ウクライナ危機の責任は西側にあるのか

アゴラ 言論プラットフォーム
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この「なぜウクライナは西側の責任か」という動画が、2200万回以上も再生されている。話しているのはシュワルツェネッガーではなく、ジョン・ミアシャイマー。国際政治学界ではリアリストとして有名なシカゴ大学の教授である。

注目に値するのは、この2015年の動画で彼が「西側がウクライナの政権を支援しているとプーチンが軍事介入してくる」と予言したことだ。今回の戦争が始まってからも、彼は「ウクライナ危機の主な責任は西側にある」という記事をEconomistに寄稿した。陰謀論者はこれを引用して「東方拡大したNATOが悪い」というが、これはそんな単純な話ではない。

問題はNATOの東方拡大ではない

こういう「東方不拡大論」は彼に始まったものではなく、冷戦が終わったときから、ジョージ・ケナンなどのリアリストが主張してきたことだ。ベルリンの壁が崩壊したあと、1990年にベーカー米国務長官がゴルバチョフ大統領との会談で「NATOは東方へは1インチたりとも拡大しない」と言ったという。

そういう外交文書は残っていないが、ワルシャワ条約機構の解体やウクライナの核兵器撤去などの冷戦後処理が、圧倒的優位になった西側が東方に勢力を拡大しないという暗黙の了解のもとに行われたことは事実だろう。

しかし東欧諸国が西側への編入を望んだ。2000年にロシア大統領になったプーチンでさえ、ヨーロッパの一員であることを強調し、「ロシアもいつかNATOに加盟したい」と語った。

ミアシャイマーは「2008年のブカレスト宣言でNATOがウクライナとジョージアを加盟させようとしたことがプーチンを怒らせた」というが、これにはドイツとフランスが反対し、加盟は実現しなかった。それから14年たっても、ウクライナは加盟の第一段階(行動計画)の地位さえ与えられていない。

プーチンが初めて「NATOの脅威」を口にしたのは、2014年にウクライナで親ロシアのヤヌコーヴィチ政権が倒れた後であって前ではない、とマイケル・マクフォールは指摘している。このときはEU加盟を拒否した政権に反対して数十万人のデモが起こって政権が倒れたが、プーチンはこれを「西側の仕組んだクーデタだ」と非難し、クリミアに軍を派遣してロシアに併合した。

ロシアはその後も8年間にわたって、ウクライナ国内でテロを繰り返した。国連の査察団が入って監視したが、約1万4000人が殺害された。東部で内戦状態が続き、腐敗もひどいが、2019年には民主的な選挙でゼレンスキー大統領が選ばれた。

だからNYタイムズでエズラ・クラインも指摘するように、プーチンの脅威はNATOではなく、西欧的な民主政治がロシアに拡大することなのだ。この意味ではウクライナ戦争の責任は西側にもあるといえようが、では民主化支援をやめるべきなのだろうか。

「ロシアを追い詰めるな」という教訓

2015年にミアシャイマーはNATOの東方拡大を止め、アメリカはウクライナへの軍事支援をやめるべきだと主張したが、その後もアメリカは武器供与を続け、最新鋭の地対空ミサイルやドローンを大量に配備し、2021年には黒海で共同軍事演習をおこなった。

それに対してプーチンは「NATOの拡大でロシアの安全が脅かされている」と主張し、ウクライナを侵略した。もちろん侵略は正当化できないが、結果的にはリアリストの不干渉主義が正しかったようにみえる。侵略者のお気持ちを忖度する必要はないが、次の戦争を防ぐ参考にはなる。

初期の戦闘でロシア軍はキエフを落とせなかったので、やはり長期戦になりそうだ。その勝敗を決するのは経済制裁だが、プーチンを追い詰めると、化学兵器や核兵器を使う可能性は低くない。ロシアを追い詰めるなというのがウクライナの教訓である。

しかしアメリカが「世界の警察官」をやめて、世界の平和は維持できるのか。ロシアのような軍事大国が周辺諸国を支配する冷戦時代のような状況に戻るのではないか。

これは日本にとっても深刻な問題である。「中国を追い詰めるな」ということになると、戦争を起こさないためには、自由や民主主義などの西欧的価値観を押しつけず、ウイグルの人権問題も無視したほうがいいのだろうか。経済安全保障が、今後の日本経済を大きく左右するだろう。

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