観察された事実から
ほぼ50年に及ぶ実証的社会学者としての経験では、対象とした事実群を新たな角度から注意深く見直し、それら事実間に存在する相関関係、できれば因果関係を見出そうとする方法による研究が成果をあげて、より一層の前進につながってきたように思われる。
これはフランスの古典にも示されている通りであり、たとえばコントは、「想像が観察に服従する」「観念を事実に服従せしめる」(コント、1830-1842=1911-1928:50)と書き、観察された事実がイデオロギーや思い込みなどを押えることを力説した。
またコントから35年後のベルナールも、「科学は、新しい思想と収集された事実についての独創的思考力によってのみ進歩する」(ベルナール、1865-1970:365)とのべた。
「少子化対策研究」でも事情は変わらないという観点から、喫緊の要事となった「異次元性」定義への懸け橋について考えてみたい。
「異次元の少子化対策」3本柱
なぜなら、年明け早々に打ち出された岸田首相直々の「異次元の少子化対策」について、一般国民や専門家からの意見がネットでも流行し始めたきたからである注1)。30年間の私の少子化研究経験からしても、この状態は日本社会の近未来を構想するうえでも望ましいことである。
しかも首相の発言が、政策に向けて具体化されるペースが珍しいほど速い。年頭記者会見でこのキーワードが使われてわずか2週間で、「異次元の少子化対策」の3本柱が出そろった(『北海道新聞』2023年1月20日)。
① 児童手当を中心とした経済的支援の強化
② 学童保育や一時預かりなどサービス拡充
③ 仕事と育児の両立支援を含む働き方改革
「異次元」には該当しない「仕事と育児の両立支援を含む働き方改革」
ただしこれらすべては、過去30年間の「通常次元」の延長にあり、「異次元」には該当しない。30年の少子化対策史を通観すると、同じくこれらを軸とした「通常次元」の少子化対策が失敗したのだから、今回の「異次元」の提唱につながったわけである。ところが、新しく出された3本柱が今まで通りの平凡な項目だったのはまことに残念である。
さらに①②はともかく③に至っては、「待機児童ゼロ」ととともに「過去30年間の2本柱」を構成してきたし、今日までの「少子化対策」失敗の原因の一つなのだから、ここに含めるのはふさわしくない。おまけに30年間の前半に使われた昔の名前である「両立支援」が復活して、後半の流行語であった「ワークライフバランス」と差し替えられたにすぎない。
巨大企業と中小零細企業との二極構造への配慮不足
特に問題なのは、この「ワークライフバランス」政策が、日本の産業構造の特徴である巨大企業と中小零細企業との二極構造への配慮不足のまま全国一律に実行されてきた点にある。
会社数では9割、従業員でも7割が該当する中小零細企業には、この「両立支援」策はほとんど届かなかった注2)。この反省がどの程度「政府関係会議」にあるのだろうか。
「会計年度任用職員」雇い止めの現実
さらにその政策は、たとえば北海道庁や市役所それに町村役場で働く非正規雇用公務員「会計年度任用職員」の大量の雇い止めにも無力であった。その数は2023年3月末の北海道内だけでも実に3246人にも達する(表1)。
これは4100人の「会計年度任用職員」を抱える札幌市、3100人の北海道庁の分が不明なため、まだ増加する見込みである。2020年度に政府が「会計年度任用職員制度」を導入した結果がこれである。
「ワークライフバランス」では人口反転はしない
一方では、政府自らが「ワークライフバランス」と整合しない「会計年度任用職員」制度をつくり、雇用不安や人材流出を促進させておきながら、他方では「両立支援」を「異次元」の柱に据えるという矛盾を抱えたままで、「我が国の存立を左右する」少子化政策ができるだろうか。
いわゆる和製語の「マッチポンプ」状態が「異次元の少子化対策」にあらためて現出しようとしている。これではいくら財源論で知恵をしぼっても、2030年に向けての人口反転という成果には乏しいであろう。
合計特殊出生率との婚外子率との相関
