Intelは米国時間の9月16日、突如新しいブランドを発表した。「Celeron」と「Pentium」を廃し、代わりに「Intel Processor」という新しいブランドを立ち上げる。まずは2023年にモバイル向けから提供開始という話でデスクトップ向けなどはまだ未定だが、おそらくはデスクトップ向けにも及ぶだろう。
何で突如としてこんなブランド変更を行なったのか? それは、もはや普及帯向けに安価な製品を供給できなくなりそうなため、と筆者は考えて居る。
Celeronの誕生と、与えられた役割
もともとCeleronというブランドは、Intelが100MHz FSBの「Pentium II」を導入した時に生まれた。1998年のコードネーム“Covington”で知られる初代Celeronは、FSBを66MHzに落として動作周波数を下げるとともに、外付けのL2キャッシュを省くことで性能差を生じさせ、これを理由に値段を下げた(が、100MHz FSBを利用することで400MHz動作させるOCが流行した)。
1998年5月23日の価格で言えば、Pentium II 266MHzが3万3,000円前後に対して、Celeron 266MHzが2万4,000円前後。これだけ見てると価格差が少ないように思えるが、実質同じCPUダイを使ったPentium II 400MHzが10万5,000円前後で販売されていたことを考えると、原価的にはL2を削っただけでここまで下がったCeleronは、性能はともかく価格的にはかなりお買い得感が高かった。
Intelは当時、Socket 5からSlot 1への移行を急速に進めようとしており、ところがPentium IIの価格の高さが移行のボトルネックになっていた。Celeronはこのボトルネックを引き下げるために大いに活躍する。
この後IntelはSlot 1に変えてSocket 370を導入するが、機械的形状が全く違うからプロセッサとマザーボードのどちらも買い直しになる。ここでもCeleronの安さは、移行のハードルを下げるのに役に立つことになった。
これが完全に100ドル未満に突入したのは、2000年のDuron投入が切っ掛けだったように記憶している。要するにAMDがAthlonの低価格版として投入した製品だ。2000年9月30日のCPU最安値情報を見ると、Duronは9,000円弱(600MHz リテールパッケージ)~1万6,000円(750MHzバルク)といったところ。CeleronはSocket 370向けのみだが、8,000円(466MHzバルク)~2万3,000円(766MHzバルク)ということで、ややDuronに比べると高値についていた。
これが1年後の2001年12月22日だとどうなるか?というと、Duronは4,200円(700MHzバルク)~1万2,000円(1.2GHzリテール)、Celeronは5,300円(633MHz FC-PGAリテール)~1万3,000円(1.2GHz FC-PGA2リテール)にまで下落している。要するにIntel、AMDともに強烈な価格競争に突入したわけだ。もうこうなると、CeleronにしてもDuronにしてもトップエンドの製品のみ100ドルオーバーながら、ほとんどの製品は100ドル未満の領域で戦っている感じだ。
SempronやAthlonとの戦いに入るも、100ドル切りは変わらず
Duronのブランドは2003年に幕を閉じたが、代わりに2004年からはSempronが投入され、これが引き続きCeleronと戦うことになった。Sempronの最終製品が登場したのは2009年7月のことであるが、これに先立ちAMDは2007年にAthlonの上位製品としてPhenomブランドの製品を投入。Athlonがメインストリームに降りてきた形となる。
これに対抗し、Intelは2006年にPentium Dual-CoreというブランドをCoreとCeleronの間に投入。その移り変わりがほぼ完了した2008年12月19日の価格を見ると、Celeronが4,800~5,600円、Pentium Dual Coreが8,300~9,400円で、一方AMDはAthlon X2が6,100円~8,500円といったところ。このあたりで、バリューモデルは100ドル未満という価格帯が定着した感がある。
さて、一度低価格ブランドとして定着すると、なかなかそこから価格を引き上げるのは難しい。AMDがBulldozerアーキテクチャで壮大な自爆をした結果としてCPUのシェアを急速に失った時期にあたる2012年12月26日ですら、Celeronは3,400円(Celeron G465)ほど。Pentium G2120も8,000円ほどでしかない。
ちなみにAMDはFXシリーズとA10 APUがかろうじて1万円超えだが、A4~A8の各プロセッサはいずれも1万円切りである。IntelのハイエンドであるCore i7-3970Xが8万9,000円程で、メインストリームのCore i7-3770Kですら2万9,000円弱だったことを考えると、この時期IntelはもっとCeleronやPentiumの価格を引き上げても十分競争力はあったはずだ。
それにもかかわらず引き上げられなかったのは、もうCeleronやPentiumに高い価格を付けることを市場が許さなかったから、という側面は無視できない。CPU最安値情報が終了してしまっているのでそろそろ数字が出しにくいが、2015年12月24日の相場情報だとCeleronは5,400~6,700円、Pentiumは7,800~1万2,200円程度。Zen登場前夜にあたる2016年12月22日ですら、Celeronは4,400~4,700円、Pentiumは6,000円~1万円程度。
で、現状は? というと、試しにIntel Arkから2022年発売のPentium G/Celeron Gを拾ってみると
プロセッサ | 価格帯 | ||
---|---|---|---|
Pentium Gold G7400 | 77~87ドル | ||
Pentium Gold G7400T | 77ドル | ||
Celeron | G6900 | 50~60ドル | |
Celeron | G6900T | 50ドル |
という価格付けになっている。昨今の円安状況を考えると、Pentium Goldはなんとか1万円超かもしれないが、Celeronはまぁ1万円未満なのは間違いない。なにより米ドルで考えると、どちらも100ドルには遠い。
このまま製造すれば原価割れ?
