習近平がグローバル派で、ジャック・マーが反グローバル派です

アゴラ 言論プラットフォーム

こんにちは。

今日も、おもしろいご質問をいただいておりますので、お答えしたいと思います。

ご質問:「中国国家主席の習近平がグローバル派で、アリババ創業者のジャック・マーは反グローバル派」とお考えだそうですね。てっきり反対だと思っておりましたので、どうしてそうお考えなのか、理由をお聞かせください。

お答え:グローバル派と反グローバル派は、世界を股にかけて活躍している人か、一国あるいは一地域にとどまっている人かで区別すべきではないと思っています。

習近平国家主席とアリババグループやアントグループの創業者・元CEOジャック・マー=馬雲氏 Wikipediaより

グローバル派とはエリート主義者のことです

私の考えでは、グローバル派とは「できるだけ優秀な人材を集めて、できるだけ広い地域で大勢の人を自分の支配下に置きたい」と考えるエリート主義者のことで、反グローバル派とは、それに反対するすべての人たちのことです。

ですから、反グローバル派の中には、エリート主義が嫌いだという人もいますし、世界全体がひとつの政府のもとに統一されることを不快に感じる民族主義者もいると思います。

習近平はすでに中国という世界最大の人口を擁する大国の国家元首になっていますから、自分の現在の地位を危険にさらすような野心を表に出すことはないでしょう。ですが、もしチャンスがあるなら世界統一政府の元首になりたいと思っているはずです。

逆に、クラウス・シュワブは、今のところひんぱんにエリート主義者たちが意見交換をする場所を提供しているだけの私人という気楽な立場ですから、堂々と世界支配の野望について語ることができるのでしょう。

アリババ創業者のジャック・マーについて、ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスやマーク・ザッカーバーグと似たようなエリート主義者だとお考えの方もいらっしゃるようですが、私はまったく違うタイプの人だと思っています。

彼が中国当局の逆鱗に触れた理由は、国有企業という名の既得権益団体に融資という名の利権をばら撒くだけの存在になっている中国国有大銀行グループすべてを批判して、「エリートによる大衆操作のための銀行から、大衆が自立するための銀行へ」という大胆不敵な改革を主張したことです。

そのジャック・マーがグループ傘下の金融会社、アント集団に開発させた銀行口座を持っていない人でもキャッシュレス取引ができる仕組みが、彼に招かれてゴールドマン・サックス副会長からアリババ集団社長に転じた人間によって、世界市民総監視体制の道具に使われようとしています。

ジャック・マーは今も名誉職的な立場でアリババ集団内で生き延びているようですが、絶対に不愉快に思っているに違いないこうした流れを押しとどめることは、もう現在の彼には不可能でしょう。

エリート主義者に取ってすべては支配のための道具

エリート主義者の特徴は「大衆が言いたいことを言い、やりたいことをやる社会は絶対にうまく機能しない。だから、我々エリートが彼らを教え導いてやらなければならない」という信念を持っていることです。

つまり、彼らにとっては自分たちが支配者として権力をふるうことが最高の善なので、そのためには大勢の人たちが多大な被害をこうむるようなことも平然とやってのけます

現代中国を見ていてとても分かりにくいのは、習近平を始めとする中国共産党の幹部党員たちが、中国人の大多数が貧しくなるに決まっている方針をとっていることです。

でも、これもまた、あまりにも理不尽な政策をごり押しすることによって、やむにやまれず党内反対派が批判勢力として浮かび上がってきたら、その連中を一網打尽にしてますます自分たちの権力を確固としたものにすることができるなら、当然しょいこむべき負担だと考えているのでしょう。

アメリカも似たようなものですが、現代中国経済はどこがどう悪いというより、どこか1~2ヵ所でもまっとうに機能しているところがあるのかと思うほどの、深刻な機能不全に陥っています。

土地売却益激減は自業自得

たとえば、中国政府は昨年の経済活動低迷によって激増した税の還付金と生産活動縮小の影響で約2兆5000億元、おととしあたりからやっていた大手不動産業者叩きによって公有地が売れなくなってしまったことによる逸失利益で3兆5000億元、合計6兆元(約1兆ドル弱)の財源不足で、景気刺激として打てる手は何もない状態だと言われています。

ところが銀行業界には預金が溜まり続けていて、これをほとんどタダに近い金利で貸し出そうとしても、借り手がいない状態なのです。

企業による社債発行はどうかというと、どうやら今年の5月には新規起債高が既存の社債の償還高を下回ってしまい、純起債高がマイナスとなったようです。


従来の中国経済では、切実に運転資金や成長原資を必要としている企業は外貨(ほとんど米ドル)建ての社債を発行して資金調達をしてきました。ところが、過去2~3年政府が大手民間不動産業者を潰しにかかり、しかも外債はデフォールトしても国内債はきちんと元利を払いつづけるようにと指導してきました。そこで、中国の外貨建てハイイールド(ジャンク)債の総合利回りは、なんと過去5四半期連続でマイナス、しかも直近3四半期は10%を上回る損失続きとなっています。


当たり前のことですが、その結果中国企業の株や債券から外国人投資家が大量に資金を回収にかかっています。

 これだけ中国経済全体が悪くなっても、それでも資金需要の旺盛な数少ない企業を一生懸命潰して、経済成長の芽を摘むような愚行にふけっているわけです。習近平がとくに恒大集団という中国で最大の負債総額をしょっていた不動産開発業者をいじめ抜いてきた背景には、この会社のCEOが習近平体制にとって大きな反対派勢力となりうる上海閥の政治家と親しかったからだという説があります。

