ADHD治療薬の処方箋をオンラインで提供するスタートアップ「Cerebral」はSNSに広告を出しまくって急成長した

GIGAZINE
2022年06月13日 07時00分
メモ



メンタルヘルスに関するオンライン診療サービスを提供するスタートアップ・Cerebralは、メンタルヘルスに問題のある患者をオンラインで診察し、うつ病・不安障害・ADHDなどの治療薬の処方箋を出すビジネスを展開して2021年に急成長しましたが、2022年5月には規制物質法違反の疑いでニューヨーク東部地区の連邦地検から召喚状を受け取るなど、ビジネス慣行に厳しい目が向けられています。そんなCerebralが急成長した背景や抱えている問題について、アメリカの大手日刊紙であるウォール・ストリート・ジャーナルがまとめています。

Startup Cerebral Soared on Easy Adderall Prescriptions. That Was Its Undoing. – WSJ
https://www.wsj.com/articles/cerebral-adderall-adhd-prescribe-11654705250

Cerebralの共同創業者であるカイル・ロバートソン氏は、オハイオ州シンシナティで精神科医と心理療法士の両親の元に生まれ、若い頃はメンタルヘルスの問題に苦しんでいたことがあるとのこと。そこで2018年にペンシルベニア大学の修士課程を中退し、オンライン予約でED治療薬などを販売するスタートアップ・Hims & Hers Health Incで働いていた医師のHo Anh氏とチームを組み、メンタルヘルスの問題を抱える人にオンライン診療で処方箋を出すスタートアップとしてCerebralを創業しました。

創業当初のCerebralは、顧客に月額85ドル(当時のレートで約9300円)で「投薬管理プラン」のサブスクリプションサービスを提供し、一定レベルの診療が認められているナース・プラクティショナーと30分のオンライン面接を行い、一般的な抗うつ薬であるレクサプロ(エスシタロプラム)などの処方箋を出すビジネスモデルを展開していました。ところが、このモデルでは多くの顧客が約3カ月間ほどでサブスクリプションを解約してしまうため、2020年5月時点の売上高は月額30万ドル(当時のレートで約3300万円)程度だったとのこと。そのため、ソーシャルメディアに出した広告費のコストを回収できなかったそうで、Cerebralは何か別の収益源を求めていたそうです。

そこに発生したのが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックです。都市封鎖などの影響により、「メンタルヘルスの問題を抱える患者が医師に直接会えない」という問題が発生したため、連邦政府はオンライン診療で処方できる薬の制限を緩和。その中には強い興奮作用を持つアンフェタミンを含み規制薬物に指定されているADHD治療薬・アデラル(アデロール)も含まれていました。

アデラルはADHD治療薬としてだけではなく、集中力を高めたり眠気を飛ばしたりする「スマートドラッグ」としても人気のある薬物です。Cerebralは早くも2020年6月のプレゼンテーションでADHD治療を開始することを計画しており、アデラルの処方開始により多額の利益を得られるとアピールしていたとのこと。


2021年3月からADHD治療を正式に開始したCerebralは、アデラルの処方がサブスクリプションを長期契約する顧客獲得につながることを発見しました。後の投資家向けプレゼンテーションでも、「ADHD患者はうつ病や不安障害の患者よりも価値がある」とCerebralは述べています。

2021年秋までにCerebralの有料サブスクリプションユーザーは10万人近くに達し、従業員を約2500人抱えるほどに成長。2021年の売上高は前年比10倍の1億ドル(当時のレートで約110億円)となり、評価額も48億ドル(約5300億円)となりました。なお、ADHD患者への処方が売上高に占める割合は20%だったとのこと。

ロバートソン氏は需要に追いつくために臨床医の雇用を急がせ、ある時点では1週間に200人の臨床医を雇うように指示したとのこと。ADHDや双極性障害の診断や治療はうつ病や不安障害よりも複雑で困難なため、精神科医療の特別な訓練を受けた精神医療メンタルヘルスナース・プラクティショナー(PMHNP)を雇う必要がありましたが、CerebralはPMHNPの資格を持たないナース・プラクティショナーも多数雇っていたことが判明しています。また、中には前年にマネーロンダリングの有罪判決を受けて収監を控えていたナース・プラクティショナーや、一部の州で医師免許を剥奪された人物なども雇っていたそうです。

また、Cerebralは2020年から2021年にかけてマーケティング予算を10倍に増やす計画を立てており、2022年1月~5月にはTikTokだけで1300万ドル(約16億円)もの広告費を投入したとのこと。CerebralがSNSに掲載した広告は「ADHDの治療が過食・肥満を防ぐ」と主張したり、「ぼうっとする・忘れっぽい・おしゃべり」といった多くの人に当てはまる特徴をADHDの症状だとして治療を促すなど、若者を食い物にするとして非難されています。すでにInstagramやTikTokは、これら一部の広告がポリシーに反するとして削除しています。

TikTokでは若者を食い物にする「ADHDの自己診断や治療をオススメする広告」が許可されている – GIGAZINE


結局Cerebralの広告は多くの人々を引きつけ、20以上の州で数万人ものユーザーが殺到しましたが、その中には明らかにADHDではないが薬を欲しがる人々もいたとのこと。本来、一般的な精神科医は患者が本当にADHDか見極めるため少なくとも90分間の調査が必要としていますが、ロバートソン氏はコストの上昇やシステムの混乱を理由に診療時間の延長を拒否したと報じられています。また、元従業員からはロバートソン氏がより多くのADHD患者にアデラルを処方することを望んでいたとの指摘もあります。

急成長を遂げたCerebralでしたが、2022年5月にニューヨーク東部地区の連邦地検が規制物質法違反の疑いで調査に乗り出した後、取締役会によってロバートソン氏がCEOを辞任させられ、一部の従業員をレイオフ(一時解雇)する計画を明らかにするなど暗雲が立ちこめています。また、同月には新規患者への規制薬物の処方を停止する方針を示しました。

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