大企業のなかで新規事業の創出やイノベーションに挑む「社内起業家(イントレプレナー)」たち。彼らの多くに共通しているのは、社内だけでなく社外でもアクティブに活動し、横のつながりや幅広い人脈、あるいは課題を見つける観察眼やその解決につなげられる柔軟な発想力を持っていることだ。
この連載では、そんな大企業内で活躍するイントレプレナーにインタビューするとともに、その人が尊敬する他社のイントレプレナーを紹介してもらい、リレー形式で話を聞いていく。
ギフモ代表取締役の森實将氏
今回は、パナソニックのビジネスプランコンテストで出会った他者のアイデアのファンになり、それを実現すべく自らが代表となり会社を興すに至った、異例の経緯の持ち主であるギフモ代表取締役の森實将(もりざねまさる)氏。咀嚼する力が衰えた高齢者ら向けに、食材をやわらかく調理できる家電「Delisofter(デリソフター)」を開発し、食の新たな価値観を社会に広げるべく奮闘している。
アイデアを発案した「2人の女性」との出会い
——最初に、森實さんのご経歴と、ギフモという会社を設立した経緯を教えていただけますか。
僕は工業高等専門学校を卒業してから、2005年にソニーグループのソニーイーエムシーエス(現ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ)に就職しました。ソニーのプロダクトの企画から引き継いで、量産設計と製造、販売後のアフターサービスを担う会社です。
そこでは、設計と製造現場の橋渡しをする製造技術と言われる部署に在籍し、HD DVDと標準化争いをしていた頃の初期型のBlu-rayレコーダーの量産立ち上げや、ゲーム機の試作・量産の立ち上げにも関わりました。
2011年にはコーニングジャパンに転職しました。コーニングのカバーガラスはご存じの方も多いかと思います。スマートフォンのディスプレイガラスなどに使われているものですね。そこに5年ほどいた後、2016年にパナソニックアプライアンス社に転職し、主に白物家電の量産立ち上げを行いました。そこでデリソフターのアイデアを考え出した女性2人、水野(水野時枝氏)と小川(小川恵氏)に出会い、株式会社BeeEdgeからの出資を受け2019年にギフモを設立したという経緯です。
——デリソフターを発案した女性2人との出会いについて詳しく聞かせてください。
僕がパナソニックに入社した同年に「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」というビジネスプランコンテストの第1期が社内で始まりました。入社直後だったので自分が参加するのは間に合わなかったのですが、僕自身、社会的に意義・価値のある仕事に取り組みたいという思いもあったので、Game Changer Catapultには注目していたんです。
そのGame Changer Catapultのなかでデリソフターのアイデアが気になって、詳しく話を聞いたりしているうちに、すっかりそのアイデアの虜になりました。そして、アイデアを生み出した水野と小川という2人の女性の介護をしていた経験や家族でひとつの食卓を囲んで同じものを食べる大切さ、価値観、デリソフターを絶対に世に出すんだという強い思いや行動にすごく感銘を受けたんです。
彼女らがデリソフターの事業化を実現するために、仲間集めをするべくイベントを開催したときは、熱狂的なファンだった僕ももちろん参加しました。そこで製品化などを支援していく有志団体が誕生し、僕も加入して活動を進めていきました。
——そこから会社を立ち上げるわけですが、パナソニック社内で具体的に事業化するような動きはなかったのでしょうか。
Game Changer Catapultで出たアイデアは、約1年間かけてアイデアをブラッシュアップし、実際に商品化するかどうかという事業性検討を行うことになります。しかし、プロジェクトはなかなか前に進みませんでした。市場規模、投資回収、製品開発など大企業として必要とされる要件を満たすことに苦戦しました。
一方で、アプライアンス社の方では2018年に、パナソニックとスクラムベンチャーズが共同出資してBeeEdgeという新しい会社を立ち上げました。
いわゆるベンチャーキャピタルとして、パナソニックの中で眠っているアイデア、将来的に事業性のありそうなアイデアを外に切り出し、それにBeeEdgeが投資して法人化したうえで、ビジネスとして成長させるというスキームです。
第1号案件が、チョコレートドリンクを作るマシンを開発するミツバチプロダクツで、それに続く形で2019年4月にわれわれのギフモが設立されました。その前には、水野・小川と僕とでBeeEdgeに対して事業説明を行い、2人からの後押しがあり、僕が代表を引き受けて、まずは1人でギフモを始めるという形になりました。
