2020年12月27日の記事を編集して再掲載しています。
生きているといろんな体験をしますね。
中にはかなりしんどい体験もありますね。頭痛、吐き気、対処法がよくわからない謎の痛み。それらが束になって襲いかかってくると、まるで終わりのないジェットコースターみたいにスリリングな人生を味わうことになりますね…。
ある程度ルーティーン化した苦しみはしょうがないとして(二日酔いなど?)、得体の知れない苦しみは恐怖さえも呼び起こします。たとえば、体は動いていないのにただ下へ、下へと落ち続けるあの奇妙な感覚。
あれはどこから来ているのでしょうか。あれがきたら、どのように対処すればいいのでしょうか?
今回の「Giz Asks」では、医療専門家にこの謎について伺ってみました。
めまいにもいろいろある
Helen S. Cohen(ベイラー医科大学耳鼻咽喉学教授)
自分の体が動いていないのに、あたかも動いているかのように感じる錯視的な感覚をめまい(vertigo)と言います。落ちているような感覚かもしれませんし、ぐるぐる回ったり、ゆるやかに揺さぶられている感覚に近いときもあります。
これと関連して、自分は動いていないのにまわりの世界が動いているように感じることを動揺視(oscillopsia)と言います。そして、めまいや動揺視を体験する人は、前庭器官(vestibular system)になんらかの異常がみられるケースがほとんどです。
前庭は平衡感覚をつかさどる器官です。内耳の奥深くに骨迷路と呼ばれる空洞があり、そこに位置するふたつの受容器が加速度センサーのような役割を果たしています。これらのセンサーは、あなたがどの方向へどのぐらいのスピードでどのくらいの距離を移動したかという情報を脳に送っています。前庭器官のこの働きがなんらかの病理によって影響されると、めまいや動揺視を引き起こす場合があります。
また、前庭器官になにも異常がみられない場合でも稀にめまいを感じることもあります。たとえば子どものころ、すばやくクルクルと回転を繰り返してから、動きを止めたあともまだ回っているかのような感覚を楽しんだことはありませんでしたか? めまいです。波が高い日にボートで漕ぎ出して、帰ってきてからもまだ波に揺さぶられているように感じたことは? あれもめまいです。どちらの場合においても、前庭器官から送られてきた情報を受け取った脳が過剰に刺激され、その情報を一時的に保存してしまうために、平衡感覚の情報を更新するのが滞ってしばらくめまいのような感覚が続くのです。
もっと身近な例もありますよ。映画館の暗闇の中、前方の巨大スクリーンに映し出される大迫力のカーチェイスシーンを鑑賞しながら、ふと自分も動いているかのように感じたことはないですか?これは映像によってもたらされるめまいです。前庭器官から脳へ送られる情報が視覚によって補われているために起こります。逆に、視覚情報に刺激されて脳が前庭器官のスイッチを入れることにより、じっとしているのにも関わらず動いているような感覚を味わうこともあります。
転がる耳石がめまいを引き起こすことも
Erik S. Viirre(UCサンディエゴヘルス神経科学教授、神経耳科医)
落下しているような感覚を引き起こすもっとも一般的な疾患は良性発作性頭位めまい症(Benign paroxysmal positional vertigo: BPPV)と言って、よくあることです。(訳注:アメリカでは)年間何千万人もの人が経験していますし、私もこれまで何千人もの患者さんを診てきました。原因は、ふだん私たちが平衡感覚を保つために使っている内耳のバランスセンサーの故障です。
内耳のバランスセンサーにはふたつのパーツがあります。そのうちのひとつ、耳石器(otolith organ)は重力方向を含む直線加速度を感知します。もうひとつの半規管(semicircular canal)は回転加速度を感知します。
耳石とは炭酸カルシウムでできた小さな結晶で、ゼリー状の糖タンパク層でできた耳石膜の中に埋めこまれているのですが、頭の動きとともに揺らされることにより感覚細胞を刺激し、傾きを感じるしくみになっています。ところが、ひょんなことからこの耳石が抜け落ちて、半規管へと転がりこんでしまうことがあります。
このような状態のままで首をもたげたりして頭のポジションを変えようとすると、耳石が半規管内を満たしているリンパ液の中を自由に動き回って回転加速度センサーの働きを妨げますから、ひどいめまいに襲われます。しかし、時間が経てばこの耳石は溶けて、自然に消えていきます。
さらに、この状態をたった2分で直す医学的処置もあります。「エプリー法」というめまいの治療法なんですが、決まった方法で頭を動かしていくことにより半規管から耳石を取り出し、ひどいめまいなどの症状を緩和できます。
間違った方向に頭をかしげるだけで激しいめまいに襲われる症状に20年も30年も悩まされ続けてきた患者さんが、この処置によりたった数分で完治していますよ。
ストレスが原因で「落ちている」感覚が生じることも
Alaina Bassett(南カリフォルニア大学臨床耳鼻咽喉学助教。同大学バランスセンター長を兼任)
内耳の奥にある前庭器官は、頭の位置を重力との関係性から把握するのに役立っています。私たちは空間を移動するとともに、常に頭の直線変位と角運動を感知しています。前庭は頭の両側に5つずつ、全部で10の器官から成り立っており、この前庭器官のおかげで三次元ベクトル上の動きを敏感に感知できているのです。
さらに、前庭器官だけに頼らず、視覚と体性感覚も融合することにより、私たちは動き続けながらも安定した視界を確保し、手足をバランスよく動かして転ばないように体を動かすことができています。
転ぶこと、または転んだり落ちたりする感覚は、この前庭器官の機能不良によるものです。もし前庭器官が正常に機能していないために自分の空間的な位置を把握できなくなったら、落下を防いで安全を確保するために視覚と体性感覚に頼ることになります。この場合の「落下」とは、外部からの力が働いていない状況でより低い位置に静止することだと定義できます。通常、私たちは体を動かしている時に落下を経験しやすくなっています。
反対に、体は静止しているのに落下している、または体が動いているように感じることもあります。前庭器官内で起こっている特定の変化が急な「ひっぱり」または「突き落とす」感覚を生み出し、もし着席していない場合は実際に落下を経験することにもなりかねません。
心臓血管機能の変化、ストレスや不安の増大、神経学的な状態によってもこの落下しているような感覚、または自分の頭が空間のどこに位置しているのかを把握できない状態を引き起こしかねません。もしこのような落下する感覚を頻繁に経験したり、特定の行動に伴って落下を経験したりする場合は、すみやかに医師に相談することをおすすめします。