「シュレーディンガーの猫」の運命など量子力学についてよくある4つの誤解

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量子力学について専門的に勉強したことがなくても、「シュレーディンガーの猫」や「量子もつれ(エンタングルメント)」といった、量子力学の分野特有の不思議な現象について興味を持ったことがある人は多いはず。インターネットなどでよく見られる量子力学に関しての誤解について、イギリスのヘリオット・ワット大学で量子力学を研究しているメフル・マリク教授とアレッサンドロ・フェドリッツィ教授が4つ紹介しました。

Four common misconceptions about quantum physics
https://theconversation.com/four-common-misconceptions-about-quantum-physics-192062

◆誤解1:猫は生きていても死んでいてもいい
オーストラリアの物理学者であるエルヴィン・シュレーディンガーは1935年に、「毒ガスが入った瓶を猫と一緒に箱に入れ、50%の確率で崩壊する放射性物質にガイガーカウンターが反応した時に瓶が割れるようにする」という思考実験を提唱しました。この場合、放射性物質が崩壊して中の猫が死んでいるかどうかは箱の外からは分からないため、量子力学の解釈次第では、「箱を開けるまで生きている猫と死んでいる猫が世界に共存している」ことになります。

この「重ね合わせ」という現象が初めて観測されたのは、有名な二重スリット実験の時でした。

by Alexandre Gondran

この実験で、光子を1個ずつ2本のスリットを通らせると、スリットの後ろには粒子がぶつかった点ができるのではなく2つの波が干渉したしま模様ができます。この結果から、光は光子(粒子)であると同時に波動でもあるということや、光子は観測するまでどこにいるか決まっていないという結論が導き出されましたが、これは従来の物理学では説明がつかないし、直感にも反しています。シュレーディンガーの猫は、この奇妙さを指摘するために考案されたものでした。

このさまざまな状態が「重なり合わせ」になるという現象は、光子より大きな物体でも観測されます。オーストリアの量子物理学者であるアントン・ツァイリンガー氏は1999年に、60個もの炭素原子でできたバックミンスターフラーレン、通称「バッキーボール」でも量子重ね合わせが起きることを実証しました。

では、バッキーボールよりはるかに大きな猫も、生きている状態と死んでいる状態が重ね合わさるのかというと、そのようなことは起きません。なぜなら、二重スリットの実験のようなことが起きるには2本のスリットを通過する光子が波動として干渉し合う性質を持つこと、つまりコヒーレントであることが必要になりますが、猫を構成する無数の原子のコヒーレンスは非常に短命だからです。

これは、生き物はコヒーレントにならないということではなく、量子力学の法則は猫や人間のような大きな物体には一般的に適用されないということを意味しているのだと、マリク教授らは説明しました。


◆誤解2:量子もつれは単純なアナロジーで説明できる
量子もつれとは、2つの異なる粒子を結びつける量子的な性質のことで、この状態にある粒子の片方を測定すると、もう片方の粒子の状態が自動的かつ瞬時に、しかもどれだけ離れていても分かります。

量子もつれの一般的な説明には、シュレーディンガーの猫と同様に、古典的なマクロの世界に存在する身近な物体が登場します。例えば、青色のカードとオレンジ色のカードを別々の封筒に入れてからシャッフルして、片方を友人に渡すとします。そして、友人が封筒を開封して青色のカードが出てきた場合、自分が持っている封筒の中身はオレンジ色のカードだということが分かります。

この説明は直感的に納得できますが、問題は「量子力学の世界には重ね合わせという現象がある」ということです。カードが重ね合わせの状態にあるということは、封筒の中のカードは青色でもオレンジ色でもあるということです。しかし、その場合でも片方の封筒を開けると、もう片方からは必ず別の色のカードが出てきてしまいます。この奇妙なリンクが、量子もつれの正体です。

相対性理論で有名なアルバート・アインシュタインは、この現象に納得がいきませんでした。なぜなら、相対性理論では光を超える存在が認められていませんが、量子もつれでは離れた量子の状態が瞬時に判明し、あたかも量子の間で光を超えた速度での通信が行われているように見えるからです。そこでアインシュタインは、量子もつれを古典的な物理学で直感的に説明し、カードの中には直接観測することはできない「隠れた変数」があり、これがカードの色を決めているのではないかと主張しました。


アインシュタインの主張は、イギリスの物理学者であるジョン・スチュアート・ベルが提唱したベルの定理や、2022年のノーベル物理学賞受賞者らの研究により否定され、「1枚のカードを測定するともう片方のカードの状態が変化する」というようなことは起きないことが実証されました。

このように、量子もつれは単純には説明がつかないので、マリク教授らは「量子もつれについて考える時は、日常のことは忘れてください」とコメントしました。

◆誤解3:世界は実在していない
ベルの定理については、「自然は局所的ではない」こと証明しているとよく説明されます。例えば、前述の量子もつれという現象もどれだけ離れていてもいいという意味で「非局所的」です。また、量子力学的な物体の性質が「非実在的」なこと、つまり測定前には存在していないという意味だという解釈もよくあります。

しかし、ベルの定理で「自然は非現実的で非局所的」だとするには、同時にさまざまな仮定が必要です。これらの仮定には、測定結果は1つしかない、原因と結果は時間的に前の方に流れる、この世界はあらかじめ全てが決まっている「時計仕掛けの宇宙」ではない、といったものが含まれます。

つまり、時間の流れのような常識的な経験則を否定しなければ自然が実在的で局所的なものだと言えないことになりますが、量子力学の議論を現実世界に当てはめて、時間が逆に流れているというような主張をするのは無理があります。そのため、今後のさらなる研究によって、量子力学の分野で提唱されているさまざまな解釈が絞り込まれていくことが期待されます。


◆誤解4:誰も量子力学を理解していない
ともに量子力学の分野で大きな功績を残した物理学者であるリチャード・ファインマンやニールス・ボーアは、「量子力学を理解しているつもりになっているなら、それは量子力学を理解していないのだ」という言葉を残したと言われています。

確かに、かのアインシュタインですら納得できなかった量子力学を理解することは誰にもできないように思えます。しかし、マリク教授らによると量子物理学は数学的には特に難しいものではないとのこと。例えば、重ね合わせや量子もつれは量子情報という言葉を使えば高校レベル以上の数学は不要で、ベルの定理も量子物理学ではなく確率論と線形代数を使って数行で導出することができます。

本当に難しいのは、量子物理学と直感的に理解できる現実世界をいかに調和させるのかという点にあります。とはいえ、量子力学が完全に解明されなくとも、量子コンピューターなどの量子技術はどんどん進歩していきます。

マリク教授らは末尾で、「幸いなことに、2022年にノーベル物理学賞を受賞した3人の科学者のように、『なぜ』と問い続けた人たちはいます。いつの日か、そのような人たちが奇妙な量子の世界と現実の世界を1つにすることができるかもしれません」とまとめました。

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