税収面でも国有地払い下げ収入面でも非常に国家財政に貢献してくれる不動産業者を叩きながら、銀行が貸したがっているカネの借り手がいないと嘆くのは、おかしいでしょう。

また、政府は資金回収に困った開発業者が、コンクリート壁に穴が開いているだけで窓枠さえ取り付けていないマンションをすでに売買契約にサインしてしまった顧客に引き渡すことも放任しているようです。

その結果、新築マンションを中心に中国の大衆のあいだで住宅取得意欲は極端に低くなっています。これもまだ公式発表ではない実績見込みですが、今年5月の住宅販売高は前年同月比で60%も減少という惨憺たる結果だったようです。

住みようがないほど未完成部分の多すぎる家を押し付けられても泣き寝入りということでは、需要が冷えこんで当然でしょう。

こうした問題の大多数は、コロナによるロックダウン騒動が始まるかなり前から顕在化していたことです。

むしろ、これだけ経済が悪化している中で、多少なりとも良識を持った政治家ならやるはずがない「コヴィッドゼロ」政策をあえてごり押しすることによって、いたたまれなくなって現政権を批判する勇気ある人たちが出てくるのを待って、反対派つぶしのきっかけにしようとしているのではないでしょうか。

中国経済最大の欠陥は利権社会化

私は、中国経済が抱える最大の問題は、国民の貯蓄の大部分が国有企業、人民解放軍、地方自治体などの利権集団に吸い取られてしまって、健全な発展を図ろうとする民間企業は成長原資をユーロダラーなどの国際金融情勢の変化で大幅に変動する資金に頼らざるを得ないことだと思っています。

たとえば、次のグラフをご覧ください。


国際金融危機に直面するまでは比較的順調に拡大していたユーロダラー市場は、その後約14年間で現在進行中のものをふくめて5回の危機に見舞われています。そしてユーロダラーが危機に瀕するたびに中国製造業の総利益率下急落し、その一方で生産者物価が急上昇してきました。もうひとつ非常に興味深いグラフもあります。


このグラフのおもしろいところはふたつあります。ひとつは原図の注釈にもありますように、ロックダウンによる大底の深さを度外視しても、中国の景況感は深刻に悪化していることです。もうひとつは第4次ユーロダラー危機と第5次ユーロダラー危機のあいだに小さな小春日和的な時期があったときの政府と民間調査会社の反応の差です。民間企業である財新メディアは、ここを先途と思いっきり景況感が改善したと主張したのですが、政府公式発表はまったくそっけないものでした。もう習近平政権は、外人投資家をだましてまで「中国経済の高成長は永遠ですよ」と資金を呼びこむ必要を感じていないのでしょう。

ただ、それは国内の資金循環が健全化したからではありません。


ご覧のとおり、ユーロダラーの供給が減少するたびに、中国政府は大銀行の法定準備率を下げる必要が出てくるし、業績不安で元は安くなり、外貨建て債務の負担は重くなる構造にはまったく変化はありません。ようするにもう外資頼りの成長から抜け出したというわけではないのに、中国政府としてはその外資が自国に入ってくるのを拒む政策を続けているのです。これでは、数少ない成長展望豊かだった企業がますますやせ細っていきます。小売売上高からも、まったく同じ状況が読み取れます。


中国では毎年春節(日本で言えば旧正月)にあたる1月末から2月初めの消費シーズンの余熱が消えた4月が大底になります。今年4月の消費水準は、去年より低かっただけではなく、2019年の水準より低いのです。これはどう考えても、2020年を唯一の例外に去年まで毎年6~8%の経済成長が続いていた国とは思えない状態です。小売売上高とは逆に、個人世帯へのローン貸与は、めったに新築住宅の着工や売買契約の締結はしない春節を過ぎたころから本格化します。

ところがその個人世帯へのローン貸与にも異変が表れています。


今年は2月が前月比マイナスだっただけではなく、4月もマイナスになっていたのです。あまりにもひどい住宅をつかまされた世帯が多すぎたのでしょうが、2戸か3戸の分譲住宅を買って、処分する住戸の転売益で住みつづける住戸のローン完済を早める所帯が多いので、住宅市場の低迷が経済全体に及ぼす影響も大きいはずです。さて中国経済全体の対外債務残高を見ると、まだ増加率が下がっているだけで減少には転じていません。


しかし、第4次と第5次を比べると、ユーロダラー危機を取り巻く国際情勢は、第5次のほうがはるかに緊迫しています。そして、中国で急成長している民間企業の多くが、外資頼りの資金調達を脱却できていない状態です。もちろん、中国政府が輸出代金を人民銀行に一括管理させて、ほとんど金利も入らない米国債として塩漬けにしている政策をやめて、元に転換して国内有望企業に貸せる状態にすれば、さしたる苦労もなく改善できる問題です。しかし、中国共産党指導部は、手元に資金が残ればほとんど全部既得権益団体に利権としてばら撒いてしまう禁治産者(現代民法では要後見人と言うそうですが)であることを自覚しています。

だから、さすがにそれはできずに徐々に低下する成長率と向き合う必要に迫られているのです。

こうして、中国経済の成長経路と、その節目ごとの中国共産党全国代表大会の中心テーマを見ていると、徐々に正直になってきたなという感じがします。ただ、その正直さには「どうせ我々にはできない経済活性化を許せば、権力が我々の手から離れてしまう」という理由でまっとうな経済への転換を拒否するエゴイズムが隠れているわけですが。

ちなみに、クラウス・シュワブは今でもエリート主義的な全面監視社会化を推進している中国を友邦扱いしていますが、スラブ民族主義者集団であるロシア国民は敵視しています。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。

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