近年は医療技術の発達によって、胎児が子宮内にいる時点で先天性疾患を持っていることがわかる場合がありますが、出生するまで治療を待つことによって状況が悪化してしまうケースがあります。新たに医学誌のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに掲載された事例では、まれな遺伝子疾患を持つ胎児を「母親の子宮の中」にいる時点から治療し始めることで、出生後の状態をよりよく保つことに成功したと報告されています。
In Utero Enzyme-Replacement Therapy for Infantile-Onset Pompe’s Disease | NEJM
https://doi.org/10.1056/NEJMoa2200587
In a first, doctors treat fatal genetic disease before birth | AP News
https://apnews.com/article/fetal-therapy-in-first-genetic-disease-treated-before-birth-ff17a85c74136888458442d608cdf635
In a 1st, child treated for rare, often-fatal disorder while still in the womb | Live Science
https://www.livescience.com/pompe-disease-prenatal-treatment
カナダのオンタリオ州に住むソビア・クレシさんとザヒド・バシールさん夫妻は、2人が持つ潜性遺伝子変異のために、子どもに25%の確率でポンペ病という遺伝子疾患が遺伝してしまいます。ポンペ病は細胞内でのグリコーゲン分解に必要な酵素が足りないため、筋肉細胞などにグリコーゲンが蓄積してしまう病気です。
ポンペ病は発症が遅いほど重症度が低くなりますが、乳児期に発症すると筋力低下や摂食障害、心臓の肥大、呼吸不全といった症状が現れ、ほとんどが生後1年以内に亡くなってしまいます。近年は発症前や直後から必要な酵素を投与する治療を始めることで、乳児型のポンペ病患者でも命が助かるようになったものの、子宮内で発達する段階で生じた臓器の損傷を防ぐことはできず、筋力低下や呼吸器系の問題が生じる可能性があるとのこと。
2020年後半のある日、クレシさんの子宮にいる赤ちゃんが出生前診断によりポンペ病であることが判明しました。すでに夫妻は2人の子どもをポンペ病で亡くしていたとのことで、クレシさんは「本当に、本当に恐ろしかったです」と当時の心境を回想しています。
そんな夫妻に紹介されたのが、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の小児科医であるティッピ・マッケンジー博士らが開発した「出生前にポンペ病の胎児を治療する方法」の臨床試験でした。パンデミックのために夫妻がカリフォルニア大学サンフランシスコ校まで向かうことはできなかったため、カナダのオタワ病院やオンタリオ州東部小児病院などが指示を受けて胎児の治療を担当したとのこと。
治療では、クレシさんの母体と胎児をつなぐ臍帯(さいたい)の静脈に、ポンペ病の治療に用いられる酵素が注入されました。治療は妊娠24週目頃から始まり、出生まで隔週で合計6回の酵素注入が行われたそうです。
最終的にクレシさんが産んだ赤ちゃんは、ポンペ病の一般的な症状である肥大した心筋や筋力低下なしで生まれました。アイラと名付けられた赤ちゃんは、出生後も1回5~6時間かかる酵素注入を毎週行う必要があるものの、出生から1年4カ月が経過した2022年11月時点でもポンペ病の症状がみられないとのこと。
アイラさんの治療や出産を担当したオタワ病院のカレン・フォン・キー・フォン氏は、「ポンペ病の損傷が定着してしまうまで待つのではなく、子宮内でそれらを治療できるというかすかな希望を持っています」とコメントしました。
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