日本の自動車メーカーが中国でシェアを落とす意味

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中国での日本の自動車メーカーのシェアが落ちているから日本ヤバいという議論だけれど、全くそうは思わない。別にこの人だけを取り立てて否定するわけではないが、こういう意見は散見される。たまたま目立ったので例に挙げさせてもらった。

われわれは過去2年間、ロシアのカントリーリスクに直面してきた。国際的な銀行間の送金システムであるSWIFTから、ロシアが締め出され、外資企業はロシアでビジネスをしても売り上げは持ち出せないし、それ以前に海外から部品や原材料を買うことすらままならなくなった結果、もう自主的な判断もへったくれもなく、西側の自動車メーカーには、ロシアでの事業継続は不可能になり撤退以外の選択肢はなかった。

工場などの大型生産設備への投資は、通常、回収が20年にも及ぶ大事業。そういう長期計画のものを、タイミングを計ることもできずカントリーリスクという外的要因で、突然撤退したらどこだって大火傷するのは当たり前。揃いも揃って決算に特別損失を計上する酷い目に遭った。で、いま世界のモノづくり産業は、冷や汗を垂らしている。「同じことが中国で起きたらどうしよう?」。

いうまでもないが、ロシアと中国の名目GDPは2022年の比較でおよそ10倍。経済規模のスケールが違う。2022年ってウクライナ問題でロシア経済が失速してからの比較では? という疑問の持ち方は多分正しいけれど、一方の中国も不動産バブル崩壊の最中にあり、偶然ではあるが共に下げている関係上、過去数年に渡って概ね10倍という理解で大丈夫。

理解は大丈夫でも、状況は全然大丈夫ではない。知っている人はわざわざ読むまでもないだろうが、米中対立はもはや抜き差しならないところまで進んでいる。乱暴な言い方だが、中国はアメリカから見て「何度言っても聞かないルール違反野郎」であり、そういう卑怯な手で経済発展して、経済力と軍事力でアメリカ超えを虎視眈々と狙っている中国に対し、オバマ政権までは比較的寛容な態度で接してきたが、トランプ政権で明確にスタンスを変えた。

そういう行儀の悪さの根幹は民主主義の未成熟が原因であり、いずれ経済発展とともに政治形態も民主化され、ルールやマナーが身に付くと考えてきたが、習近平体制は一党独裁を通り越して、個人独裁へと退行し、権威主義国家としての色を濃くしてしまった。アメリカと並びかねない経済力を持つ権威主義国家など、アメリカの描く国際社会にとっては完全な害悪であり、もはや常識的な話し合いによって、中国の経済力を削ぐことが困難であるとアメリカのスタンスは変わったのだ。そうなればある種の紛争的手段による以外にない。だからトランプ政権以降のアメリカは中国にことあるごとに、因縁を付けている。

まあ分かりやすく言ってしまえば、「今潰さないと潰される」モードということだ。あとは潰し方。経済封鎖で体力を奪っていくだけで済めば良し、最悪の場合軍事衝突まである状況だ。アメリカだって戦争がやりたいわけじゃないのだ。

一方で、中国は不動産取引と金融システムの崩壊という内政の失敗が広く露見し始めていて、習近平政権の足元が揺らいでいる。歴史上の一般論で言えば、戦争で支持率の一発逆転を狙いがちな状況は整っている。

もちろん、キューバ危機の様に瀬戸際で首の皮一枚で、回避できることもあるので、どうなるかは誰にもわからない。しかしこれだけ煮詰まった情勢を目前にしながら、リスクを織り込まないで平然としているグローバル企業の経営はあり得ない。

今、リスクヘッジとして、自動車メーカーが取りうる手は、中国依存を可能な限り絞ること。万が一軍事衝突が起きて、ただでさえ面倒で難しい中国との送金のハードルがさらに上がったり、中国共産党による西側資産の凍結や没収を食らったら、経済規模が大きいだけに、本体の存続に関わる事態になりかねない。

グローバル販売台数の45%を中国に依存しているフォルクスワーゲンあたりは、今更どうにかしろと言われても梶の取りようがないかもしれないが、それでも絞らないよりはマシ。いまの状況で、イケイケドンドンで中国国内のシェアを取りに行く競争など正気の沙汰とは思えない。少なくとも中国マーケットでのシェアは、ウクライナ侵攻によってそのニュアンスを一気にネガティブに転じたのだ。

なのだが、各社の舵取りは難しい。中国共産党はこの対立状況を理解しているので、当然外資各社の身の振り方を見ている。中国マーケットを見限る様子が見えれば報復対象になりかねない。つまり各社が全力で中国撤退モードに移行するのもまたマズい。むしろ「中国は最も大事なマーケット。ここに骨を埋める覚悟です」くらいの従順なポーズを共産党に見せつつ、不可抗力でシェアを失っているくらいの形にしたいわけだ。

という状況把握があったら、「日系が最大のシェアダウン トレンドを変えるには急には難しいぞ」なんていう寝ぼけた評価は出てこないと思う。むしろ差し迫るカントリーリスクに対して、早急に対策を講じて、数字に出る成果を上げ始めていると受け取るべき。このグラフから日本企業の強かさと即応性を読み取るのか、なんとかの一つ覚えのように「日本オワコン」と言い続けるのかは、視野の問題の様に思う。


編集部より:この記事は自動車経済評論家の池田直渡氏のnote 2023年3月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は池田直渡氏のnoteをご覧ください。