VAIO株式会社がソニーから独立し、今年の7月で早くも9年が経過しようとしている。新生VAIOは、そのリソースを主に法人向けに大きく振り、高品質なビジネスノートPCを販売するPCメーカーとして存続してきた。
そのVAIOが今大きな方針転換を図り、守りの経営から攻めの経営へと転換しようとしている。実はそれを象徴する製品が3月29日に発表された「VAIO Fシリーズ」(個人向け)、そして「VAIO Pro Bシリーズ」(法人向け)の2製品だ。
従来のVAIOがよりハイエンドを狙った製品であったのに対して、VAIO F/Pro Bシリーズは、より幅広いユーザー層を狙った普及価格帯の「普及機」になる。
だが、同シリーズに携わった開発チームは、実は2021年に発売されて話題を呼んだハイエンド機「VAIO Z」を開発したメンバーが多数参加していた。言ってみればVAIOのエースチームが開発した「最高の普及機」だ。
VAIO株式会社 代表取締役 執行役員社長 山野正樹氏は「VAIOにとっては普及機を作ることの方が難しいミッションだった。しかし、それを乗り越えなければPCメーカーとしての発展はない。いつとは具体的には言えないが、最終的には100万台を超えるような年産を目指す」と述べる。
これまで数を追わないとしてきたVAIOの方針を大きく転換し、これからは数を追う攻めの経営に転換していくのだと強調した。
単なる普及機ではない「VAIOらしい普及機」を作ったのは、VAIOのエース開発チーム
VAIOは3月29日に東京都内の会場で記者会見を開催し、「VAIO Fシリーズ」(個人向け)、そして「VAIO Pro Bシリーズ」(法人向け)の2製品を発表した。
筆者もその発表会には参加していたのだが、途中で「おやっ」と思ったことがあった。
今回のVAIO F/Pro Bシリーズの開発チームを紹介する動画が流れたのだが、その面々がどこかで見たことがある顔ぶればかりだったからだ。
実は今回のVAIO F/Pro Bシリーズの開発チームは、2021年に発売されたフラグシップノート「VAIO Z」を開発したチームとかなり重なっている。つまり、今回の開発チームは、VAIO Zに関わった「エースチーム」なのだ。
ここから分かるのは、VAIOにとってはそれぐらい本気で開発した製品が今回のVAIO F/Pro Bシリーズだということだ。
普通、PCメーカーの開発と言えば、ハイエンドモデルに最も力を入れて開発し、その要素を徐々にミドルレンジ、ローエンドへと落とし込んでいくウォーターフォール開発手法が一般的だ。
もちろんVAIOもそうした手法を採用している。2021年に発売したフラグシップモデルの「VAIO Z」で開発した要素を、ハイエンドモデルの「VAIO SX12/SX14」へと落とし込むとともに、VAIO S13/S15、そして今回のVAIO F/Pro Bシリーズにも受け継がせている。
分かりやすいところでは、元々VAIO Z用に開発されたキーボードが、SX12/SX14、S13/S15にも採用されており、そして今回の普及機であるVAIO F/Pro Bシリーズにもそれが使われている。
そうした技術要素は、上から下にいくに従って徐々に減っていくのが一般的だ。しかし、VAIO F/Pro Bシリーズでは、ゼロから開発している部分もある。
たとえば、狭額縁を実現するために新しく開発したHDカメラがその例だ。
このカメラはHD解像度(92万画素)のカメラで、狭額縁に入れられるように、小型化を実現したカメラモジュールになる。
カメラモジュールの幅は約4.05mmとなっており、従来VAIO SX12/SX14で採用されていたフルHDのカメラに比べて小型化されているだけでなく、暗い環境でもきれいに写るような仕組みが入っている。
率直に言って、SX12/SX14で採用されているフルHDのカメラよりも解像度は下がっているのに明るく鮮明に映るくらいだ。
そうした「普及機なのに普及機ではない」開発を担ったのが前出のエース開発チームなのだ。
なお、より詳細な製品の特徴に関しては、前述の発表時の記事や、以下のレビュー記事を参照していただきたい。
このように、VAIO F/Pro Bシリーズは、VAIOとして普及価格帯向けの製品としは思えないぐらい力を入れて開発されている。エース開発チームを投入していることと合わせても、かなり力の入った製品であることがうかがい知れる。
VAIOは変わらなければならないと山野社長。100万台越えを目指してラインナップを拡充していく
2021年からリーダーとしてVAIOをけん引している山野社長は次のように述べている。
「これまでのVAIOは、プレミアムニッチで良いというのが基本戦略だった。確かに熱心なファンの方に支持していただける製品を出し続けて、そうしたお客様に支えられて製品を作ってきた。
