自動車用ネットワークの標準化(3)、100BASE-T1標準化前から動き出していた1000BASE-T1(IEEE 802.3bp)【ネット新技術】

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 今回も車載用ネットワークの話だが、前回までで紹介したように、車載向けの100Mbps Ethernetは、100BASE-T1で標準化が完了した。今回からは、1000BASE-T1ことIEEE 802.3bpを紹介する。

 100BASE-T1の標準化が完了する2015年ごろには、すでに「100Mbpsでは遅い」という声が上がるようになっていた。

 バックカメラの映像を伝送する例で、必要な速度を考えてみよう。SD解像度のカメラ(720×480pixel/15fps)だとRAWでも15Mbps程度、JPEG圧縮を掛ければおよそ5Mbps程度あれば伝送が可能だから、100Mbpsでお釣りが来る。ところがユーザーニーズは加速してゆくわけで、これがFull HD解像度(1920×1080pixel/30fps)で、しかもサラウンドカメラを利用してBird View(上空からの映像)を合成したいとかいう話になると、カメラ1台あたりRAWで186Mbpsほど。JPEG圧縮を掛けても30Mbpsで収まるかどうか? という計算になってくる。

 これが4台だと120Mbpsということで、100Mbpsだと収まりきらないことになる。実際にはフレームレートを15fpsなどに下げるとか、より高圧縮が可能なH.264を使うとかいった対策もあり、100BASE-T1で何とかなっている(というか「何とかした」)が、将来を見込むと、厳しいものは事実である。

2012年から始まった「100Mbpsの次」の規格策定

 特にADAS(Advanced Driver Assistance Systems:先進運転支援システム)系の話が出てきて、カメラを利用して自動運転のための判断を行うという話になると、高精細な映像が必要になってくるから、あまり画像の圧縮率を上げるのも難しい。

 また、自動車用ネットワークについての第1回で触れたMOSTが使われるインフォテイメント系についても、昔はSD解像度のDVDでよかったが、Full HDのBDクオリティとかになると、それだけでchあたり24Mbpsだから帯域を圧迫することになる。今後を見込むと、より高速な車載Ethernetが必要というニーズがあることは、関係者は皆了解していた。

 それもあり、100Mbpsの次の規格策定はかなり早くから活動を開始していた。IEEEでRTPGE(Reduced Twisted Pair Gigabit Ethernet)のStudy GroupのCFIが出されたのは2012年3月13日のこと。これを受けて最初のStudy Groupのミーティングは2012年5月に開かれている。

 何のことはない、車載向け1000M Ethernetの規格策定は、IEEE 802.3bwよりも先に立ち上がっていたわけだ。とはいえ、すでにこの時点でBroadcomのBroadR-Reachは立ち上がっていたので、当然これを下敷きにするのは既定路線ではあったのだが。

 Study Group初回のミーティングの際の”USE CASES & REQUIREMENTS FOR IEEE 802.3 RTPGE“というスライドを見ると、いろいろと興味深い。具体的には、まだ2012年であるのに「今後の車内システムはDomainベースになる」としているあたりだ(以下に示す図1)。

 少しネットワークの話から外れてしまうが、簡単に説明しよう。図2は昨年6月にNXPがS32Z/S32Eという車載向けMCUを発表した際の資料であるが、今後の車はDomain/Zoneを取り入れたものになる、という話が紹介されている。

図1:Domainの話はCASE(Connected・Autonomous/Automated・Shared・Electric)という新しいトレンドが2016年に発表されてから本格的に議論され始めた感が強いが、もう2012年にこういうスライドがあったのはことにはちょっと驚く

図2:まだDomainとZoneは完全に切り分けできていないというか、ある意味恣意的に分けている部分もあるので、どのタイミングでDomainが導入され、どのタイミングでそれがZoneになっていくかという見通しは各社まちまちである

 Domainというのはいわば機能ブロックであり、機能的に似たものを集約して処理する構造である。一方でZoneは車内の物理的な位置で集約する構造である。

 まずはDomainを車載システムに導入することで、構造の簡素化や集約化を図る。次いでZoneを導入することで、特にハーネスの引き回しを最小限にするほか、新しい構造を入れられるとしている。話を図1に戻すと、そんなわけで車載システムは今後Domainベースのものに次第に移り変わってゆくという前提の下で、そのDomain同士を繋ぐものとしてRTPGEが使われる、というのが当時の展望である。

 実際のUse Caseとして示されたのが2つ。1つは運転補助系である(図3)。簡単なところではオートクルーズとかレーンキープ(ステアリング補助)、そこからオートブレーキとかオートステアリングなど、どこまでやるのかというのは車のニーズによって異なるが、そうした用途向けという話。もう1つは従来からのUse Caseに近い情報系やインフォテイメント向け(図4)である。

