メモ
by UN Women
2022年2月にウクライナ侵攻を開始して以来、ロシア軍はウクライナの学校や病院、民家などの非軍事施設にも見境なく攻撃を加えており、これにより命の危険を感じたり家を焼け出されたりした多くのウクライナ人が国外に避難しています。こうした攻撃は、ロシアが精密攻撃を行う能力を失っているのが原因だとする人もいますが、専門家は「ロシアがウクライナの市民を攻撃しているのは、故意に難民を発生させヨーロッパを不安定化させることを狙ったロシアの戦略」と指摘しています。
The big exodus of Ukrainian refugees isn’t an accident – it’s part of Putin’s plan to destabilize Europe
https://theconversation.com/the-big-exodus-of-ukrainian-refugees-isnt-an-accident-its-part-of-putins-plan-to-destabilize-europe-182654
国連難民高等弁務官事務所の発表によると、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻してからウクライナ国外に避難した人の数は、5月下旬の時点で680万人を越えているとのこと。避難先のほとんどはヨーロッパですが、日本にも1000人以上のウクライナ人が避難しています。
難民の多くを受け入れているEUは、ウクライナ難民がビザなしで加盟国27カ国に入国し最長で3年間生活することを認めています。また、アメリカの民泊仲介サービス大手のAirbnbが最大10万人のウクライナ難民に無償で一時滞在先を提供することを打ち出すなど、世界各国では官民をあげたウクライナ難民の受け入れが進められてきました。
しかし、避難の期間が長引き避難者の数が増大するにつれて、ウクライナ難民に同情的なムードが薄れつつあることが指摘されています。例えば、ポーランドの首都・ワルシャワでは侵攻開始から人口が15%も増加したとのことで、ラファル・トラスコウスキー市長は記者会見で「ほとんどの負担は私たちにあります」と述べて、EUやポーランド政府の難民政策を批判し、受け入れ体制の見直しを求めました。
非営利のシンクタンクである世界開発センターの分析では、ウクライナ難民の受け入れにかかる費用は、最初の1年だけで300億ドル(3兆8300億円)に達すると見積もられています。この費用は、既にシリアやイラクから多くの難民を受け入れている上に、近年の高いインフレ率にあえいでいるヨーロッパ経済にとっての新たな課題になる可能性があります。
ノーザン・アイオワ大学の人類学者として人口の大量移動を研究してきたマーク・グレイ氏によると、紛争や災害により移住を余儀なくされた、いわゆる強制移動の増加と安全保障上の懸念との間には、しばしば関連性があるとのこと。
特に、ロシアには人々の大量移動により発生する社会的な負担や政治の不安定化をツールとして利用する傾向があります。プーチン大統領は2015年に入りシリア内戦に積極的に介入し、シリアのアサド政権を支援しました。このころ、ヨーロッパでは中東からの難民や移民が大量に流入する難民危機が発生しましたが、そうした人々の大半はアサド政権が市民を爆弾などで脅迫したことにより避難を余儀なくされた人々だったとのことです。
by EU Civil Protection and Humanitarian Aid
ヨーロッパ難民危機では、難民や移民への対応を巡りEU内で政治的緊張が高まったほか、イタリアやドイツなど大量のシリア難民を受け入れた地域では反移民・民族主義的な公約を掲げる政党が台頭することになりました。また、難民危機はイギリスのEU脱退、いわゆるブレグジットの争点の1つにもなりました。
こうした事態を受けて、2016年当時NATOの軍事司令官を務めていたアメリカ空軍の元大将であるフィリップ・ブリードラブ氏は、「プーチン大統領とアサド大統領は、ヨーロッパを圧倒してその決意をくじくために、意図的に難民を武器にしている」と発言しています。グレイ氏によると、こうしたロシアの戦略は「宗教や民族、言語の差異から敵対国の政治的緊張を悪化させる」というソ連時代からの戦略である「民族工学(ethnic engineering)」によるものだとのことです。
移民がさらに直接的に「武器」として使われたケースもあります。ウクライナ侵攻の直前である2021年11月に、プーチン大統領の政治的盟友であるベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領は、イラクなどから来た人々に「ベラルーシに来ればEUに入るのを助ける」と約束し、ベラルーシからポーランド国境までの無料輸送を提供しました。
これに対し、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「これは移民危機ではありません。権威主義的な政権が、民主的な近隣諸国を不安定にしようとする試みです」と非難しました。また、アメリカの国務省のネッド・プライス報道官も「ルカシェンコ政権の行動は、安全保障を脅かし、分断の原因をつくり、ロシアによるウクライナ国境での行動から注意をそらそうとしている」として、ベラルーシが移民を利用しているとの見方を示しています。
こうした点からグレイ氏は、「2022年2月からのウクライナ侵攻でも、ロシア軍はシリア戦争における戦術を繰り返し、ウクライナの民間人を標的にして人々をウクライナから脱出させています。これまでのところ、ヨーロッパの指導者たちはウクライナ難民の急増を危機とはみなしていません。これは、ウクライナ人には白人のキリスト教徒が多いからだと言う専門家もいますが、文化的・民族的な類似性が必ずしも政情不安を防ぐとは限りません。プーチンは、経済的な不安がハンガリーやフランスなどにおける移民排斥の動きを助長していることを理解しています。これはEUの団結、ひいてはヨーロッパの安全保障にとっての新たな脅威となりかねません」と警鐘を鳴らしました。
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