロシア軍の占領地を全て奪還するまで戦い続けると何度か表明し、ロシアのプーチン大統領との停戦交渉については拒否の姿勢を保ってきた。しかし、ここにきて米国を含む欧米諸国のパートナーのウクライナ支援がいつまで続くかといった問題が現実味を帯びてきた。例えば、米国の政界と国民の最大関心事はウクライナ支援ではなく、2024年の大統領選挙の行方だ(「ウクライナ戦争と『24年選挙イヤー』」2023年2月22日参考)。
ところで、ウクライナを始めとして世界の正教会では今月16日、復活祭を迎える。「私たちは2回、復活祭を祝います」とウィーンのウクライナ東方帰一教会の聖職者がオーストリア国営放送のインタビューで答えていた。4月9日は新旧キリスト教会の復活祭だった。その1週間後の16日、正教会の復活祭が行われる。多くのウクライナ正教徒にとっては、ロシア軍のウクライナ侵攻以来、戦時下の2度目の復活祭となる。
ちなみに、東方教会は、古いユリウス暦に基づき、西方教会はグレゴリオ暦に従うため、教会の祝日、祭日は東西教会で異なる。復活祭の日付が最大5週間離れることがある。2025年には東西教会は同じ日に復活祭を祝う。
オーストリアはローマ・カトリック教会が主要宗派だが、正教徒は約50万人いる。オーストリア正教会司教会議議長のアルセニオス府主教は、ウィーン市1区にあるギリシャ正教会の三位一体大聖堂で厳粛な復活祭の典礼を主宰する。ギリシャ正教府主教区のウクライナ語を話す正教会では、1区の聖ジョージ教会で復活徹夜祭の典礼を祝うことになっている。
ウクライナ語を話す正教会主教区では、ウクライナ戦争以降、信者の数は大幅に増加している。アルセニオス府主教は「多くの難民にとって、戦争の陰で行われる2回目のイースターは辛いだろう」という。なぜならば、オーストリアにいるウクライナ人は女性と子供だけで、男性はウクライナで戦争に参戦しているため、家族は離れ離れだからだ。
ウクライナ正教会は本来、ソ連共産党政権時代からロシア正教会の管轄下にあったが、2018年12月、ウクライナ正教会はロシア正教会から離脱し、独立した。その後、ウクライナ正教会と独立正教会が統合して現在の「ウクライナ正教会」(OKU)が誕生した。
一方、ウクライナにはモスクワ総主教のキリル1世を依然支持するウクライナ正教会(UOK)があったが、5月27日、全国評議会でモスクワ総主教区から独立を決定した。曰く「人を殺してはならないという教えを無視し、ウクライナ戦争を支援するモスクワ総主教のキリル1世の下にいることは出来ない」という理由だ。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を完全に失い、世界の正教会での影響力は低下、モスクワ総主教にとって大きな痛手となった。
注目すべきは、ウクライナでキーウ総主教庁に属する正教会聖職者とモスクワ総主教庁に所属する聖職者が「戦争反対」という点で結束してきたことだ。ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は昨年2月24日、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシアのウクライナ侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ。われわれが互いに戦争をしていることは最大の恥」と指摘、人類最初の殺人、兄カインによる弟アベルの殺害を引き合いに出し、両国間の戦争は「カインの殺人だ」と述べた(「分裂と離脱が続く『ロシア正教会』」2022年5月29日参考)。
1年前の復活祭の時、ウクライナでは多くの国民がバンカー(防空壕)でイースターを祝った。戦時下の復活祭はウクライナ国民にとって初めての体験だった。同時期、ロシア軍はウクライナ東部の攻撃を継続し、多くの民間人が犠牲となった。期待された「イースター休戦」は実現されなかった」(「バンカー(防空壕)でのイースター」2022年4月26日参考)。2度目の復活祭となる16日、ウクライナでもロシアでも「イースター休戦を」といった声はもはや聞かれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年4月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。