それはそれですごいことなのだが、そうしたプレミアムニッチな製品を作れる技術を持つVAIOだからこそ、より幅広いお客様に支持していただける製品が作れるのではないか、それがこの製品を開発するスタートになっている」。
数は少ないが、プレミアムなノートPCを集中して販売していくというVAIOの従来のビジネスモデルから大胆に方針転換し、その路線は維持しつつ、同時にVAIO F/Pro Bシリーズで数を追い求めるビジネスモデルを目指すというわけだ。
ソニーのVAIO事業が、VAIO株式会社として投資会社の日本産業パートナーズ株式会社(以下JIP)に譲渡された2014年以降、VAIOはずっと「数を追い求めるよりもプレミアムなノートPCを設計して市場に提供する」というビジネスモデルを継続してきた。
これはPCのビジネス的にはどういうことかと言うと、プレミアムなノートPCだけに特化すれば、平均売価(PC業界ではASP、Average Sales Priceと呼ぶ)を上げることにつながる。
ASPが上がれば上がるほど、利益率は高まるので、企業としては他社に比べてやや高コストであってもビジネスが維持できる……これがこれまでのVAIOのビジネスモデルだった。
VAIOは非公開企業(JIPグループが90%以上を持ち、上場企業ではないという意味)であるため、財務状況や出荷台数などに関しての情報は非常に少ないのだが、PC業界の関係者によれば、これまでVAIOの年産はおおむね20~30万台程度と推測されていた。これは日本のPC出荷台数(平年であれば年産1,000万台)のうち、2~3%のシェアになる。
こうした数字を追わない姿勢は、確かに利益率が高く、それで会社を回していけるという意味で「安全策」であったのも事実だ。
しかし、VAIOに厳しいことを言えば、JIPが投資してからすでに9年近くが経過しようとしているのに、VAIOは上場もしていなければ、どこかの会社に譲渡されてもいないというのが現実だ。
投資的な視点で言えば、今のVAIOは現状維持になってしまっている。実際、JIPのWebサイトを見れば明らかだが、VAIOはJIPの投資企業の中で今や最古参の存在になっている。
投資会社にとって最終的なゴールが投資した企業の上場や、ほかの企業への譲渡であるのは明らかなのだから、VAIOにとっては変わらないといけない時期に近づいていたのだろう。
山野社長は「VAIOにとっては普及機を作ることの方が難しいミッションだった。しかし、それを乗り越えなければPCメーカーとしての発展はないと考えた。
実際、ソニー時代からVAIOに在籍している古参社員の間に今回のVAIO F/Pro Bシリーズという新しい挑戦に不安の声があったことは事実だ。
しかし、このまま同じことをやり続けていても先細りになることは明らかだ。そこで、社内の意見を新しい挑戦という形で一本化し、今回の製品に社運をかけて取り組んだ。弊社は変わらなければならない時期に来ていたのだ」と語る。
つまり、山野社長率いる今のVAIOは「安全策」から「攻めの姿勢」にギアチェンジしたということだ。
山野社長は、このVAIO F/Pro Bシリーズにより、同社の年産数は今年で1.5倍になり、2024年にはそれをさらに1.5倍にすると記者会見で説明している。
先ほどの年産20~30万台という推定のうち、下限(20万台)の方に当てはめれば、本年には35万台、そして来年には52万5千台という数字になる(筆者推定)。
山野社長は「いつとは具体には言えないが最終的には100万台までいきたいと考えている」と述べ、日本のPC市場のシェア10%程度を獲りにいくという意欲的な目標を掲げている。VAIOが本気でこの「普及機」に取り組もうとしていることが分かるだろう。
B2B販売チャンネル体制を自社で構築、海外向けも拡充。数を取りに行く戦略を固める
その攻めの姿勢を象徴する製品がVAIO F/Pro Bシリーズとなるが、すばらしい製品を作るのと同時に、PCメーカーとしては周りの環境を整える必要がある。
具体的には、増え続ける台数をきちんと計画通りに作れる生産体制、そしてそれを販売する販売チャンネルの整備という2つが重要になる。
VAIOは本社でもある長野県にある安曇野工場において、最終組み立てと検品、箱詰めを行なう。これにより、同社が「安曇野フィニッシュ」と呼称する、国産メーカーとしての品質を担保した生産体制を敷いている。
特にVAIO SX12/SX14といったハイエンドモデルでは、ODMメーカーでパーツレベルまでの組み立てを行ない、最終製品を安曇野工場で組み立てる仕組みを採用している。
これと同じことを、数が大きく増えるVAIO F/Pro Bシリーズでできるのかと山野社長に質問してみると「VAIO SX12/SX14のラインとは違う形で安曇野フィニッシュをしていく計画だ。VAIO F/Pro Bシリーズでは台湾のODMメーカーが中国で最終組み立てまで行なったものを、日本で検品と箱詰めを行なう形になる」という。