マスコミにおける百花繚乱の「私の少子化対策論」の中では、少子化の筆頭指標を「合計特殊出生率の低下」と位置付けて、その動向への不安を指摘する向きもある。
そして、日本人男女の未婚化率の上昇と合わせて嘆きながら、世界の国々で認められる「婚外子率」(制度化された結婚以外で子どもが生まれる比率)の高さを、今後の日本では期待したいというような結びで終わる論者も少なくない。
世界的に見ると婚外子率は一様ではない
しかし、世界的に見ると各国の婚外子率は一様ではない。表2ではOECD Family database(2020)のうち、婚外子率と合計特殊出生率がともに掲載された国を選択した。なぜなら、国が抱える諸事情により、このうちのどちらかのデータしか公開されないことがあるからである。
たとえば中国もロシアも合計特殊出生率は公表されているが、婚外子率は出ていないから表2には含まれていない。
比較という方法
ことわざでも言われてきたように、比較することは「井の中の蛙大海を知らず」を避ける唯一の方法でもある。特に各国がもつ文化の相違を前提とする人文社会科学系の学問では、比較法の重要性は論を待たない。
この観点で、表2とすぐ後の表4を少し解説してみよう。確かに日本の婚外子率はこれまでほぼ2%程度で推移してきた。表から日本とともに韓国とトルコそしてイスラエルの低さにも驚くであろうが、同時に少子化を克服したフランスの62.2%、福祉先進国と称されてきたノルウェー58.5%やスウェーデン55.2%にも、日本とは異なる文化の質を痛感する注3)。
北欧のデンマーク54.2%やベルギーの52.4%はもとより、ニュージーランド48.3%を筆頭に、イギリスの44.0%、アメリカ40.5%、オーストラリア36.5%などの英語圏でもかなり高い。これらはこれまでに日本でも共有されていた知見であろう。
中米と南米も高い
ところが、表2での数は少ないが、中米のメキシコは合計特殊出生率が70.4%であり、コスタリカでは72.5%にもなっていて、南米のチリに至っては75.1%という数値が記されている。このような実情はどこまで日本で周知されていたか注4)。
ただし、表2の25カ国の「婚外子率」を概観しただけでは、少子化指標の代表である「合計特殊出生率」との関連が何も見えてこない。
相関係数で両者の関係を調べる
そこでエクセルにより両者の相関係数を計算すると、相関係数r=0.180113が得られる。表2に相関係数(r)と相関度合いをまとめたが、これを使うと、正相関ではr≦0.2ならば相関がないことになるので、表1の25カ国では婚外子率と合計特殊出生率との間には無相関という判断しか得られなかったことになる。
すなわち表2だけでは、外国の高い「婚外子率」が日本でも実現すれば、「合計特殊出生率」も上がるはずだという期待を表明するのは不可能なのである。
ただし、これではせっかくの25カ国のデータが活かされないので、A(2010年)B(2017年)C(2020年)のように、3年分のデータを使ってみる注5)。
3カ年分の相関係数
まずは表4の左側の2010年における19カ国において、両者間の相関係数を計算すると、相関係数r=0.813711となり、表3に照らせば、これは「強い正の相関」が得られたと判断できる。
「正の相関」とは一方の変数の増加に伴い他方の変数も増加することを意味する。すなわち、2010年データでは、19カ国において婚外子率の高さと合計特殊出生率の高さとが強く関連したという結論が得られる。同じく、婚外子率の低さと合計特殊出生率の低さの間にも相関があることを表わす。
ただし、相関係数は因果関連を推計するものではないから、「婚外子率を高くすれば、合計特殊出生率が高くなる」ということはできないので、この解釈と表現にはくれぐれも慎重でありたい。
同じように2017年の相関係数(r)は0.792552と計算され、2020年も同様な計算で(r)は0.808773となるから、表4に関しては、3カ年のいずれの年でも婚外子率の高さと合計特殊出生率の高さとが強く関連していたことになる。
表4からの情報をまとめると、この19カ国に関しては、変数両者間の相関が強かったから、「高い婚外子率」と「高い合計特殊出生率」とは関連が深いとまではいえる。さりとて、婚外子率2%の日本が33%のドイツ、40%のアメリカ、44%のイギリスのレベルになるはずもないし、目標値としても設定できない。
