ドイツもウクライナも変わった!

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ウクライナのゼレンスキー大統領は13日、ドイツを訪問し、ベルリンでシュタインマイヤー大統領やショルツ首相らの歓迎を受ける。独警察広報担当官によると、ゼレンスキー大統領はベルリン・ブランデンブルク国際空港(BER)に着陸後、ホテル・リッツ・カールトンにチェックイン。翌日の14日、オラフ・ショルツ連邦首相から正式に軍栄誉礼を受けた後、ドイツ西部のアーヘンにヘリコプターで飛び、そこで欧州の統合に貢献した人物に贈呈されるカール大帝賞(シャルルマーニュ賞)を受け取ることになっている。

第2次世界大戦のナチズムへの「追悼と勝利の日」に演説するゼレンスキー大統領(2023年5月8日、ウクライナ大統領府公式サイトから)

ロシアのプーチン大統領が昨年2月24日、ウクライナに軍を侵攻させて以来、ゼレンスキー大統領はキーウを留守にして外国に訪問することはめったになかった。主にオンライン会談だけだった。ただ、米国、英国、欧州連合(EU)の本部ブリュッセルなど主要国には訪問したが、その国のリストには欧州の盟主ドイツは含まれていなかった。

ゼレンスキー大統領がドイツを軽視しているとか、ドイツのウクライナ支援が不十分だから、という理由ではない。ウクライナにとってドイツはいい意味でも悪い意味でも特別の国だからだ。

ウクライナ戦争勃発後、ドイツほどウクライナ戦争の影響を受けた国はないだろう。ショルツ独首相は「Zeitenwende」(時代の変わり目)という言葉を頻繁に発し、ドイツが第2次世界大戦後からキープしてきた軍事・政治路線の大幅な改革を余儀なくされた。

ドイツは戦後、急速に経済復興し、世界の経済大国となったが、安保問題では常に慎重なスタンスを維持してきた。ウクライ支援でも他の欧州諸国に先だってウクライナに主用戦車を供与することに強い抵抗があった。ナチス・ドイツ政権の戦争犯罪問題は戦後のドイツ政権のトラウマとなってきた。だから、ドイツは武器供与問題では単独では決定しない、という原則を貫いてきた。

そのうえ、ショルツ現政権は社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の3党連立政権だが、対ウクライナへの武器支援では緑の党、FDPは積極的だが、ショルツ首相のSPDの中には左派系が依然、抵抗している、といった内輪の事情もあった。

しかし、ロシアとの戦いが激しくなり、ウクライナ側からの強い要請を受けてドイツは徐々にだが、その政策を変更してきた。最初はヘルメット、そして軽武器、そして現在は重火器までウクライナに支援している。具体的には、パトリオットとIRIS-T防空システムに加えて、これまでに18両のレオパルト2A6主力戦車、40両のマーダー歩兵戦闘車、34両のゲパルド対空車両をウクライナに納入してきた。供与した武器の多様性では英国、フランスにも負けない。

日本は湾岸戦争で米国に次いでクウェートに多くの財政支援をしたが、クウェート政府の感謝広告には貢献国として日本の名が記載されていなかったことがあった。日本外務省は当時、大きなショックを受けた。日本と同様、第2次世界大戦の敗戦国ドイツでは、「わが国は他の国に負けないほどウクライナに支援してきたのに……」といった嘆き節が一部で聞かれる。

一方、戦争勃発直後ウクライナ側は、武器の供与に躊躇するドイツに対して批判的だった。例えば、ドイツのシュタインマイヤー大統領が昨年4月12日、ポーランド、バルト3国の国家元首と共にキーウを訪問し、ロシア軍と戦争中のウクライナに対し欧州の連帯を表明する計画だったが、「キーウ側がどうやら私の訪問を歓迎していないようだ」という理由でシュタインマイヤー大統領は訪問を断念せざる得なくなった。ウクライナ側にはドイツの過去の対ロシア融和路線に強い抵抗があったのだ。その融和政策を推進していったシュタインマイヤー氏(当時外相)に対して、ゼレンスキー大統領は批判的だった。

駐独ウクライナ大使のアンドリーイ・メルニック氏(当時)は日刊紙ターゲスシュピーゲルでのインタビューで、「シュタインマイヤー大統領はウクライナがどのようになってもいいのだ。一方、ロシアとの関係は土台であり、神聖なものとさえ考えている」と辛辣に語った。ウクライナにとって最大の経済支援国の、それも大統領の訪問をウクライナ側が断ったのだ。ドイツ側もショックを受けた(同大使は現在、外務次官だ)。

ユダヤ人のゼレンスキー大統領にはナチス・ドイツ政権の悪夢もあっただろう。ドイツに対して平静に付き合うことが難しかった。しかし、ロシアとの戦いが激しくなり、武器支援が必要となったウクライナにとって、ドイツ抜きで話は進まないこともあって、ドイツとの協調関係の構築に努力していった経緯がある。同大統領のドイツへの感情はアンビバレントだった。

ちなみに、ゼレンスキー大統領は8日、第2次世界大戦におけるナチズムに対する「追悼と勝利の日」に演説している。曰く「1945年5月8日、ドイツ国防軍の無条件降伏が発効された。5月8日は、あの戦争で命を落とした全ての人々を追悼する日だ。それはイデオロギーの混入のない純粋な歴史だ。ナチズムが打ち負かされたのと同じように、現代のロシアが復活させようとしている古い悪はすべて打ち負かされるだろう。今、80年前と同じように、ウクライナは完全な悪と戦っている。今、80年前と同じように、ウクライナは未来のために戦っている。それは、ウクライナ自身とヨーロッパ全体、自由世界全体の未来を意味する」と述べている。

ウクライナはドイツから供給されたIRIS‐T対空システムを称賛している。ウクライナ空軍長官Mykola Oleshchuk氏はテレグラムに、「2022年10月以来、IRIS‐Tミサイルシステム部門は、ウクライナ上空で60を超える空中目標を破壊した」と指摘し、ドイツの対空システムを高く評価している。

ウクライナ軍の春の攻勢を控え、ゼレンスキー大統領は戦争勃発後初めてドイツを公式に訪問する。同大統領を迎えるドイツはウクライナ戦争を通じて変わったが、ウクライナ人もドイツ民族に対する見方が変わったことを示す訪問となることが期待される。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年5月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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