これにより、安曇野工場がパンクすることを避けられるし、同時にきちっと日本で検品することで製品としての品質を確保できるというわけだ。
また、販売チャンネルに関しても大きく手を入れている。これまでVAIOは、もともとソニーから分離独立したという歴史的な経緯があり、ソニーの子会社であるソニーマーケティング株式会社が運営する「ソニーストア」経由でも、個人/法人向けに販売してきた。
山野社長は「ソニーから分離されて時間も経ち、ソニーとVAIOの方向性も変わってきたので、法人向けに関してはソニーマーケティングと“離婚協議”を行ない、現在では法人向けの販売チャンネルは弊社の直轄事業としている。
ダイワボウ様や大塚商会様などの販売パートナー、SIベンダー様、リース企業様といった販売チャンネルとのやり取りは弊社が直接行なうようにしている。
この取り組みは昨年の6月から行なっており、現在9カ月が経過しているが、徐々に効果が出始めている」と述べる。
山野社長はこのために営業担当の社員を増やすなど、社内の体制強化も図っているとのことで、ここでも「攻めの経営」を行なっている様子を確認できる。
また、販売チャンネルの変革という意味では、海外事業に関しても形を変えていくという。現在のVAIO海外事業のほとんどは、パートナーとなる現地企業が、ODMメーカーが作った製品をVAIOの承認(つまりVAIOブランドとして適している製品であるか否かをチェックすること)のもとに、VAIOブランドをつけたPCを販売するという形がメインになっている。
山野社長は「北米、ブラジル、中国などに今後はVAIO F/Pro Bシリーズに相当する製品を供給し販売していただく。サポートなどはパートナーが担うという体制は従来通りだ」という。
「VAIOのブランドはいまだに海外でも根強い人気がある。しかし、ブランド貸しではVAIOの収益への影響はほとんどない状態。このため、今後はわれわれが責任を持って作った製品を海外のパートナー経由で提供していく体制に改める」とも語る。
VAIO F/Pro Bシリーズを武器に、海外へも「数を追い求めていく」戦略に出ていくことを明らかにした。
「数を追い求める」戦略転換はプレミアムセグメントのユーザーにもメリット。将来はVAIOブランドゲーミングPCも?
「数を追い求める戦略」への転換があったとしても、それは従来のVAIOの顧客だったプレミアムセグメントのノートPCを必要としているユーザーをないがしろにする戦略ではないと山野社長は強調する。
「VAIOとしては、これまで通りプレミアムセグメントの製品を作っていく。今回のVAIO F/Pro Bシリーズでは新しいお客様の獲得を目指すことになるが、数の追求は結果としてVAIOのPCビジネス全体を押し上げることになる」という。
それはどういうことかと言えば、PC市場は何よりも「数は力」ということだ。
たとえば、CPUやDRAMなどのコンポーネントを調達するコストは、そのPCメーカーが年産何台であるかがダイレクトに影響してくる。
年産10万台、年産100万台、年産1,000万台のメーカーでは、その調達コストが桁レベルで違ってくる。コンポーネントの調達コストが下がれば、当然プレミアムセグメントのマシンの製造コストも下がる。
そして山野社長は「VAIO Zのような研ぎ澄まされた製品をあきらめたわけではなく、現在も継続して検討している。今回発表したVAIO F/Pro Bシリーズの取り組みが成功すれば、そうした製品をリリースする可能性が増えていくと考えている」と述べる。
VAIO Zといったフラグシップ製品を出すためにも、今回のような普及機でユーザーの裾野を広げる必要があるということだ。また、今後の製品展開に関しては、現時点では具体的な計画はないとしながらも「将来的にはゲーミングPCのようなものはやりたいと思っている」という。
VAIOらしいゲーミングPCというのがどんな製品であるのか、筆者の期待(妄想)も含めて言わせていただければ、VAIOの得意分野である熱設計や小型化を利用して本当に持ち歩けるゲーミングノートPCなどというものがあれば、それはそれでありかも……いやそれってVAIO Zなのでは……などと勝手に想像している。
このように、VAIO F/Pro Bシリーズが成功を収めることは、結果的に新しいVAIO Zを望むユーザーにも良い影響をもたらすことになる。VAIOはプレミアムセグメントのユーザーをないがしろにしているわけではないのだ。
しかし、そのためにはVAIO F/Pro Bシリーズの成功が大前提であることは言うまでもなく、今後市場がその評価を下すことになる。
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