図3:ただこうした運転補助系は安全性に関わる部分だけに、より厳しい規格への対応が必要になる部分でもある

図4:この時点ではカメラがメインで、そこにTVやMedia Server/Playerなどが混在しているのは当然である。今ならTVがなくなって、代わりに5Gなどが入りそうだ。また、センサー類がカメラだけでなくLiDAR/Radar/超音波センサーなども入る感じだ

2014年に原型が固まるまでの紆余曲折

 ちなみにミーティング初回は、Reduced Twisted Pairといっても、それを1対にするのか2・3対にするのかというレベルでまだ決まっておらず、1対の場合のFS(Feasibility Study:実現可能性の検討)もRealtekからプレゼンテーションが行われた(図5)。しかし、一応500MHzのPAM-4だとSNRのマージンが十分に取れそうという結果が示された程度で、不可能ではないようだが可能かどうかはまだ検証が必要というレベルであった。

 2012年7月に行われた2回目のミーティングでは、そのRealtekから、1 Pairと2 Pairに絞った形でケーブルのシミュレーションを行い、どちらでもそれなりに実現可能性があるというプレゼンテーションが提示されている(図6)。最終的に1 Pairで行くか2 Pairで行くかの結論は、Study Groupでは出せず、これはTask Forceへの持ち越しとなった(図7)。

図5:これはケーブル長50mの10GBASE-Tのチャネルモデルを使い、パラメータを変化させて1対の1000MbpsのLinkを構築した場合の特性をシミュレーションで比較したもの

図6:8mと40mのケーブルを1 Pairと2 Pairで比較した構図。2 Pairの方がマージンは大きいが、重量とかコストの面では不利になるわけで、トータルとしての結論は「どちらも可能性はあるので、ほかの要素を考慮する必要があるが、1 Pairで40mは環境の影響が大きそう」だった

図7:2012年11月のミーティングで示された”PHY Requirements for Automation“より。ここではまだ4-wire(つまり2 Pair)が要求に挙げられている

 このStudy Groupでの結論を受けて、まず2012年12月5日に最初のPARが採択され、ここからTask Forceの作業が始まることになる。ちなみにこのPARは2014年6月に変更されている

 最初のPARでは、Titleが”IEEE Standard for Ethernet Amendment Physical Layer Specifications and Management Parameters for 1 Gb/s Operation over Fewer than Three Twisted Pair Copper Cable”であり、変更後は”Standard for Ethernet Amendment Physical Layer Specifications and Management Parameters for 1 Gb/s Operation over a Single Twisted Pair Copper Cable”である。要するにこの時期になって、やっと1 Pairで行けるという合意がなされたわけだ。

 実際、Task Forceの資料を見ても、2013年5月に行われた3回目のミーティングではまだ”1 pair or 2 pairs for RTPGE: Impact on System Other than the PHY Part 2: Relative Costs“とか”Feasibility of 1‐UTP for RTPGE : Impacts of Gauge, Temperature, and Modulation“といった資料が出て来ているあたりは、まだ迷っていた感は強い。

 ただ、それでも一番最後にTask Forceは15mの配線距離を持つ1 PairのPHYの規格策定に集中すべきか? という動議が行われ、「賛成:32 反対:0 もっと情報が必要:5」という結果になったことで動議が成立。ここから1 Pairを中心とした規格策定に集中することになった。

 翌7月のミーティングでは早くもDraft 0.1がリリースされているが、これはテンプレートというかまだたたき台であって、技術的に何か詰まったものが入ったわけではない。次の9月のミーティングでも、まだCodingをどうするか(”PCS Options for the RTPGE PHY“)とか変調方式をどうするか(”Analysis of PAM modulation to meet EMC/EMI requirements“)といった議論がスタートしたばかりという状態であった。

 もっとも2014年になるとある程度検討も進んでおり、2014年1月のミーティングでは変調方式をPAM-2/3/4と比較したうえで、PAM-3が最適といったRecommendationが出たりしている(”Comparison of PAM-N for RTPGE“)。

 また、2014年5月にはエンコード方式についての提案(”Correction to 1000BASE-T1 PHY 8N/(8N+1) Encoder Equations“)があり、8N/(8N+1)エンコードが適切、という動議が出され、「賛成:30 反対:0 もっと情報が必要:3」で可決している。

 ここでNは自然数で、具体的にNをいくつにするかはこの後の議論で定める、という形だ。最終的にはNは10(つまり80B/81Bエンコード)で定まったわけで、このあたりで、おおむね1000BASE-T1の原型はできた格好になる。これを受けて、2014年6月にはPARの修正が行われたかたちだ。

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