会場のすみでトラの剥製を作っている人がいた。
死んだ鳥や動物の皮を剥いで、中に詰め物をしたものを剥製という。そんな剥製が集まるEuropean Taxidermy Championships(ヨーロッパ剥製大会、略してETC)になんとか出展したところまでは前回の記事で紹介した。
この記事はその後の展開である。
アバウトすぎる予定表に肩透かしを食らう
ETCの会期はおよそ1週間である。
展示品を無事に収めてしまうと、1週間後の撤収まではフリータイムだ。出品者たちはセミナーに出席したり、展示会場を冷やかしたり、剥製のことはいったん忘れてザルツブルク市内を観光したりすることができる。
私はせっかく勉強しに来たのだから、セミナーにはすべて出席するつもりでいた。
事前に配られた予定表によると、連日朝の9時から夕方の6時ころまでみっちりとセミナーの予定が組まれている。あいまの休憩が30分から1時間ほどである。
まるで単位が足りなくなった学生みたいなスケジュールだ。
もともと観光が目的ではなかったものの、このときは少し残念に思ったのだった。
卒業が危うい学生に逆戻りしてセミナーに参加したのに、実際には自由過ぎる時間の使い方に肩透かしを食らった。
講師たちには「枠をもらった以上は時間いっぱい話さないと」などという律儀さは毛頭ないらしく、話したいことを話し、話すことがなくなるとさっさと切り上げて帰って行った。最短記録は2時間の枠をもらいながら15分でセミナーを終えたデンマーク人の講師である。
「あんた、15分で終わるなら先にそう言いなよ」
と内心毒づいたけれど、直接文句を言うだけの度量はもちろんないのだった。
時節柄か、講師の病欠で中止されたセミナーも2コマほどあった。
こういうことを書くとさも期待外れだったように聞こえるけれど、やっぱり参加してよかったと思う。
行き当たりばったりな終了時間に悩まされたり、講師が何を言っているのかわからなかったり(セミナーはすべて英語だ)もしたものの、やはり得るものも多かったのだ。
剥製の中身はこうやって作る!
前回の記事の公開後に編集の石川さんから
「(剥製は)詰め物って何詰めてるの?っていうところからわからないので、未知の世界で読んでて新鮮です」
という感想をいただいてハッとした。
たしかにただ”詰め物”とだけ言われても、何も知らなければぬいぐるみみたいに綿を詰めていると思われるかもしれない。
なので、セミナーの中から剥製の中身の作り方に関するものをピックアップして紹介したいと思う。
このセミナーでは”木毛”と呼ばれる木を糸状に加工したものを使って剥製の中身を作るやり方を実践して見せてくれた。
ひと昔前は卵を運ぶための梱包材などに使われていたという木毛だが、最近はプラ製品に置き換えられてしまってあまり見かけない。
剥製の中身としても、後述する樹脂を使ったやり方に押され気味な材料だ。
古い技術とはいえ熟練の職人の手によって生み出される作品はやはり素晴らしいもの。
講師が木毛をつかみ上げ、手をシュッシュッと動かすと、あら不思議、動物の後ろ足が!さらにもう一つかみ取り上げてシュッシュッと動かすと今度は胴体が!ってな感じで、目の前で動物のパーツが手際よく生み出されていくのに目を白黒させながら見とれるばかりだった。
一方、最近主流になりつつあるのがフォームと呼ばれるウレタン樹脂を使うやり方だ。
自分で削って形を作ることもできるが、シカやイノシシみたいに頻繁に剥製にされる動物用には既製品が使われることも多い。
とはいえ既製品のフォームにそのまま皮をかぶせて剥製を作ると、誰が作っても似たような作品になりがちなのも事実。そこで、既製品をたたき台にしていかに個性を出すかが大事になってくるのだ。
このセミナーでは、直立姿勢のクマのフォームを見返りポーズに改造するようすを実演していた。
剥製のワールドチャンピオンに何度も選ばれたことがあるという講師がフォームの手足をザクザク切り落とし、バリバリ削っていく。そんなに大雑把にやっちゃって大丈夫なの?と見ていて心配になるが、そこはやはりプロの技。適当にやっているように見えても「どうしよう、削りすぎちゃった……」などということにはならないのだ。