長崎県五島市で2022年10月1日〜31日、五島市が主催、みつめる旅が企画運営するワーケーション「GWC2022 AUTUMN」が開催された。GWCとは、「五島ワーケーションチャレンジ」の略称で、2019年に初回開催以来、首都圏などから累計200人以上が参加している。
2022年度は、ホテルのグランドオープンが続き、10月からはNHK連続テレビ小説「舞い上がれ!」の舞台にもなった“五島イヤー”にちなんで、GWCは初めて、夏、秋、冬の3回開催だ。秋の目玉企画は、仕事のあとに焚き火を囲んで語り合う「焚き火カンファレンス」。夏の取材でGWCに魅せられ秋の再訪を誓った筆者も、焚き火の最終回に駆けつけた。本稿はその様子をレポートする。
五島ワーケーションの意義とは
長崎県五島市は、いわゆる国境離島だ。人口は、1955年の9万人をピークに、約3分の1強に減少し、現在は3万4000人。何も手を打たなければ、2060年代には人口1万人を割ってしまう。そこで地域振興部地域協働課が牽引役となり、移住促進に力を入れてきた。
効果は、数値に表れている。2018年度から、4年連続で年間200人以上が五島市へ移住。若者世代が多く、定着率は8割を超える。ワーケーションも、移住の前段に当たる関係人口創出で、一翼を担う施策である。
GWC夏の取材では、ワーケーション参加者へのインタビューも行って、「五島では信用経済が成り立っている」「ワーケーションはイノベーションの種を見つけるきっかけになる」という魅力をお伝えしたが、個人的にはこんな想いも新たに生まれていた。
「日本の社会課題を20年先取りするという五島に、旅行ではなくわざわざ仕事を携えて訪れる意義とは、個人として働き方やキャリアを見直す、美味しいご当地グルメに舌鼓を打つ、普段とは異なる人や文化に出会うことに加えて、“本当にインフラを維持できなくなってきた”という社会課題を、自分ごととして引き寄せることにあるのではないだろうか」
秋だけの特別イベント「焚き火カンファレンス」
「焚き火カンファレンス」は、GWC秋の4週間に渡り、3〜5日ごとに順次実施された。ビジネス、行政、文化と芸術など、さまざまなセクターの著名人が、代わる代わる五島を訪れ、焚き火を囲みながらともに考える、秋だけの特別イベントだ。
みつめる旅理事の遠藤貴恵氏は「せっかく島外から時間とお金をかけて来てくださっている方に、また五島で活躍されている方にも、各界のトップリーダーのお話を聞いて、語り合う場所を作りたいと思って企画した」と話す。
GWCでは、ワーケーション参加者だけのSlackコミュニティがある。10月に入ってからは、「今日は○○さんが、焚き火カンファレンスに登壇!」という通知を見るたび、「どんな話が飛び交っているのだろう」と、気持ちはそわそわした。
ちなみに、開催場所は2パターンあって、「大浜」は2022年夏にグランドオープンしたばかりの「ホテルカラリト」、「富江」はGWC参加者が必ず泊まる「さんさん富江キャンプ村」だ。いずれも海辺の開放的な場所で、「焚き火には最高のロケーションだろうな」と期待も高まっていた。
ホテルカラリト
10月最終週、ようやく参加できた「焚き火カンファレンス」は、特別無料の最終回。内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局 内閣参事官の塩手能景氏が登壇した。最初の45分は、みつめる旅代表理事の鈴木円香氏と理事の遠藤氏のファシリテートで、塩手氏からさまざまなインサイトを引き出した。その後は、参加者も参加してダイアログタイムになった。
「地方創生テレワーク」の現場感を知りたい
塩手氏は、経済産業省で中小企業政策、エネルギー政策、通商交渉など幅広い分野を経て、2022年7月から内閣官房に出向中だ。デジタルの力を活用して、人口減少が進む地域においても、豊かで持続可能な暮らしを追求する、デジタル田園都市国家構想のプロジェクトに携わっている。「地方創生テレワーク」は、担当分野の1つだという。
今回は、2泊3日の滞在だという塩手氏。「東京一極集中を是正しながら、地方も元気になっていく、人口減少に少しでも歯止めをかけていく、ということをうたいながら、自分自身が霞が関のオフィスにこもっているというのは、よくないのではないか」という冒頭の挨拶を聞いて、早くも膝を打つ思いだった。
塩手氏(左)
「霞ヶ関に残っている方々には、若干迷惑がかかっているかもしれないのだが、さりとて実際に来ないと現場感も分からないし、物事は前に進んでいかないのではないか。また、焚き火カンファレンスに参加して1泊でいいじゃないかという話も当然出てくるのだが、限られた時間で必要最小限の仕事だけして、地域のこともよく分からずに帰ってくるというのは、デジデン構想でやろうとしていることを考えると、ちょっと違うのではないかと思って、なんとか2泊3日にさせていただいた」(塩手氏)