チリ、コスタリカ、メキシコ、アイスランドデータ間の相関係数
また、2020年データのうち今回使ったチリ、コスタリカ、メキシコ、アイスランドはいずれも婚外子率が高い国であったので、それだけを別に取り上げると表5を得る。
この4カ国で婚外子率と合計特殊出生率の相関係数を計算すると、r=-0.56692を得るので、表3からこの両者間には負の相関、具体的には婚外子率の高さと合計特殊出生率の低さに相関があったことになる。もちろんその逆もいえる。もちろんこれもまた因果関係ではなく、負の相関が得られただけである。
婚外子率低いが合計特殊出生率は高いイスラエルとトルコを加えて、表6をつくると、6カ国間の相関係数rは-0.55576となった。表5と同じく負の相関が鮮明である。
メキシコとイスラエル、コスタリカとトルコを比べれば、説明に苦慮するしかないが、25カ国、19カ国、6カ国、4か国のデータを使うと、結論的には「婚外子率」が上がれば「合計特殊出生率」も上がるという表現は、世界的に見ると限定的にしか使えないことになる。
したがって、「異次元の少子化対策」としては、諸外国にお手本はなく、日本なりに自前で工夫するしかない道はない。
25カ国での消費税率と合計特殊出生率との相関
流行の「異次元の少子化対策」論争では、これまでの6兆円よりも大幅に増額する「少子化対策予算」の財源論も活発に行われている。そして、増税手段候補には「消費税」や「国債発行」などが話題になっている。
ただし「少子化対策予算」がいくら増えても、この30年間のように「少子化対策事業」の拡大解釈による省庁間の分捕りがそのままならば、増額しても人口反転の効果はないというのが私の立場である注6)。
表7は表2と同じく25カ国の消費税率と合計特殊出生率との相関を取るために作成したが、その結果相関係数rは0.082389となり、無相関という結果が得られた。これは、表7に登場した25カ国全体における消費税率と合計特殊出生率間には、何の関連もなかったことを意味する。
19カ国での消費税率と合計特殊出生率との相関
同じく19カ国での相関係数を計算すると、r=0.193623になるので、表7と同様にここでも相関がないという結論が得られた(表は省略)。
それはそうだろう。いくら消費税を上げても、それらが少子化対策の適正な事業項目に使われなければ、成果が得られないからである。
消費税引き上げと合計特殊出生率
橋本内閣の1989年に日本初の消費税が3%として導入されて以降、現在までに消費税率は3回あげられてきた。そのほとんどの理由に「福祉目的税」というスローガンが掲げられていたことは記憶に新しい。
そこで、増税効果が合計特殊出生率にすぐに表れるわけではないが、消費税率があげられて4年後の合計特殊出生率を示しておこう(表8)。
これを見るかぎり、消費税率が上がっても、それが合計特殊出生率を左右しているとは思われない。
相関係数をどのように読み、どう使うか
今回は30年間の「少子化対策」に関連づけられてきた指標として「合計特殊出生率」「婚外子率」そして「消費税率」を取り上げて、OECDが公開している諸外国の最新データを基にしてそれぞれの相関係数を計算した。
なぜなら、マスコミで百花繚乱の「私の少子化対策論」のうち、「婚外子率」がもっと高くなれば、出生数が増えて、「合計特殊出生率」も上がるはずといった思いから、北欧並みに「婚外子率」が上がれば少子化が解消されるというような論者も見受けられるからである。しかし、出産も子育てもその国の歴史と文化の一部なのだから、短期間でその様式が変化することはない。
前半の諸データからすれば、低い婚外子率でも高い合計特殊出生率を上げているトルコが参考になるかもしれないが、手持ちの情報が乏しく何とも言えない。しかし、フランスやオランダや北欧も、日本の今後の「異次元の少子化対策」にとってモデルになるとも思われない。
「通常次元」の諸事業の見直しが先決
