海と同化する海獣のいる岬へ。
海獣が世間を賑わせている。大阪にはクジラ、東京にはトドが現れ、われらがデイリーポータルZライター陣がその様子を克明にレポートしている。
今こそ霧多布へゆかねば。北海道の東に突き出る霧多布岬の近海には、あのステディなアイドル、ラッコが出現しているのだ。※けっこう前からだが。
風吹き荒ぶ霧多布の海原で眠るように泳ぐラッコはかわいくて、遠かった。
快晴&強風の霧多布岬
中標津空港から車で根室中標津線を南下して約1時間40分、別海町をから浜中町に入り霧多布大橋を渡って市街地を抜けると霧多布岬に着く。
この向こうの海にラッコがいるのかとダウンジャケットのジッパーを上げる。襟をただしたのだ。
太平洋にぼこんと突き出した霧多布岬の正式名称は湯沸岬(とうぶつみさき)と言い、どちらもだいぶモイスチャーな呼称だけあって夏は霧がすごいらしい。
海面から約40mという断崖絶壁の岬で、この上なく絶景なのだが吹き荒ぶ風は力強く刺すように冷たい。
この崖下の海面のどこかにラッコがいるらしいが、茫漠として青黒ずんだ海の上はただ風だけが通り抜けて、絶望的に何も見えない。
海を眺めながら岬の先端を目指して歩くとすでにラッコを探している先達がいた。1人はラッコ観察を定期的にしている方らしい。
そんな思わせぶりな態度はすぐ見透かされて、直接アドバイスをもらった。
「だいたいあのあたりを潮の流れに乗ってゆらーっと岬の先のほうに向かってぷかぷか流れていくんだよ」
ラッコ用ガジェット大活躍
ここでスマホしか持ってきていない来訪者は膝から崩れ落ち、ちょっとしたデジカメや望遠レンズを持ってきた者も肩を落とす。この距離では撮影どころか発見もままならないではないか。いつもは肩を落とす側だった私だが、この度は一味違う。きちんと備えてきたのだ。
マットブラックの渋いやつ、ニコン双眼鏡モナークM7である。クリアな視界で遠方の海面のわずかな異物感も見逃すこと無くサーチできる。気分は国境警備のエキスパートだ。落ち着いて海面を見渡すと、随所で海鳥が隊列を組み波に揺られているのがわかる。
教わった回遊ルートあたりを買ったばかりだというのにレンズキャップを失くしたモナークでなめていると、岬の先端の向こうで突き出している岩の近くの海面に明らかに大きい生物の影があった。
「いた!ラッコ」
1mとちょっとぐらいだろうか、鳥よりは明らかに大きく横長な影が海面をすうっと進み、時おり2本の手を上にかかげ拍手のような仕草をしている。
「見つけたの?すごい、どこ?どこ?」強風の中、肉眼でラッコを探して心折れかけていたおじさんが寄ってくる。
「えっと……あの岩の左のほうの…」
説明できねえ……。
とっさにモナークを手渡すと「おお、いた、すごいすごい、やっぱ双眼鏡はいいなあ」と位置を把握し、デジカメで撮影していた。
尊敬の対象は私からモナークに瞬時に移動した。これが量子論か。
返却された双眼鏡は霧多布の風に撫でつけられて冷たかった。
しかしこの距離である。この岬に立って野生のラッコを見た、それでいいじゃないか、海は生きていると言われればそうなのだけど、もう少しちゃんとその証を残したい。
心配無用、今回は双眼鏡だけでなく力強いガジェットを携えているのだ。
83倍ズームの最大焦点距離2000mm、超というか怪望遠カメラである。今から7年ほど前の釧路取材時にこの前のモデルを使っていたが、落としてレンズを2つに分けるほどにひびが入ってしまい、今回のラッコ遠征のために思い切って新型を導入したのだ。
この軽快さでこの望遠性能、強風の霧多布でラッコを観察するために開発されたカメラといっても過言ではない。双眼鏡のみならずカメラまで、ニコンに心からお礼を言いたい。「私のラッコのためにありがとう」と。
ニコンとラッコを私物化している場合ではない、ラッコ見ようよ。