ロシアのプーチン大統領はウクライナ戦線でのロシア軍の不甲斐なさに怒りを覚えているかもしれない。軍最高司令官の立場からいえば当然だろう。そこで同大統領はミサイル攻撃、自爆無人機を動員し、先月26日には戦略核戦力の演習を実施、放射能をまき散らす“汚い爆弾”問題などを恣意的に話題にのぼらせ、ウクライナだけではなく、欧米諸国に恐怖心を与える作戦を展開させてきた。
ところで、ロシアと国境を接する北欧のノルウェーは、軍隊を厳戒態勢に置いている。ヨナス・ガール・ストーレ首相が10月31日にオスロで発表した。同首相は、「ロシアからの直接的な脅威は目下確認されていないが、11月1日から警戒レベルを引き上げる」という。
ストーレ首相は、「ロシアがノルウェーや他の国を直接戦争に引きずり込もうとしていると信じる理由はないが、ウクライナに対するロシアの侵略戦争を考慮すれば、全ての北大西洋条約機構(NATO)諸国は警戒する必要がある」というのだ。ノルウェーのビョルン・アリルド・グラム国防相によると、警戒態勢を強化するということは、とりわけ、軍事施設での保護措置が強化されることを意味するという。NATO加盟国のノルウェーは、北極でロシアと198キロの国境を接している。
ところで、ノルウェーが軍の警戒態勢を強化したのにはそれなりの理由があるはずだ。欧州はエネルギー供給をロシアに依存してきたが、ウクライナ戦争の結果、欧州の天然ガス市場ではロシアに代わってノルウェーが主要な供給国となってきているのだ。欧州連合(EU)の全輸入量の約4分の1を占めるほどだ。欧州をエネルギー危機に陥らせたいプーチン氏にとってノルウェーの存在は大きな障害ということになる。
外電によると、ノルウェーの海上石油プラットフォームの近くで、謎のドローン飛行が観測されたという。ドローンに関連して数人のロシア人が逮捕された。さらに、ノルウェーの対諜報機関は先週、ブラジル人研究者を装ったロシアのスパイ容疑者を逮捕した。この一連の出来事は、ロシアがノルウェーの天然ガスのパイプライン破壊工作に乗り出していることを物語っている。
欧州諸国はウクライナ戦争勃発までは低価のロシア産天然ガスを輸入してきた。そこにウクライナ戦争が勃発。ロシアからバルト海峡を経由してドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルド・ストリーム1」と「ノルド・ストリーム2」に亀裂が生じるという出来事が9月26日、起きたばかりだ。何者かの破壊工作と分かったが、犯行の詳細はまだ不明だ。西側情報機関はロシアの仕業とみて警戒している。
ロシアは過去も現在も敵対国に対して主要インフラ破壊を実行してきた。ロシアはウクライナ戦争でも地上での軍事的な戦闘を続ける一方、ウクライナ側の産業インフラ、サイバー攻撃や情報工作を展開するハイブリッド戦略(正規戦、非正規戦、サイバー攻撃、情報戦などを組み合わせた戦略)を推進してきたことでよく知られている。
一方、ドイツを中心に欧州諸国はロシア産エネルギー依存から脱皮するためエネルギー供給先の多様化、原子力エネルギーの利用など対策に乗り出してきた。その結果、ロシア産天然ガスは今日、欧州にはほとんど運ばれていない。ウクライナやトルコ、そしてバルカン諸国に輸送されているだけだ。
欧州にとって最大の懸念は、ノルウェーの欧州への天然ガス・パイプラインの安全問題だ。同パイプラインが破壊され、数カ月間、ガスを輸送できない状況になれば、欧州は厳冬に暖房ができないという状況に陥る。そうなれば、エネルギー危機、物価高騰に悩む欧州では「ウクライナ戦争の結果だ」としてウクライナ支援を中止すべきだという声が高まるだろう。
プーチン氏の狙いはそこにあるはずだ。ロシアは「ノルド・ストリーム」のパイプラインを破壊することで、ノルウェーのパイプラインの安全にも赤ランプを灯させ、欧州の危機感と不安を高めているわけだ(「ノルウェーのパイプラインを守れ!」2022年10月1日参考)。
CNNによれば、ノルウェー政府は、ノルウェー大陸棚の沖合や陸上の施設やインフラについて、緊急時の備えを強化することを決めたという。石油プラットフォーム周辺で謎のドローン飛行が観測されたというニュースは無視できない。天然ガスの価格高騰で苦しむ欧州諸国を支援するために増産を決めたノルウェーのパイプラインの安全確保は欧州にとって急務の課題だ。それを知っているプーチン氏は今後もノルウェーのパイプライン破壊工作を進めていくだろう。
参考までに、ウクライナ軍が撃墜させたロシアのミサイルの破片がモルドバ北部の国境近くの村に落ちた。首都キシナウの内務省が発表した。Naslavceaの町のいくつかの家屋では、窓が破裂したが、けが人は出ていない。
ウクライナ軍の情報によると、ロシアのミサイルは約10キロ離れたノヴォドニストロフスク近くのドニエストル川にある水力発電所を攻撃することを目的としていたという。
戦争ではどのような突発的な出来事が起きるか分からない。モルドバの情勢はウクライナ東部・南部と酷似している。特に、トランスニストリア地方はウクライナ南部のオデーサ地方と国境を接し、モルドバ全体の約12%を占める領土を有する。モルドバ人(ルーマニア人)、ロシア系、そしてウクライナ系住民の3民族が住んでいる。
同地域にはまた、1200人から1500人のロシア兵士が駐在し、1万人から1万5000人のロシア系民兵が駐留。ロシア系分離主義者は自称「沿ドニエストル共和国」を宣言し、首都をティラスポリに設置し、独自の政治、経済体制を敷いている。状況はウクライナ東部に酷似しているわけだ。モスクワがモルドバ内のロシア系国民を守るという理由でロシア軍をモルドバに侵攻するシナリオは非常に現実的だ。
いずれにしても、西側はノルウェーのパイプラインの安全確保と共に、それが破壊された場合のシナリオをも考えておかなければならない。窮地に陥れば、何をしでかすか予想できないのが独裁者だからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年11月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。