「IEEE 802.1AS-2020」の登場、想定外に広く使われだしたIEEE 802.1AS-2011の改定版【ネット新技術】

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 前回は、TSN(Time-Sensitive Networking)を構築する技術の1つであるIEEE 802.1AS(IEEE 802.1AS-2011)を取り上げた。前々回まで3回にわたって解説していたPTP(Precision Time Protocol)であるIEEE 1588との関係、およびgPTPとPTPとの比較にも触れた。

 今回は、TSNその5として、IEEE 802.1AS-2020を紹介する。

 2011年に初代となるIEEE 802.1AS-2011の標準化が完了したわけだが、Higher Layer LAN Protocols Working Group (C/LM/802.1 WG)はこれの改定に関して2015年くらいから作業を開始。2017年9月にPARも承認された。当初はIEEE P802.1AS-REVという名称で作業が行われ、最終的にIEEE 802.1AS-2020として承認されることになった。

そのシンプルさから想定外に使われるようになったIEEE 802.1AS-2011

 では、IEEE 802.1AS-2011では何が問題になり、改定が行われたのだろうか? もともとIEEE 802.1AS-2011は、オーディオやビデオ機器のPlug&Playをターゲットとしたものだった。要するにオーディオとかビデオの再生にあたって、そこで伝達遅延によって同期がとれなくなるのを防ぐためにTimestampを使おうとしたわけだ。

 IEEE 1588-2008はもう少し広範な用途に利用することを想定しており、それもあってLayer 2/3を組み合わせたプロトコルであったが、IEEE 802.1AS-2011はこれをLayer 2に限定することで、実装を容易にしようと考えたわけだ。

 ところが実際には、IEEE 802.1AS-2011もまた広範に使われることになってしまった。例えば産業分野ではIEC/IEEE 60802(TSN Profile for Industrial Automation)として、自動車業界では現在仕様策定中のIEEE P802.1DG(TSN Profile for Automotive In-Vehicle Ethernet Communications)として、らに5G Networkでは3GPP Release-16でIEEE 802.1ASのサポートが必須項目扱いになった(TT:TSN TranslatorがIEEE 802.1ASのターゲットとなる)。

 ここでIEEE 1588ではなくIEEE 802.1ASが選ばれた理由はいくつかあるが、最大のものはNetworkのL2だけで完結するということではないかと筆者は考える。L2/L3の両方を使うシステムでは、既存のプロトコルに手を入れる必要が出る可能性が大きいが、L2だけだとこれを回避できる場合が少なくない。

 もっともその反面、IEEE 802.1AS-2011ベースのgPTPは、機能的にはPTPのサブセットというか、特にPTP v2に比べるといくつか制約がある。広範に使われるようになると、この制約がいろいろと厳しいことになってきた。そのあたりを解決しようとしたのがIEEE 802.1AS-2020と考えればいいと思う。

 ただし、すでにIEEE 802.1AS-2011が広範に使われていることを勘案してか、IEEE 802.1AS-2020はIEEE 802.1AS-2011との後方互換性を保つように設計されている。IEEE 1588がv1とv2で互換性がない関係で、機材の移行に手間を要したことを踏まえての対応だろう。

IEEE 802.1AS-2020における2つの新機能と、3つの改良点

 さて、IEEE 802.1AS-2020では、IEEE 802.1AS-2011に以下の2つの新機能と、それに付随するプロトコルの変更を行った。これはIEEE 1588とは無関係なものである。

1.時間同期メッセージに周波数オフセットの累積を加算可能に

 各Link PartnerのLocal Clockに対する周波数オフセットを継続して測定することで、Grand Master Clock(=Network内でいつでも取得できるClock)に対し、時間同期メッセージに周波数オフセットの累積を加算できるようにした。これにより、例えばGrand Master Clockが変更になったとかNetwork Topologyが変更になったといった場合であっても、その影響を最小限におさえて高速に収束させることが可能となる。

2.既存のプロトコルをメディア依存部/非依存部に分離

  既存のIEEE 802.1AS-2011のプロトコルをメディア依存部とメディア非依存部に分離した。これによりメディア依存部は、それぞれのメディアごとに定義されているNativeなTiming Mechanismを利用することが可能になった。

 これによって、例えばWi-Fiの場合であればIEEE 802.11mc-2016のかたちで定義されたFTM(Fine Timing Measurement)を利用することが可能になる。IEEE 802.11mc-2016は『高精度の屋内測位機能を提供する「Wi-Fi CERTIFIED Location」』で説明したが、ps単位オーダーでの時間測定を行うことで、これを利用して屋内でcm単位の測位を実現するための手段である。

 ただ、FTMそのものは別に測位に限ったわけでなく、厳密な時間測定を行うためのプロトコルでしかないので、これを利用することでより高い精度での時刻合わせが可能になるというわけだ。こうしたメカニズムはほかの規格にもある。例えばIEEE 802.3ah-2004(『1Gbpsのアクセス回線規格「GE-PON」、IEEE 802.3ahとして標準化』参照)で搭載されているP2MP Discoveryで採用されているRTTを測定する仕組みなどがこれにあたるが、こうしたものをIEEE 802.1AS-2020では利用できるようにした。

 また、IEEE以外でも、MoCA(Multimedia over Coax Alliance)が定めた、CATV向けに同軸ケーブルを利用したマルチメディア配信を行うための規格の中のタイミング伝送の仕組みを利用することが可能になっている。

 最終的にこうした複数のタイミング測定のメカニズムを、PTPプロファイルから容易に利用可能となっている。ちなみに仕様の中で定義されているのは、IEEE 802.3 Ethernet(Chapter 11)、IEEE 802.3 EPON(Clause 13)、IEEEE 802.11 Wireless*Clause 12)、MOCA及びG.hmを含むCSNs(Coordinated Shared Networks)(Clause 16)の4つである。

 大きな変更点は以上だが、これに加えて、以下の3点の変更というか改良も行われている。

複数のTime Domainのサポート

 Audio/Videoでいえばプロフェッショナル用途向けに、同一のNetworkで複数のTime Domainをサポートする要求が出て来ている。また産業用途や自動車向けには、耐障害性の担保や冗長性の確保のために、複数のTime Domainを利用したいというニーズがある。加えて産業用では、特定ブロック内のTime Domainと、Global Time Domainの両方を利用したい(例えば複数の産業機械が連動して動作する工程のみのTime Domainと、ライン全体にまたがるTime Domainの両方を必要とする)場合などに対応するかたちとなる。

複数Domainの例。左(Domain 0:緑色)と右(Domain 1:水色)の2つのDomainが混在する環境で、両方のDomainにアクセスできる中央(緑の斜線)グループが存在できるようになった。出典はIEEE 802.1AS-2020のFigure 7-3

PTPを利用しない機器の検出

 IEEE 802.1AS-2011/2020のどちらにも対応しない(つまりPTPを利用しない)機器を検出し、タイミング伝送の際にこうしたデバイスを利用しないための機能の改善。

Common Mean Link Delay Serviceの追加

 IEEE 1588-2019で定義されたCommon Mean Link Delay ServiceをPTPプロファイルに追加する。

 大まかに言えば、IEEE 802.1AS-2020とIEEE 802.1AS-2011の違いはこの程度である。現状はまだIEEE 802.1AS-2011の方が広く利用されており、IEEE 802.1AS-2020対応機器はまだまだ少ない。といっても、例えばMicrochipのLAN9668のように、IEEE 802.1AS-2020対応をうたう製品も増えてきているので、長期的にはIEEE 802.1AS-2011を置き換えていくことになると思われる。

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