大人になって初心者という立場はわりと辛いものがある。何をどうしたらいいのか分からないし、経験が邪魔をして一歩を踏み出せない自分がいるからだ。が、最初は誰だって初心者。年齢を理由にして動かなければホントに何も始まらない。
つまり何が言いたいのかというと、私はかねてより「大相撲観戦」に興味を持っていた。大相撲って初心者じゃ分からないようなルールがいろいろありそうで不安……しかし今回、そんな私の前に強力な助っ人が現れた。
なんと大相撲のガチファンである当サイトの亀沢記者が「九月場所のチケットをもらったから一緒に国技館へ行かないか」と誘ってくれたのである。ありがてえ!
・駅から相撲一色
ちなみに私が大相撲を現地観戦したのは過去1回きり。それも約30年前で小学生のときだ。持っている知識は祖父の横でテレビ観戦していた「若貴ブーム」あたりで、今の力士はニュースで名前を聞いたことある範囲くらいしか知らない。
ほぼ大相撲初心者な状態で、はたして私は大相撲観戦をどこまで楽しむことができるのだろうか。期待と不安を抱えつつ、朝の光が注ぐなか国技館のある両国駅に降り立った。すると……
駅から相撲一色!
こんなところにも!
なんならセブンイレブンも和風仕様でオシャレな外観になっている。こういうのは「大相撲に来た」感があって、自然とテンションが上がるな〜!
・いきなりブチギレ
目的地である国技館は駅を出て目と鼻の先にある。少し歩けば、力士の名前が書かれた「のぼり旗」も見えてきた。
そういえば福岡出身の私が観戦した九州場所でも、カラフルな のぼり旗がたくさん並んでいて圧巻だったことを思い出す。このあたり伝統というか、大相撲の歴史を感じるな……って、いかんいかん。亀沢記者と約束していた時間が迫っている。先を急ごう。
いた! いつもと雰囲気が違う気が!?
お待たせ……って……
めっちゃキレてるやん……!!
理由を聞くと、どうやら「アナタは遅すぎる」らしい。言われた時間通りに来たはずだが、とにかく「遅すぎる」の一点張りで烈火のごとくキレ続ける亀沢記者。どういうことかワケが分からないよ……! すると……
亀沢「これをご覧なさい(スッ)」
琴奨……菊……?
亀沢「琴奨菊(現・秀ノ山親方)は福岡県出身の38歳。さらには先場所引退したばかりの松鳳山も福岡県出身の38歳。そしてアナタは……福岡県出身の38歳! すなわち3人とも福岡出身の同学年ッ!!!!
アナタはなぜ同学年でご当地出身の琴奨菊と松鳳山を現役中に応援しなかったの? おまけに九州場所は大相撲ファンが満場一致で「一番好き」という場所。聖地に生まれておきながらロクに相撲を観てこなかっただなんて……こちとら鳥取から九州場所まで夜行バスで行ってたんですけどォ!!? (※ 亀沢記者は鳥取県の出身です)
大相撲の世界には『江戸の大関より故郷の三段目』っていう言葉があって、みんな必死に郷土の出身力士を応援しているの。それを貴様は今さら……謝れ!! 福岡の方角に頭を下げろーーーーーゴホッ! ゴホゴホォ!!!」
・いざ国技館の中へ
ど、どうやら私は恵まれた環境にいながら、知らず知らずのうちにまたとないチャンスを逃し続けていたらしい。でも、そう言われたって過去には戻れないしなぁ……琴奨菊関、松鳳山関、本当にお疲れ様でした……ショボン……。
亀沢「ま、分かりゃいいのよ。それじゃ、約束通り案内しますからね」
ズンズン進む亀沢記者の後ろをついていきながら、生まれて初めての国技館に興奮を隠せない私。お邪魔します……!
ウワッ、いきなり賜杯!!!
