普及しないオンライン診療①:誤診を恐れる医師

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オンライン診療が普及しません。

オンライン初診、活用ほぼゼロ 医療逼迫も医師動かず|日本経済新聞

その要因の一つが、誤診への懸念です。

日本最高の名医と言われた東大名誉教授の冲中重雄氏は

「私の誤診率は14.2%である」

東大退官時の最終講義でこう述べました。

多くの患者たちが14%という誤診率の「高さ」に驚く一方、医師たちはその「低さ」に驚いたとのこと。

14.2%を「低い」と考える医師たち。オンライン診療の誤診率はそれよりも高くなる。そう肌で感じているのかもしれません。

今回は、オンライン診療はどうあるべきかについて考察します。

「過去」と「今」の情報が足りない

日本医師会は、オンライン診療導入に対して終始消極的な姿勢を貫いてきました。

特にこだわったのが、“初診”のオンライン診療は行わないこと。“かかりつけ医”を基軸とすること、の2点です(※1)。“初診”、及び“かかりつけ医”ではない状態とは、

患者の「過去」の情報が全くない状態です。

病歴、既往歴、薬剤歴。これまでの状況が全くわからない。この、ゼロから始める診療を、スマホの画面越しに行う。誤診を誘発する可能性が極めて高い。そういった懸念には、一定の納得性があります。

現場の医師も、誤診の不安を訴えます。

「医師として怖いです。視診、聴診、触診、嗅ぐこともオンラインでは困難です」
「オンラインですと、ほぼ問診のみで所見がとれないので、かなり適当な診断になるかと思われます」
「聴診、打診の他臭いや熱、息の音などなどがわわからない。見おとし、誤診が心配」
(※2 電話診療・オンライン診療に関するアンケート結果 板橋区医師会より)

アンケートでは、オンライン診療を実施していない理由として

“十分な診察や正しい判断ができない”

が、73.6%を占めています。診察は問診だけではなく、五感を使う。見る、聴く、触る、嗅ぐなどの行為はオンラインでは行えず情報が大幅に不足する。つまり、

患者の「今」の状況が把握できないのです。

また、誤診による訴訟リスクがあります。フランスでは実際に死亡事件が起こり、医師が過失致死で提訴されています。

フランスは、オンライン診療に、以下3つの条件を課していました。

  1. 過去12ヶ月以内の対面受診
  2. かかりつけ医の経由
  3. 初めての疾患で処方箋は出さない

これは、日本の(以前の)規制と酷似しています。

フランスは、これら規制を2020年3月に撤廃。その後、一気にオンライン診療が増加。撤廃翌月の4月。オンライン診療を受けた男性が死亡します。原因は誤診でした。

オンライン診療の”誤診裁判”は対岸の火事か|日経メディカル

事件直後、同氏の父親はマクロン大統領に「オンライン診療には限界がある。制度の改正を求める」と直訴するとともに、過失致死での提訴に踏み切りました。

遺族側弁護士は

「簡潔な血液検査ですぐに正しい診断・処置が可能であった」
「回避可能であった愚かな誤診。複数の医師に確認したが、ほぼ意見が一致した」

としています。

「過去」の情報不足。「今」の状況把握難。結果高まる、誤診と誤診による訴訟リスク。

これらリスクを低減する必要があります。以降の項で、患者の「過去」の情報獲得と、「今」の状況把握の方法について考えます。

患者の「過去」の情報を獲得するために

過去情報の獲得。このためには、他医療機関の受診情報を共有する必要があります。つまり、電子カルテのネットワーク化です。

しかし、日本の電子カルテは心もとない状況です。

普及率が46.7%(※3)と低いうえ、メーカーごとに「方言」があり、互換性がないのです(※4)。

そのため、他治療機関とのやり取りの多くは、“診療情報提供書”を用います(いわゆる“紹介状”ですね)。よって、紹介する側とされる側との間でしか、情報共有されません。記載する情報は、紹介時の病気に関するもの。直近の情報のみです。

つまり、患者の直近情報が「1対1」で共有されているだけ、という状態です。

欧米の状況は大きく異なります。英国を例にとります。

英国では、診療所の98%が電子カルテに対応。重要なデータは全て相互運用できます。

そのため、他治療機関とのやり取りは電子カルテを用います。電子カルテの情報は、診療所や病院の救急外来、看護ステーション、などでもリアルタイムに共有可能。転院しても、新たな主治医は、その患者の生涯の情報を確認できます(※5)。

つまり、患者の過去情報が「多対多」で共有されているのです。

この差を埋める必要があります。

東京都医師会の“東京総合医療ネットワーク”など、一部で電子カルテ共有の動きがあります。しかし、2021年6月現在の参加病院数は12のみ。まだまだネットワークと呼ぶには数が少ない状況です(※6)。

電子カルテ導入と並行して、こういったネットワークを広げること。そして、初診の患者でも「再診」や「かかりつけ患者」と同等の情報を獲得できるようにすることが必要です。

では、オンライン診療で、患者の「今」の状況を把握するにはどうすれば良いのでしょうか。

(普及しないオンライン診療②に続く)

【参考】
遠隔医療 先端走るイスラエル(朝日新聞 2021年8月22日)
※1 オンライン診療に関する日本医師会の考え方を説明 | 日医on-line
※2 電話診療・オンライン診療に関するアンケート結果 板橋区医師会
※3 医療分野の情報化の推進について |厚生労働省
※4 電子カルテによる「情報共有の現状」~東京都医師会理事・目々澤肇-ニッポン放送 NEWS ONLINE
※5 「念のため処方」を断つ英国のフォーミュラリー|日経メディカル
※6 東京都医師会で作る、人と医療をつなげるICT|日経メディカル

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