さて、ここに来ていよいよIntelは、この価格の低さを何とかしないといけなくなった。理由は単純で、Intel 4以降のプロセスを使って製造を行なうと、現状のCeleron/Pentiumの価格では原価割れの可能性が高いためだ。
Intel 4、かつてはIntel 7nmと呼ばれていたノードであるが、これの生産はアイルランドのFab 34が担うことになっている(Fab 34だけかどうか? は不明だが、少なくともFab 34が担うことそのものは間違いない)。今年(2022年)1月19日には、EUV Stepperを含めた製造装置の導入が始まったことをアナウンスしている。このFab 34にはおよそ70億ドルを投資した、というのがIntelの発表だ。
さてこのFab 34のウェハ生産量がどの程度か? というのはもちろん公開されていないが、TSMCのGIGA Fab(月産10万ウェハ)まで行くとは思えないので、まぁちょっと高めに見積もって月産3万ウェハとする。つまり年間36万ウェハだ。このFab 34の設備投資を3年で回収するとすると、108万ウェハで70億ドルを回収することになる。すると、ウェハ1枚あたりの設備投資回収額は大体6,500ドルというところになる。これは相当に高い金額である。
そもそもIntel 4の製造原価そのものがかなり高い。TSMCで言えば5nmプロセスに相当するわけだが、このTSMCの5nmの製造価格が概ね1万7,000ドルと言われている。この数字はフェイクだという話も結構上がっている(何しろTSMCが公式に公開した数字ではない)からアレなのだが、現実問題として7nm(こちら概ね9,300ドルほど)より大幅に跳ね上がるという話は頻繁に聞いており、1万5,000ドルを超えるのは割と堅いと筆者は判断している。
とりあえず先の数字からTSMC自身の設備投資回収額(4,235ドル)を引いた5nmプロセスの製造原価は概ね1万3,000ドル弱。この製造原価はTSMCもIntelも大差ないと仮定した上で、ここに6,500ドルというIntelの回収額を乗せると、ざっくり20,000ドル/ウェハという、凄まじい金額になる。
ここからチップ単価を推定してみる。これは当然ダイサイズによって変わってくるわけだが、仮にイールドを80%(これもかなり高い数字である。70%位の方が現実的かもしれない)として試算した場合の価格がこちら。
ダイサイズ(平方mm) | 製造ダイ数 | 有効ダイ数 | ダイ製造原価 |
---|---|---|---|
100 | 587 | 470 | 42.6ドル |
120 | 501 | 401 | 49.9ドル |
140 | 427 | 342 | 58.5ドル |
160 | 364 | 291 | 68.7ドル |
180 | 310 | 248 | 80.6ドル |
200 | 264 | 211 | 94.8ドル |
220 | 225 | 180 | 111.1ドル |
240 | 192 | 154 | 129.9ドル |
260 | 163 | 130 | 153.8ドル |
280 | 139 | 111 | 180.2ドル |
300 | 119 | 95 | 210.5ドル |
ちなみにこれはあくまでダイそのものの製造原価であって、この後テストとかパッケージ、流通などのコストがさらに掛かる事になる。ラフに言えばダイの製造原価の2倍弱が製品の原価であって、こうなるとダイサイズが120平方mmを超えた時点で原価が100ドル位になってしまうことになる。ということは、ダイサイズを100平方mm未満に抑えないと厳しい、という試算が成立する。
ダイサイズを抑えても100ドル切りが難しい理由
さて、実はここまでが枕である。いや従来のモノリシックなダイであれば、ここまでの議論がそのまま利用できることになるのだが、Meteor LakeはFoverosを利用した3D実装を利用しており、またチップレット(Intel用語ならタイル)構成になっている関係で、ダイサイズは大幅に小型化される。
Meteor LakeはCompute/GPU/IO/SoCという4つのTileから構成されるが、こちらの記事のこの写真で判るように、コンピュートタイルよりSoCタイルの方が遥かにデカい。