おぉぉ〜! これが「お茶屋さん」ってヤツか〜! ザ・大相撲って雰囲気でテンション上がるなぁ! 国技館散策は後にして、とりあえず荷物を置きに席へ。
午前中ということもあって客入りはまばらなものの、土俵上ではすでに取組が始まっていた。私がこれまで「大相撲は15時くらいからスタートして18時ピッタリに終わるもの」と思い込んでいたことは、亀沢記者には黙っておこう。またキレられるかもしれないし。
静寂のなか淡々と進む三段目の取組。ふと気づけば夢中で観戦している自分がいた。特に気になったのは “音” 。というのも、私は高校時代にラグビーをやっていたため「人と人がぶつかる音」がよく分かるのだ。
詳しくは人のぶつかる音というより、ガチンッという骨の音。それが想像したよりずいぶん狭い土俵の上で鳴っていることに圧倒された。これは相当な恐怖を乗り越えて土俵に上がっているはずである。
この時間帯は番付が低いお相撲さんの取組だそうだが、肉体的にはとてもそうは思えない。何よりラグビーと違い、彼らが身につけているのはまわし1つのみだ。これが国技というものなのか。大相撲って……スゴいかもしれない! ねぇ、亀沢さん!? って……
ウトウトしてるぅぅぅ!
・国技館内を散策
せっかく来たのにもったいないうえ、なんとなくバチが当たる気もする。しかしその旨を伝えたところ、「いいのよ、ずっと集中して見てたら疲れちゃうよ」と亀沢記者。う〜む、相撲ファンって意外とこんな感じなんだろうか。
とはいえ時間もお昼に差しかかってきたし、できれば関取(十両以上)が登場する前に何か食べておきたい。土俵上で頑張る力士たちに心の中で手を合わせ、亀沢記者に国技館内を案内してもらうことにした。
亀沢「国技館内には売店が点在しております。お弁当、応援タオル、Tシャツに相撲みやげ各種。あっちには親方がグッズを手売りしてる売店もあるよ」
亀沢「こちらは映えスポット、顔出しパネル! 遠藤にお姫様抱っこしてもらっちゃって〜!」
言われるままに抱っこしてもらったが違和感がスゴい。遠藤の笑顔が引きつっているように見えるのは私の気のせいだろうか?
亀沢「そこの台の上にも乗っちゃって〜!」
自分で言うのもアレだが、凛々しく見える! あと、足が長く見えるのもだいぶ嬉しい。
ランチは地下の食堂へ。私が選んだのは……
照ノ富士弁当(1150円)と……
具だくさんな味噌ちゃんこ(500円)。これを食べて力士は体を大きくしているのかぁ〜などと妄想をしているうち、お次は1階のテラスへ連れていかれた。亀沢記者いわく、ここは力士が国技館入りする際に通過するルート。コロナ禍以降に柵が設置されたのだという。
亀沢「ここは力士の出待ち・入り待ちスポット。コロナ以前は大勢のファンが陣取って、お目当ての力士が来るのを待っていたもんサ……(遠い目)」
現在、感染予防の観点からファンが力士と接触することは禁止されている。かつては大勢の力士が国技館内を普通に歩いており、気軽に触れ合えることも大相撲観戦の醍醐味だったのだそうだ。早く教えてほしかった……!
言われて周囲を見渡すと、たしかに指をくわえて遠くの力士を眺めているファンの姿がチラホラ。コロナ以前を知るファンにとって、今の状況は想像を絶するほど歯がゆいものだろう。一刻も早く ”普通の日常“ が戻ってくることを願ってやまない。
・本格的に観戦
「とはいえ、コロナ禍でチケットが買いやすくなったよ」と語る亀沢記者。おかげで私の元へ観戦のチャンスが巡ってきたのだと、何事も前向きに捉えなくちゃいけないな。
さて、お客さんの数も増えてきたところで席へ戻ってきた我々。恥ずかしながら私は力士の名前も経歴も全く分からないのだが、どういったポイントに注目して観戦すればいいのだろうか。
亀沢「そうね、まずは星取表をジッと眺める。そうすると『優勝しそうな力士』『逆に負けが続いてる力士』『地元出身の力士』『大きい・小さい力士』とかが見えてくるから、応援したい力士を探すといいね」
亀沢「あとは力士の特徴を知っているとより楽しめるんだけど、これは徐々に覚えていくしかないね。ベテラン同士の対決、技と技の勝負、巧い力士、ズル賢い力士とかね。今日のところは私が専属解説してあげよう」
