独「ロシア兵役拒否者に人道ビザを」:部分的動員令が皮肉な結果に

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ロシアのプーチン大統領が21日、ロシア軍のウクライナ侵攻をこれまでの「特別軍事行動」という呼び方から「戦争」に格上げし、30万人の予備役の部分的動員令を発したことで、7カ月以上続くウクライナ戦争は大きな転換を迎えることになった。

次期会計年度及び計画期間の予算計画に関する政府委員会の模様(2022年9月20日、ロシア政府公式サイトから)

同時に、ウクライナ東部・南部4州の占領地ではロシアへの編入を問う住民投票が開始された。ロシア兵士の監視の中、独立した国際監視委員の立ち合いもない住民投票の結果は公表される前から明らかだ。問題は、ドンバス地方の多くがロシア側に編入された場合、それが国際的認知を受けるか否かは別として、戦争の状況が変わることだ。ウクライナ軍がロシア側に編入されたウクライナ東部・南部4州に侵攻した場合、ロシア側にとっては明かに自国領土への外国軍の侵入ということになり、ロシア軍が「自国の領土防衛」という理由でウクライナを本格的に攻撃できるからだ。

ただ、プーチン氏も大きな懸念を抱えることになる。国内で反戦の動きが出てくるだけではない。第一はどのように部分的動員令を実行するからだ。西側では、「プーチン大統領は100万人規模の全面的動員を考えている」と囁かれ出したが、30万人であろうと、100万人であろうと、それを如何に短期間で実行できるかだ。モスクワからの外電によると、既に招集が始まったという。「祖国ロシアをウクライナ軍の侵攻から守るために愛国主義的ロシア国民が兵役に登録している」という。ロシアの国営メディアの報道はプロパガンダが多いからその信頼性は不明だが。

一方、欧米メディアによると、兵役年齢や予備役に該当する国民が兵役を回避するためにロシアから脱出する動きが出てきているという。問題は、ロシアに隣接する国でビザなしで入国できる国はトルコとアルメニア、ジョージア、アゼルバイジャン、カザフスタンの旧ソ連諸国以外にない。バルト3国(リトアニア、エストニア、ラトビア)やポーランドはロシア人の入国を既に大幅に制限している。例えば、イスタンブール行きの直行便は満席だという。航空チケットの価格も急騰している。ロシア側は国民の出国(エクソダス)を阻止するために国境警備を強化し、出国制限に乗り出している。

興味深いニュースは、ドイツ政府が、「ロシアからの兵役拒否者を受け入れるべきだ」と言い出したという。ヘベシュトライト政府スポークスマンは、「彼らはウクライナで戦闘することを拒否しているロシア人だ。彼らを受け入れることは西側の利益にもなる」と。そこでベルリンは来週、欧州連合(EU)加盟国とロシアの兵役義務拒否者の受け入れ問題について協議する予定だというのだ。

ロシアの兵役拒否者が、ビザのいらないトルコに一旦入国し、そこからドイツに入国できれば、ロシアの兵役拒否者にとって大きな希望となる。ドイツ側は入国ビザを「人道ビザ」として発行する意向だ。ロシアの兵役拒否者を支援することで、ロシア側の部分的動員令の実施を阻もうというわけだ。

ショルツ政権のアイデアに対し、駐独ウクライナのメルニック大使は、「若いロシアの青年たちはロシアから逃げるのではなく、プーチン大統領を打倒するために立ち上がるべきだ」と述べ、ドイツがロシアの兵役拒否者を受け入れることに反対を表明している。一方、フェーザー内相は独日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングで、「ロシアでは兵役拒否すれば厳しい刑罰が待っている。ロシアの兵役拒否者を政治難民として受け入れるのは当然だ」と弁明している。

ロシアでは兵役拒否者に対しては最高10年の刑罰までさまざまな迫害が待っているから、予備役の対象となっているロシア人が西側にエクソダスすることは容易な決断ではないはずだ。その意味で、政治難民の認知を受ける条件を満たしているというわけだ。

西側情報機関はドイツ側のアイデアに対して理解を示す一方、「プーチン大統領は兵役拒否者を装った多くのスパイを欧州に送り込むことも排除できない」と懸念を表明している。冷戦時代に旧ソ連・東欧共産政権から西側に逃げる政治亡命者が多かったが、その中にはスパイや情報機関関係者がいたから、その懸念は決して大袈裟とはいえない。KGB出身のプーチン大統領が反体制派国民のエクソダスを逆にスパイを西側に送るチャンスとして利用することは十分に考えられる。

ロシア軍が2月24日ウクライナに侵攻して以来、欧米メディアは軍事大国ロシアの攻撃を受けるウクライナ国民の苦しい日々を報じてきたが、プーチン大統領が署名した「部分的動員令」以降、ロシア国民もウクライナ国民と同じような運命に直面することから、両国民から停戦を求める声がこれまで以上に高まることが予想される。プーチン氏の「部分的動員令」は皮肉にもウクライナとの実質的な停戦交渉への環境を整えることになるかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。