筆者は、ご苦労されたんだなと聞いていたのだが、みつめる旅の遠藤氏が「次は1週間くらいで挑戦いただけたら嬉しい(笑)」と、笑顔で即答したのはさすがだと思った。確かに、五島と羽田は約4時間で移動できるし、意外と近いのだ。(ちなみに本誌CNET Japan編集部の体験記を参考に、夜行フェリー利用もおすすめだ)
「複眼的に見る」ワーケーションの価値
焚き火を囲みながら、まずは塩手氏のキャリアを聞いた。いわゆる「キャリア官僚」ではなかったが、経済産業省や前身である当時の通商産業省の文化もあって、職種区分にかかわらず、多様な業務に携わり、積極的に発言や行動してきたという。
特に面白かったのは、地域政策を担当して、工業用水道施設を視察したエピソード。水の中に金魚を泳がせて毒性の有無をチェックしているのを見たときを振り返り、「令和になって、まだ…と驚きもあった」と漏らした。
そこから話題は「人口減少と地域活性」へと移っていった。人口が減少するなか、これまでと同じやり方では、非効率であるだけでなく、持続可能でなくなる可能性が高い。しかし、未来は見えているのに、いますぐ行動に移すことが難しいのはなぜだろう。
(左から)塩手氏、鈴木氏、遠藤氏
「インフラを維持できなくなるなど、困ったことが次々と起こるということが確実なのに、いまの五島が素敵だから、ワーケーションを設計するなかでも、未来像とうまくつながらないもどかしさがある」(鈴木氏)
「過疎地域には、豊かな自然や美味しい食べ物など、価値の高い地域資源があるのに、安く売っていてはもったいない。世代交代が進んでも、豊かさを持続させるためには、再投資して時代に合わせて、行政サービスも含めて仕組みをアップデートしていくべきでは」(塩手氏)
「人口減少はもう20年、30年前から指摘されていたが、自分ごと化できていない印象だ。豊かではなくなるかもしれない先を見る力は、どうやったら獲得できるのだろうか」(遠藤氏)
人口減少、地域活性をテーマに、第一線で活躍中のみなさんですら、試行錯誤を繰り返している。悩みや想いの熱量がひときわ伝わり、どうすれば良いのかをともに考え始めていた。これは“焚き火マジックだろうか。塩手氏は、遠藤氏の問いを受けて、このように話した。
「私のキャリアをお話したときに、いろいろな経験を通じて、多角的に物事をみられるようになったとお伝えした。多角的にというと言い過ぎかもしれないけれども、少なくとも“複眼的に見る”ことは大事なのではないか。分かりやすくいうと、地元の目線と、地元の外からの目線。一時期、地元から離れたところで暮らす、旅行やワーケーションでもいい。戻ってきたときに、何をどう感じるかを、意識していくことが大事だと思う」(塩手氏)
「蓋をしておきたい怖い未来」に向き合うために
現状は困っていない、豊かなのかもしれないけれども、かといって問題を先送りしたとき、自分たちの子どもや孫の世代の頃には、豊かな地域はもはやないかもしれない。誰も住まないところになっているかもしれない。「蓋をしておきたい怖い未来」が待っている、それがいまの現実だ。
何か対策を講じるにしても、超長期すぎて思考停止してしまいそうだ。「何もしないよりも、これをしたから、これだけ人口減少を食い止められたと、差分を数値で可視化して共有するとよいのでは」というアイデアもあった。小さな変化でも、「無視しない」ことが大切だ。
早朝のホテルカラリトから
ホテルカラリトの客室
最後に、焚き火ワーケーションの翌日、地域の路線バスを利用してみた体験をお伝えしたい。路線バスは、まさに2022年10月から減便して、1日10本。3〜4分おきに山手線が走る東京都内とは全く違う。
だからこそ、時間を計画的に大切に使えるよう、工夫すればいいと気づいた。東京に戻ってからも、その視点は暮らしを豊かに変えてくれている。レンタカーで二酸化炭素を排出して島内をめぐるのは便利だし時には必要だけど、のんびりと景色を眺めながら読書やPodcastを楽しむのは豊かな気もする。
また、人が乗らないスペースがこれだけあれば、最近取材でよく聞く「貨客混載」というビジネスにチャンスはありそうだとも感じた。何よりも、利用客の減少によって、料金を値上げせざるを得ない、地域のインフラであるモビリティを持続できない、という社会課題にも僅ながら貢献できる。ワーケーションでは、ぜひ地域のモビリティ利用を優先してみてはいかがだろうか。
「複眼的なものの見方」を得るためには、オンラインで情報を得るだけでは難しい。やはり物理的に身体を動かして、いつもの暮らしの圏外へ、移動することが重要だ。焚き火カンファレンスで気づきを得て、翌朝すぐに行動できたのは、「GWC2022 AUTUMN」ならではの価値だったように思う。