ベースはIntel 22nmでの製造で、これはまぁかなり安価である。このMeteor Lakeのコンピュートタイルの構成(PコアとEコアの数)は不明だが、これがCore i7/i9向けということだと、現行のモバイル向けのAlder Lake(P-Core×6+E-Core×8)より少なくなることはないだろうし、おそらくはP-Core×6+E-Core×12コアぐらいはあっても不思議ではない。
Celeron/Pentiumグレードを仮に作ったとすれば、P-Core×1または2+E-Core×4程度で十分であり、だとするとコンピュートタイルのダイサイズはこれの3分の1程度で済むことになる。TSMC N5のZen 4のCCDが8コアでも70.8平方mmであることを考えると、同程度のロジック密度になると思われるIntel 4でP-Core×2+E-Core×4を構成すれば、ダイサイズは40~50平方mmに収まりそうで、その場合のダイの製造原価は30ドルを切るだろう。
GPUも写真のものは96EUクラスだと仮定して、Celeron/Pentiumグレードなら32EUだから面積はやっぱり3分の1だ。写真から仮定すればこれも30~40nm前後。TSMCでだとウェハ製造コストが安くなるから、20ドル程度だろうか? IOタイルはもともと小さいしN6ということはコスト的にはN7と大きく変わらないから、これはまぁ10ドル前後として良いだろう。
問題はSoCタイルで、これCeleron/Pentiumだからといってどこまで面積を小型化できるか? は非常に微妙なところである。面積的には150平方mm前後は必要だろうし、となるとTSMCのN7換算でも40ドルほどは掛かりそうで、となるとここまででタイルの製造原価は100ドルに達することになる。
Baseタイルは基本キャパシタとして利用するからそれほど複雑ではないが、200平方mmかそこらのダイになるから、これも40ドルかそこらは掛かる。加えてFoverosでの実装になるから、このコストはバカにならない。おそらくこのチップレットの製造原価は150ドルを切ることはないいだろう。ということは、Celeron/Pentiumグレードでも製品原価が200ドルかそこらになってしまう計算だ。
デスクトップにMeteor Lakeがそのまま来るかどうかは不明である。Tiger Lakeのように、モバイルのみという例もあるからだ。デスクトップ向けの場合、そもそもSoCタイルの機能が多すぎる。ここは最小限にしてマザーボード側のPCHに仕事を任せたいところで、そうなると外部チップセット向けにDMIのI/Fだけを搭載した、すごく小さなSoCタイルを用意するのかもしれないが、Foverosを利用する限りにおいては、結構高コストになることは否めない。製品原価で100ドルを切るのは厳しいだろう。
つまるところ冒頭で紹介した新しい“Intel Processor”というブランドは、現在のPentiumとCore iシリーズの間に入るような位置づけになるというか、Pentiumより価格が高いプロセッサを導入するために、新しいブランドを必要としたということだと思う。
これはIntel 4ベースでCPUを作る限り、もうどうしようもない。多分Celeron/Pentiumを構成するには、チップレットとかFoverosを利用すると価格が高くなりすぎてしまうということだろうし、だからといってモノリシックなダイにすると、これもこれで価格が上がりすぎてしまう(枕でその理由を説明した)。
いきなり現行のCeleron/Pentium製品がなくなるわけではないだろうが、Intel 4より先は100ドル未満のプロセッサはもう投入されないことになる。あるいは、例えばAtomとか、ArmとかRISC-Vなどを使い、それこそ100平方mmを切るようなダイサイズに抑えるしかないだろう。
ただそうした低コストのプロセッサが性能の低さから敬遠されてきたことを考えると、そうしたプロセッサがCeleron/Pentiumブランドで投入される可能性も低いと思われる。1998年から24年あまりに渡って提供されてきたCeleronも、ようやく終焉を迎えることになりそうだ。
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