さらにいえば、「異次元」の予算確保のために増税、とりわけ「消費税」を上げることがささやかれていることへの危惧がある。あたかも「消費税」が上がれば、少子化対策の効果が得られるかのような議論である。しかしこれも使い方次第であることは表8で示した通りである。
また、金子(2023a)で指摘したように、6兆円まで膨れ上がった「少子化対策」費目を拡大解釈したこれまでの歴史が続けば、効果は何も無い。
その意味で、「異次元」は「通常次元」の着実で精緻な点検からしか生まれない。それを相関係数の値を通して訴えたいと考えた次第である。
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注1)大きくは、自己体験に基づく「私の少子化対策論」、民間伝承されてきたことわざや慣用句による「先人の知恵論」、人口研究や家族社会学そして労働経済学などの「学術的知見の紹介」にまとめられる(金子、2023a)。
注2)たとえばコロナ対策の一環として全国的に行われた「テレワーク」の推奨でも、2022年7月に実施された日本生産性本部による調査では、勤め先の従業員規模で見ると、「テレワーク実施率」は1001人以上では27.9%、101~1000人が17.6%、100人以下は10.4%であった。この企業規模間の格差は日本産業界のあらゆる局面で認められる。調査は20歳以上の日本企業・団体雇用者1100人から回答を得たものである。
注3)文化はその国の歴史や国民性に深く根差しているので、長所を取り入れる努力は可能だが、全面的に差し替えることは不可能である。例えば主要言語や慣習などの入れ替えは困難である。日本人の母国語を英語には代えられないし、年賀状、お盆の行事、バレンタインデー、ホワイトデー、大晦日の除夜の鐘、お中元、お歳暮などは日本人の四季の暮らしに深く入り込んでいるので、人為的な中止はもちろん促進もできない。もちろん結婚も出産も歴史と文化の制約を受けるから、単純に外国の真似をするわけにはいかない。
注4)もっとも国政選挙では「コスタリカ方式」が機能して、小選挙区で落選しても比例代表区で復活するという使われ方が日本では定着している。なお、世界銀行の調査に基づく外務省のホームページによると、2021年のコスタリカの総人口は515万人となっている。これは北海道、福岡県、兵庫県よりもやや少ないくらいの人口数である。
注5)Aの元データ解説は(金子、2016:71)、とBの元データについては(金子、2020:211)参照。なお、C(2020年)は表1をそのまま使った。
注6)金子(2023a)では、厚労省「たばこ対策促進事業」、文科省「国立女性教育会館運営交付金」、農水省「都市農村共生・対流及び地域活性化対策」や「農山漁村振興交付金」や「次世代林業基盤づくり交付金のうち木造公共建築物等の整備」、国土交通省「省庁施設のバリアフリー化の推進」、「鉄道駅におけるバリアフリー化の推進」、「駅空間の質的進化」、「地域公共交通確保維持改善事業」、厚労省「シルバー人材センター事業」などが「子育て」事業にはまる費目かどうかという問いかけをした。
【参照文献】
- Bernard,C.,1865,Introduction à l’étude de la médicine expérimentale .(=1970,三浦岱栄訳 『実験医学序説』岩波書店).
- Comte,A,1830-1842,Cours de philosophie positive,6tomes,=1911 Résumé par Rigolage, É (1928 石川三四郎訳『実証哲学 世界大思想全集25 下』)春秋社.
- 金子勇,2016,『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2020,『「抜け殻家族」が生む児童虐待』ミネルヴァ書房.
- 金子勇,2022,『児童虐待という病理』21世紀アート(電子ブック).
- 金子勇,2023a,「少子化対策の『異次元』確定に向けて」(アゴラ言論プラットフォーム 1月18日)
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