消費者庁が「日本アムウェイ合同会社」に対して、勧誘など業務の一部を6カ月間停止するよう命じたという。2022年10月14日、NHKなどが報じたこのニュース。これを見て、私(中澤)が思い出したのは15年前のことであった。
「凄くね? 中澤君もああなれるかもよ」アムウェイ渋谷本社のカフェで、そう語りかけてきたK君は今頃どうしてるだろうか。
・携帯販売の研修で
あれは私が20代前半の頃のこと。バンドでの成功を夢見てライブ活動に明け暮れていたが、とにかく客がいないのが辛かった。こういう場合、誰もがまず考えるのは「友達がいっぱいいたらなあ……」ということだと思う。
しかし、元から人見知りである上、上京組である私は、ガチで東京に友達がいない。そこで頑張ろうと思い立った時に話しかけてきたのがK君だった。
携帯販売の派遣バイトの研修で知り合ったK君。Bボーイ的な恰好をしていたが、私のようなモジモジした眼鏡にも話しかけてくれて普通に良いヤツだと思った。
・超社交的なK君
K君は、入れ替わり立ち替わりの研修メンバー5~6人全員と話す感じ。同じように大人しそうなI君にも話しかけていて、なんとなく一緒に昼ご飯を食べに行くグループができた。で、自然とメールアドレスを交換していた(当時LINEはなかった)。
仕上がった人から店に派遣されていく派遣会社の研修。いざ自分が店に派遣される時、少し寂しかったことを覚えている。こんな2週間くらい通うだけのゆるやかな講座で、隣に座っている人と仲良くなったことなんてなかったから。研修の最終日にK君は私にこう言った。「ライブも誘ってよ! 仲間連れていくから」と。
そこで1カ月後に決まっているライブ予定を伝えたところ、「必ず行く。仲間も10人くらい連れて行くから予約しといて」との答え。続けざまに、「っていうか、普通に遊ばない? 今週日曜日とかに」と誘われた。
東京に来て初めて友達できた! そう思った私は、2つ返事で誘いに乗った。何やら、K君にはバイトと別に仲間でやっていることがあるらしい。
・お茶でも飲みに
Bボーイっぽい恰好だし、音楽は好きと言っていたし、ヒップホップグループでもやってるのだろうか? だから、ライブに行くのも、抵抗がないどころか、むしろ乗り気なのかもしれない。そう思いながら日曜日、渋谷で待ち合わせた。「お茶でも飲もう」と先導するK君の後をついていったところ、着いたのは……
アムウェイの渋谷本社ビルであった。
当時、私はアムウェイの名前すら知らなかったが、渋谷のど真ん中に立つ巨大ビルに、FF7の神羅ビルのような怖さを感じたことを覚えている。
いや、このビルだけならスルーだっただろうが、明らかにビジネスパーソンではないK君が、Bボーイっぽい恰好で「お茶でも飲もう」と先導したのがこのビルだったところに違和感があったのかもしれない。本質をひた隠しにしておびき寄せられているように感じた。
・衝撃の光景
ただ、何度も言うが、アムウェイという名前を知らなかったし、話を聞く前に雰囲気だけで判断するのはK君にも悪いと思い直し、私はK君の後についてビルの中を進んだ。すると、林立夫氏がアラブの石油王みたいなのと握手しているクソデカ写真が飾られていた。
いち音楽人として、歴史的なレコーディングにも多数参加しているドラマー・林立夫氏のことはもちろん知っている。教科書に載るレベルのプロミュージシャンだ。だが、謎のビルに入ったら、クソデカ林立夫がアラブの石油王みたいなのと握手していた状況はさすがにワロてまう。
必至に笑いをこらえているとK君が隣で言った。「あの人、有名なミュージシャンだよ」と。いや、知ってますがな! 続けざまにこう言う。「凄くね? 中澤君もああなれるかもよ」と。
なぜだろう? 全然なりたくないのは。もちろん、ミュージシャンとしての林立夫氏の功績は素晴らしいのだが、アラブの石油王との2ショットをここに飾られることが栄誉かどうかは人によると思った。なお、繰り返すが、これは15年前の話なので今も飾られているかは知らない。
・説明の仕方
さて、この時点で私の気持ちはもうアカン感じになっていたのだが、念のためK君の話を聞いてみたところ、基本通販でモノを売っているのだが、有料会員制で紹介して広げたらインセンティブがもらえる的な話。ゴールド会員とかになると、その権利収入だけでウハウハなのだとか。
商品の良さを推していたが、がっつりマルチ商法であった。リンゴの木の絵を描いて仲間でリンゴを取って来た場合の分け前がどうとかの話をしていたが、登場人物が研修の先生とか研修メンバーで、気分が悪かったことを覚えている。
物事を伝える時、どういった説明をするかで相手が自分のことをどう思っているかって大体分かると思う。そういう目で見ると、K君は私のことを「頭良さそうに見られたいアホ」だと思っているように感じた。マルチでなかったところで、そういう人とビジネスをしてウマく行く気は全くしない。
・断りづらさ
だが、面と向かって断りづらいことも確かだ。なにせ、ここでビジネス自体を否定すると、K君を否定することになってしまう。K君は、あくまで自分が良い話だと思うから勧めているわけで、客観的にムーブだけを見るとめちゃくちゃ良いヤツなのだ。良い人間を否定するとこちらが悪者になってしまう。
熱弁の間、私が考えていたのは、いかにK君を否定せずに断るかということ。かつ、K君がこれ以上深追いできない断り方って何かないだろうか? そこで話がひと段落したところで、しばらく黙った後こう切り出してみた。「ごめん。ちょっと気分悪い」と。
・誰も悪者にせずに断る方法
「え? 大丈夫? どうしたの?」と心配するK君。心配せざるを得ないだろう。なにせ、良い人キャラが作られたものであればあるほど、ここで心配しなかったらキャラがブレるからな。K君についてある程度の確証を得ることができたので、返す刀でこう切りつけた。
「実は、こういうビジネスで友達が死んでいて……」と。涙は出なかった。明らかな嘘だが、K君は否定したり、疑って質問を重ねることはできない。なぜなら、そんなことするヤツじゃないから。
そして、ここまで来ればこちらのもの。「外の風に当たりたいし、今日は帰るね」と言い残し、ビルをあとにした。こうして表面上はどちらも悪者にならずに脱出できたのであった。要は、K君のキャラを逆に利用させてもらったわけである。
・遅すぎたニュース
ちなみに、後にI君と同じ店舗で働くことになったのだが、実はI君もアムウェイの勧誘をされたとのこと。しかも、会員になっちゃったという。I君はガチモンの純粋な良いヤツだったので断れなかったのかもしれない。
当時ゴールド会員と言っていたK君。罪悪感を盾に取ってるんだから、キャラを利用されるくらいはおあいこだろう。それ以来、アムウェイに近づいたことはないのだが、あんなことを続けていたのだとしたら、今回のようなニュースは遅すぎたと思わずにはいられない。