私は亀沢記者の説明をありがたく聞きながら取組を観戦し、見どころを把握しつつ多少の知識も得ることができた。大相撲中継の解説者って、こういうありがたい存在だったんだなぁ。今後、事前に展開を予想できるようになれば観戦の幅が広がることだろう。
亀沢記者が「注目」と言った取組は例に漏れず、力士の名前が呼ばれた瞬間、大きな拍手が会場を包んだ。今は歓声を上げられないので、拍手の大きさが注目度のバロメーターと言えるかもしれない。
それにしても、相撲は相撲でもいろんな形があるものだ。大きい力士が小さい力士より有利なわけじゃない。年長の力士には経験と精神力がある。スピード、パワー、技などそれぞれに持ち味があり、誰1人として同じじゃないから改めて見応えがある。
・迫力が増していく取組
いよいよ十両の取組が始まるとお客さんが一気に増え、このあたりからテレビでおなじみの光景が目の前に広がってゆく。先ほど見た幕下以下の取組も十分スゴかったが、やはり関取同士の戦いは段違いの迫力だ。
中でもスゴさを感じたのがピィーンと張り詰めた立ち合いの瞬間。全てのお客さんが固唾を飲んで土俵中央を見守る光景、そして一瞬で勝敗が決する臨場感は決してテレビじゃ味わえない。このあたりは初心者の私でもビシバシと感じ取れた。
亀沢記者から力士の特徴を聞いて、取組表でデータをチェック。そして食い入るように観戦を繰り返して気づけば「結びの一番」であっという間の1日だった。大人になった今、これほど充実した日もそうはない。
個人的にこの日もっとも印象に残ったのは、意外にも幕下の一番。休場で三段目まで降格した元大関・朝乃山が、破竹の勢いで番付を駆け上がっている……というのはもちろん亀沢記者から聞いた話なのだが、とにかくこの日は朝乃山の関取復帰がかかる大事な一番だった。
ところが! 誰もが朝乃山の勝利を信じて疑わない中、勝利したのは幕下の勇磨(大阪府出身、阿武松部屋)だったのである。最後の最後まで諦めない姿勢には感動を覚えたし、名前もハッキリと覚えた。彼は私にとって初めての ”ひいき力士“ となったワケだ。
・初心者でも楽しめる
全取組が終わり国技館を出ると、すっかり日も暮れていた。名残惜しいので亀沢記者に「国技館から歩いて行ける相撲名所」を紹介してもらうことに。まずは甘味処の『国技堂』。
力塚で有名な『回向院(えこういん)』。
それから相撲部屋めぐり。両国ってマジで相撲部屋がゴロゴロあるんだな、全然知らなかった。
ここで力士たちが稽古をしていると考えるとアツくこみ上げてくるものがある。この時ふと、私は以前の職場でプロレス好きの上司のオジさんに言われた言葉を思い出していた。
「現地に行かないのに軽々しく好きだと言うな」「リアルタイムで見ていないならファンを名乗る資格はない」
今思えばあのころ、私はテレビやネットから得た知識だけで「好き」を語っていた。長年、全身全霊でプロレスにお金と時間を注いでいた彼にとって、私のようなニワカが一丁前にファンを名乗ることが許せなかったのだろう。
当時、若かった私は「めんどくせえな」と感じたものだが、今ならなぜ怒られたのか分かる。今日、私が生で観た大相撲のスゴさは決してテレビや紙面で感じられないものだったからだ。そして国技館にいるファンたちが、その大相撲を支えているのである。
私は今日、ようやく大相撲初心者のスタートラインに立った。「大相撲ファン」を名乗れるまでには、まだまだ長い道のりを要するだろう。しかし、踏み出さないことには何も始まらない。思い切って最初の一歩を歩むべきなのだ。
亀沢記者にお礼を告げ、かくして私の大相撲観戦は終わった……のだが、気持ちのたかぶりを抑え切れないので相撲を取ってみることにした。
・vs砂子間記者
どうせ勝負をするなら、編集部内で体が大きく一番強そうな砂子間記者がいい。ぶっちゃけ無理ゲーな感じしかしないが、今の私には勇磨の精神が宿っている……気がする。ビビるな! いける!!
はっけよい……
のこった!
相撲をなめるな!!!!
<完>
執筆:原田たかし
Photo:RocketNews24.