プーチン氏を喜ばした世論調査結果

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ロシアのプーチン大統領が2月24日、ロシア軍をウクライナに侵攻させて以来、欧州連合(EU)は厳格な対ロシア制裁を実施してきた。制裁の中にはロシアのクリミア半島併合時にも実施されなかった国際銀行間通信協会(SWIFT)の国際決済ネットワークからロシアの銀行の排除のほか、ロシア産天然ガス、原油禁輸制裁などの実施、ないしは実施予定であり、ロシアの国民経済は大きな影響を受けている。

ロシア「国旗の日」で演説するプーチン大統領(2022年8月22日、クレムリン公式サイトから)

プーチン大統領は5月、サンクトぺテルブルクで開催された「国際経済フォーラム」で、「欧米諸国の経済制裁は我が国の経済にダメージを与えていない」と表明した。欧米諸国側はプーチン氏の発言を強がりと受け取り、制裁の効果が間もなく出てくるだろうと期待してきた。

ところで、制裁の効果を待ってきた欧州諸国でEUの対ロシア制裁を見直すべきではないか、といった声がまだ小さいが、聞かれ出してきたのだ。新型コロナウイルスの感染後、久しぶりの夏季休暇を楽しんできた欧州国民の間に、「ロシア産ガスの供給が途絶えれば、ひょっとしたらこの冬は暖房も入らない部屋で寒さを我慢しなければならない」という懸念が次第に現実味を帯びてきたのだ。ウクライナ戦争後、エネルギー価格の急騰、物価高が重なって欧州人の生活も次第に厳しくなってきたのだ。

例えば、EU加盟国オーストリアで対ロシア制裁の見直しを求める声が高まってきている。オーバーエステライヒ州とチロル州の州知事が、「対ロシア制裁は戦争の和平実現に貢献しているか、それとも欧州にダメージを与えているだけか」と自問し、「制裁がロシアを停戦に導くより、欧州の国民経済に大きなダメージを与えている」と言い出したのだ。

その発言がオーストリア通信(APA)を通じて発信されると、欧州議会のカラス副議長は21日、「対ロシア制裁の撤廃、ないしは緩和を主張する者は欧州の統合を弱体化するものだ、それは野蛮な拡張主義を展開させるプーチン氏の思う壺にはまることになる」と強く警告を発した。

対ロシア制裁の見直し論に対し、オーストリアでは「緑の党」、リベラル政党「ネオス」などの政党は反対、極右政党「自由党」は国民投票を実施して、国民の意思を問うべきだと言い出している。見直しを支持するのは与党「国民党」の中に多い。そのため、対ロシア制裁見直し論争は与党国民党内の争いの様相を深めてきた。ネハンマー首相は22日、「わが国は現時点では対ロシア制裁の見直しを考えていない」と述べ、制裁見直し論がエスカレートしないように冷静を呼び掛けている。

ちなみに、オーストリア日刊紙「エステライヒ」が22日、「EUの対ロシア制裁を緩和すべきか」という世論調査を複数のメディアと共同で実施した。それによると、「制裁維持」19%、「一層の強化」は20%であった一方、制裁の「完全撤廃」26%、「緩和」12%だった。未決定は23%だ。すなわち、対ロシア制裁の緩和、撤廃を願う国民は38%になり、維持、強化は39%とほぼ拮抗していることが明かになったのだ。

モスクワのクレムリンでその世論調査結果を聞いたプーチン氏は、「そらみろ、自分が考えたように、欧州は我が国への制裁で2分してきた」と強調し、久しぶりに笑顔を見せたかもしれない。

対ロシア制裁について、「効果があり」という意見と、欧米諸国がよりダメージを受けているという見方がある。経済学者でノーベル経済賞受賞者のポール・クルーグマン氏は今月2日付けの米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、「欧米側に物価の高騰や経済成長の後退リスクは見られるが、効果はみられる」という立場だ。

どのような効果かというと、ロシアは欧州向けの天然ガス、原油の輸出が縮小したが、その分、トルコ、中国、インド向けに輸出しているから、ロシアの輸出はあまり変化はないが、輸入で大きな影響が出てきている。欧米側のハイテク工業製品が輸入できないので、自動車や飛行品の部品が手に入らないからロシアの工業生産量は減少し、停止に追い込まれてきているというのだ。その意味で、「効果あり」というわけだ。

欧州の「脱ロシア」が今後も進展していくと、制裁措置とその実効性はさらに明らかになってくるわけだ。ただし、ロシアの銀行が国際決済網であるSWIFTから排除されたが、対象銀行が一部にとどまっているため、ロシアの貿易活動が急減するという事態はまだ見られない。

問題は、ロシアの国民経済の行方というより、制裁する側の欧州の結束だろう。オーストリアの与党関係者の中に見られるような「制裁見直し」論がこれ以上高まってくるならば、対ロシア制裁はその効果が出る前に緩和される、といった状況も考えられる。

ナポレオン1世が率いる軍隊は1812年、ロシア遠征の戦いで厳しい寒さに直面し、敗走を余儀なくされていった。ロシアとの戦いは常に冬が山場となる点では今も変わらないわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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