本来は琵琶湖の魚であるホンモロコを、埼玉県熊谷市で養殖している理由を聞いてきました。
今年の一月、埼玉県熊谷市にある柿沼養魚場でレンコン掘り体験をした(こちらの記事)。養魚場でレンコンが収穫できるのは、ホンモロコという琵琶湖原産の魚を育てるために、日除けとしてハスを植えているからだった。
その時は出荷が終了していてホンモロコを買えなかったので、先日改めて買いに行き、なぜ琵琶湖の魚をわざわざ埼玉で養殖しているのかを聞いてきた。
写真:宮沢豪
ホンモロコはクチボソ(モツゴ)の代用魚だった
話を伺ったのは柿沼養魚場を営んでいる柿沼賢さん。この養魚場は柿沼さんの父親が1999年にオープンさせた養魚場で、当初はドジョウとナマズを食用として育て、ナマズの街として有名な埼玉県吉川市の料理屋などに卸していたが、現在はホンモロコを中心に飼育している。
そこで謎なのは、琵琶湖の固有種であるホンモロコを埼玉で育てている理由である。県内でホンモロコを買う人がたくさんいるとは思えない。わざわざ西日本まで出荷しているのだろうか。
「今から20年くらい前ですかね。父がやっていた時代なので詳しくはわかりませんが、埼玉県の水産研究所がホンモロコの養殖を研究していて、その方法が確定されたので、県内の養殖業者に指導をしてくれたんです」
–でもホンモロコって関西では琵琶湖で捕れる高級魚でも、埼玉の人はほとんど知らないですよね。なんで水産研究所は勧めてきたんですか?
「浦和や越谷といった埼玉南東部や東京あたりでは、川で採れるクチボソ(標準和名モツゴ)などの小魚を煮つけにしたり、甘露にして食べる習慣があったんです。
でもクチボソが開発の影響などで捕れなくなった。そこで代用魚としてホンモロコの養殖が注目されたそうです。クチボソよりも育てやすいんですよ」
–西日本に売るためではなく、クチボソの代用だったんですか。確かにそのあたりの川沿いで川魚料理の店を見かけますね。でも水産研究所が養殖を勧めるほどの需要があったのは知りませんでした。
「クチボソの代わりとしてホンモロコを育ててみたら、骨が柔らかくてすごくおいしい。これは代用どころじゃないぞと。 そもそも関西では高級魚として流通している魚だから当然ですよね。
でも熊谷周辺の県北では川の小魚を食べる習慣がなかったので、うちでは全然売れなかった。ところが埼玉の南部や東部やでやっている養魚場仲間のところには、地元や都内からバンバン買いに来る。だからそっちの養魚場に卸していました」
–やっぱり食べる文化が根付いていないと、どんなにおいしい食材でも売れないんですね。
「ここでも売れるようになったのは口コミが広まった数年前からですね。私の代になってから。自然界では2~3年かけて15センチくらいまで成長する魚ですが、丸ごと食べても骨が気にならない1年目の7~8センチで出荷しています」
–まさにクチボソサイズだ。
「家で煮て食べたい人は小さめとか、焼き物や天婦羅にする料理屋さんは大きめが欲しいとか、サイズ指定があるんですよね。
お正月のおせち料理に使いたいというお客さんが多いので、一番売れるのは年末。 その頃になると田作りや佃煮、甘露煮にしたいと買いに来る人の行列ができます。活魚のまま人に送ったり、あげたりするっていうお客さんも多いです」
–お歳暮が活きたモロコですか。川の小魚を食べる習慣があった地域なら、懐かしいと喜ぶ人も多いんでしょうね。琵琶湖方面には出荷していないんですか。
「そっち方面からの注文も増えました。滋賀だけでなく、大阪、愛媛、新潟とか、全国から問い合わせがあります。ただ基本的に生きたまま送るので、配送が遅延した場合に死んでしまうといったトラブルもあります。それをご理解いただいた上なら発送可能です」
モロコの育て方
–モロコの育て方を教えてください。
「まず親となる魚を小さな池に残しておいて、春に専用の魚巣(ぎょそう)を入れて、卵を産ませます。自然環境だと朝とか昼に産むらしいですが、養殖だとなぜか夜中から明け方にかけて産卵するんですよ。
モロコは卵をたくさん産む魚で、魚巣に卵が付き過ぎると、重なってしまった中にある卵が酸欠で腐ってしまうから、ほどほどのところで交換してあげないといけない」
–一晩中見守らないといけないんですね。
「産卵前は季節の変わり目で親魚が死にやすいし、ここで採卵に失敗すると仕事にならないので、この時期が一番気を使います」
「卵を専用の水槽で孵化させて、稚魚がある程度大きくなったら、養殖池に移しますが、その前に池の準備があります。
三月になると水を抜いた池にトラクターを入れて耕うんして、日光で土を殺菌して、池の底を平らにならします。毎年ちゃんと殺菌をしないと、病気が発生しやすくなるんです。
それから汲み上げた地下水を入れて細かいローターでしっかり代搔き(しろかき)をして、泥の粒子を細かくします。田んぼと同じでこれをしないと水が抜けやすくなるんですよ」
–川の水ではなく地下水で育てるんですね。
「そうなんです。うちで使っている水は水産研究所の人も褒めてくれる水質で、熊谷は地下水源が豊富。上水道も七割以上が地下水を使っています。だから全国的においしい水の街として知られているんですよ」
「養殖池に稚魚を入れたら、自動給餌機でエサをあげて育てて、10月には出荷できるサイズまで成長します。池に入れる稚魚の数が多いと小さく、少ないと大きく育ちます」
–エサの量とか飼育期間よりも、魚の密度でサイズが変わってくるんですね。
–養殖池からどうやって魚を取り上げるんですか。
