プーチン氏との対面会談は無意味か

アゴラ 言論プラットフォーム

オーストリアのネハンマー首相は11日午後モスクワを訪問し、ロシアのプーチン大統領と会談した。モスクワからの情報では、会談は75分に及んだ。共同記者会見はなく、ネハンマー首相は在モスクワのオーストリア大使館で会談内容を正式に発表する予定だが、会談直後、待ち構えていた記者団に対して、「プーチン氏には語らなければならない全てを伝えた。ハードな会談だった。ウクライナで犠牲者が出ている限り、ロシアに対する制裁は継続されること、ブチャなどの戦争犯罪問題の全面的解明が必要であること、ロシア軍に包囲されている地域の住民救済のために人道回廊の設置が急務だなどを伝えた」と答えている。

プーチン大統領とネハンマー首相の会談を報道するオーストリア民間放送OV24TV(2022年4月9日)

ネハンマー首相は欧州連合(EU)首脳としては今年2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻以来、プーチン大統領と対面会談した最初のEU首相となった。マクロン仏大統領やショルフ独首相はこれまでプーチン氏と何度か電話会談をしたが、対面会談は避けてきた。ロシア軍のマリウポリの廃墟化、ブチャの民間人虐殺など戦争犯罪を繰り返すプーチン氏との会談について、EU内で、「戦争犯罪人プーチン氏との対面会談は目下、意味がない」といった批判的な声が支配的だ。

会談はネハンマー首相のイニシャチブによる。同首相の説明によると、モスクワ訪問、プーチン氏との会合については事前に、ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長、ミシェルEU理事会議長、ショルツ独首相、トルコのエルドアン大統領、そしてゼレンスキー・ウクライナ大統領にも通達済みだったという。

ネハンマー首相は9日、ウクライナの首都キーウを訪問し、ゼレンスキー大統領と45分間会談し、ロシア軍と戦うウクライナに連帯を表明した後、キーウ郊外のブチャの虐殺現場を視察したばかりだ。

アルプスの小国オーストリアの戦争の調停工作に対し、「政治的にウエイトが大きくないEU加盟国がウクライナ戦争の調停を演じることは難しい」といった指摘が聞かれ、独大衆紙ビルドは「哀れな首相」と揶揄する見出しで報道、「ネハンマー首相は過大な自己評価に陥っている」と答えたウクライナ外交官のコメントを掲載していた。

オーストリアは終戦後、10年間の4カ国占領統治期間(米英仏ソ)を経た後、1955年に中立主義を国是とした。同国は1995年にEUに加盟したが、北大西洋条約機構(NATO)には加盟していない。ウクライナ危機について首相は、「わが国は軍事的には中立だが、道徳的には中立ではない」と強調、戦争犯罪を繰り返すロシアに対しては厳しく批判してきた。

オーストリアはEUの対ロシア制裁を支持し、追加制裁にも同調、ブチャの民間人虐殺を受け、4人のロシア外交官国外退去を命じたばかりだ。ただし、ウクライナへの武器供給は中立国という理由で拒否。また、ロシア産天然ガス禁輸制裁に対してはドイツやハンガリーなどと共に反対している。同首相はキーウでの記者会見の中で、「わが国のエネルギー事情から判断すれば、ロシア産ガス供給の完全停止は深刻な経済的および社会的影響をもたらす」と説明し、ウクライナ側に理解を求めている。

オーストリア首相のウクライナ戦争の調停工作について、インスブルック大学の政治学者ゲルハルド・マンゴット教授は10日夜、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「ブチャの虐殺が明らかになるなど、プーチン氏の戦争犯罪が追及されている時、EU加盟国の首脳がモスクワを訪問し、プーチン氏と会談することはタイミングから見て好ましくない。ロシアの国営放送はEU加盟国首脳のモスクワ訪問を報道し、ロシアは孤立化していないと強調するだろう。ネハンマー首相のモスクワ訪問はロシア側に弁明の機会を提供するだけだ。首相はロシアとウクライナの間の橋渡し役をすると述べているが、プーチン氏はこれまで全ての橋を壊してきた張本人だ」と述べ、ネハンマー首相のモスクワ訪問を「賢明ではない決定」と批判している。

ブチャの虐殺が明らかになったこともあって、ロシアとウクライナ間の停戦に向けた外交交渉は一時停止しているが、遅かれ早かれ両国間の交渉は動き出すだろう。停戦交渉では様々な条件がテーブルに乗っているが、その一つはウクライナの中立国化だ。プーチン氏はウクライナのNATO加盟には反対し、NATOの東方拡大に強い警戒心を有している。そこでウクライナはNATOには加盟しない一方、EUに出来るだけ早く加盟する道を模索し出してきたという。

ネハンマー首相のウクライナ訪問、その2日後のモスクワ訪問、プーチン氏との会談といった一連の動きは、ウクライナの中立国化が外交交渉の舞台裏で浮上してきたことを受け、“ウクライナのオーストリア化”といった予測情報を生み出しているわけだ。

いずれにしても、戦争犯罪人プーチン氏との現時点での対面会談は政治的にも厄介な問題かもしれないが、会談をまったく無意味として最初から一蹴することは賢明ではないだろう。ウクライナ戦争で多くの民間人が犠牲となっている。あらゆる手段を駆使して停戦を実現しなければならない時だ。ネハンマー首相とプーチン大統領との会談で報告すべき新しい内容が出てきたら後日報告する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。