「十月くらいならエサをよく食べる時期なので、撒いたエサに集まってきたところを網で掬います。給餌機が動く音だけで寄ってくるんですよ。まさに一網打尽」
–でも注文があるのは、もう少し先ですよね。
「大変なのが冬。もうエサを食べない時期だし、無理に与えても消化不良で死んでしまうから、寄せることができない。だから池の水を全部抜いて、泥の中に入って網で掬います。
魚をバケツに集めて、陸に運んでの繰り返し。最終的には手づかみですね。体力的にはこれが一番大変な作業ですね。一日で終わらなければ、また水を入れて後日やり直し。できればやり直したくないのですが」
–うわー、大変そう。日が短い時期だから、日没前に終わるかが勝負ですね。
「レンコン掘りの10倍きついですよ。でもモロコはまだ楽な方で、泥に潜ってしまうドジョウやナマズはさらに大変なんです」
「取り上げたモロコは一度泥を落としてから、地下水が掛け流しになっている池に入れて、最低一週間の活け〆(泥抜き)をしてから出荷しています。
数年前までは養殖場ごとに匂いや味の差があったんですが、今はみんなの技術が向上して、だいぶ品質の底上げがされました。組合が作った基準を満たしているのが、『彩のもろこ』というブランドです」
なぜホンモロコを育てる池でレンコンが掘れるのか
–去年も聞きましたけど、ホンモロコとレンコンの関係を教えてください。
「養殖池でレンコンを育てるきっかけは、夏の暑さ対策です。熊谷の夏は全国有数の暑さで、水温が上がり過ぎると魚が死んでしまうこともあるから池に日陰を作りたい。
最初はホテイアオイなどの水草を使ってみたけど、水面いっぱいに増えてしまって、撒いたエサが水中に落ちてくれない。それに日光がまったく届かなくなると、水中の植物プランクトンが光合成をできなくなって酸欠を起こす。あれは大失敗でしたね。
それで試しにハスを植えてみたら、かなりいいんですよ。程よく日陰はできるし、エサを撒く部分は刈り取っちゃえばいい。魚を取り上げる頃にはちょうど枯れてくれる。邪魔ではあるけど許容範囲。そして泥の中には副産物としてレンコンが育ってくれる。
レンコン農家さんの話だと、レンコンを育てるには肥料をたくさんあげないといけないそうですが、うちはなにもあげていません。魚の糞で立派に育ってくれます」
–このハスを植えるアイデアって誰かに教わったんですか。例えば水産研究所とか。
「いえ、オリジナルです。研究所の人が驚いているくらいで、この方法で育てているのは全国でここだけです」
–すごい!
–ハスを植えることでモロコの収穫は増えましたか。
「それがまだ未確定で。ハスを植える池と植えない池で、どれくらい違うかを毎年計測しながら、様子を見ているところです」
–なるほど。その年によって夏の暑さも違いますしね。でもレンコンが掘れる分、確実にお得ですね。
「でも掘るのが大変だったんですよ。一人だと全然掘り切れない。それに漂白をしてないレンコンってすぐに色が黒くなるから、直売所とかに持っていっても売れないんです。うちは魚がいるから塩素とかの薬は使いたくないし」
–あくまで魚がメインですもんね。
「レンコンの味自体はすごく良いから、近くの料理屋さんとかが目をつけてくれて買いに来てくれました。その分を直売で売るくらいで、育て始めた頃はほとんど泥の中のまま。
それじゃもったいないからとはじめたのがレンコンの掘り放題です。おかげさまで最近は人気なので、今年から掘り放題ではなく5キロまでと制限をさせてもらいました」
–5キロあれば一か月は食べ続けられますよ。でもたくさん掘りたくなりますよね。
「5キロを超えた分は買い取っていただくか、掘った中から持って帰るものを5キロ分選んでいただいて大丈夫です!」
ホンモロコはうまい
こうして埼玉でホンモロコを養殖している謎が解けたところで、柿沼さんから購入して食べてみよう。
酸素と一緒にビニール袋に詰めてくれるので、温度が上がったりしなければ、一日くらいは余裕で生きているそうだ。
持参したカセットコンロで焼いて食べてみたのだが、これがすごくうまかった。こんなに小さな魚なのに脂がちゃんとあり、骨がクチボソやフナと比べて柔らかく、泥臭さがまったくない。しっかり泥抜きをしてあるので、丸ごと全部食べられるのも嬉しいポイントだ。
クセのある食材がまったく苦手という人は好まないかもしれないが、川魚特有の豊かな香りが素晴らしいし、郷愁を感じるほろ苦さが堪らない。小さい魚は鮮度が大切なので、活魚を調理できるのも大きな利点なのだろう。すごく跳ねて申し訳ないけど。
旨味の成分が強いようで、食べてからしばらくはホンモロコの味がずっと口の中に残っていた。これは確かにおいしい魚だ。
いろいろ料理してみた
以下、自宅で食べたホンモロコ料理である。
食べながら来年もレンコン堀りのついでに買おうと心に決めた。どう料理してもうまかった。
■取材協力:柿沼養魚場
また好きな魚が一つ増えた
埼玉でホンモロコを養殖している理由が、まさか子供の頃によく釣って遊んだクチボソが減ったからだとは。私が育った地域にもクチボソはたくさんいたけれど、川の水はそこそこ臭く、これを食べようとは思わなかった。一度きれいな川で捕まえて食べてみなくては。
熊谷の地下水で育ったホンモロコはすごくおいしかった。こうなると気になるのは琵琶湖育ちのホンモロコの味である。ちょっと遠いからと先延ばしにしていたが、今年こそはホンモロコ釣りを、そして琵琶湖の魚食文化を、ぜひ体験しに行こうと思った。