専用カッターで繊維を断ちきり、短時間のうちに軟らかく
——そのような経緯で立ち上げに至ったのですね、それでは、デリソフターはどのような製品なのか教えていただけますか。
デリソフターは、われわれが提唱する「ケア家電」の第1弾商品ですが、どういうものかと聞かれたときには、最初はあえてハードウェアとしての機能について触れないように、お客様への提供価値を語るようにしています。
食材をやわらかく調理できる家電「デリソフター」
食べるときに困りごとを抱えている方や、年を取ったり病気・障害などで健常者と同じように食べられなくなった方は世の中にたくさんいらっしゃいます。この製品は、そういった方でもみんなと同じ食事がとれるようにするものです。家族で食卓を囲んで、同じ食事を食べることができ、デリソフターがあればそれがいつまでも続く、そういう社会を実現するための家電だと説明しています。
高齢になってくると、飲み込む力や噛む力が弱くなり、歯もなくなるなどして、通常の食事をすることが難しくなってくるため、ペースト状の介護食を摂取することになったりします。周りに家族がいると、1人だけ別のものを食べることになるわけです。
人の食べる喜びは、おいしい食材であることももちろんですが、「誰と一緒に食べるのか」というのもすごく大切なポイントなんです。家族と同じものを食べて、同じ体験を共有する、それが食べる喜びにつながるんですね。「一緒に食べることを諦めない。介護の現場の「ごめんね」を「ありがとう」に」というのが本質的なコンセプトでもあります。
——デリソフターでは食材をどのようにして柔らかくしているのでしょうか。
本体は大きな炊飯器のような外観ですが、この本体と付属品であるデリカッター、専用調理皿の3点セットになっています。たとえばお肉料理、お魚料理では、72本の刃が並んだお肉の筋切り器のようなデリカッターを食材に押し当てることで繊維を断ち切ります。一般的な筋切り器と異なる点は、お料理の形を崩さずに加工跡を目立たせずに無数の隠し包丁を入れることができる点です。次に本体に水を入れて、専用調理皿に食材を置き、5つある調理モードから選んでスタートさせればあとは待つだけです。
デリソフターの本体は、業界最高クラスの2.0気圧を発生させる高性能な電気圧力鍋の技術を応用しています。120度の高温スチームを発生し、これによって、お肉の筋繊維質を素早く分解します。筋繊維質が食べづらくする原因の1つで、長時間煮込めば分解されて柔らかくなるものなんですが、一般的な電気圧力鍋だと1.7気圧程度のものが多く、調理後に圧力を自然に減圧させる時間を要する為、1時間近く時間がかかります。
しかし、2.0気圧かつ調理後の圧力を自動で高速に減圧させる事ができるデリソフターは、短時間で長時間煮込んだのと同じ状態に仕上げることができる仕組みになっています。デリカッターで繊維を断ちきったうえで高い圧力で煮込む、この2段階のアプローチと、食材などに応じて最適化された5つの自動調理モードによって、ほったらかし調理で、時間を長くかけることなく、食材を柔らかく、食べやすくできる、ということになります。
——一般的なものと数字上は0.3気圧しか変わりませんが、2.0気圧の電気圧力鍋はなぜ少ないのでしょうか。
過去には2.0気圧相当の電気圧力鍋を出していたメーカーもございます。日本国内で白物調理家電を自社開発・生産しているところは意外と少ないんです。圧力を使う機器の販売許可を得るためには認証取得が必須で、その高い安全基準に従わなければなりません。そういうことから、現在は中国など海外のベースモデルをもとにカスタムして販売するところが多くなってきているんですね。そのベースモデルの性能がだいたい1.7気圧程度なんです。
そこから2.0気圧にするとなると、わずか0.3の違いとはいえ、安全基準をクリアするために定常圧力の3倍を加えても問題が出ないようにしなければいけません。デリソフターも、パナソニックの中国現地法人とOEM契約を結んで製造していますが、もともとパナソニックがもっていた技術・ハードウェアをデリソフターに落とし込むことで実現しています。
最近のトレンドのようになっているコンパクトな電気圧力鍋に比べると、デリソフターは重量があり、外装もゴツい。耐久性のために各部に高価な材料を使っていたりもします。ですから、家庭で使う場合は置き場所が課題になるかもしれません。
デリソフターは生の食材から料理を作るのが得意ですが、炊飯機能もありますので、炊飯器の置き換えという考え方もできます。白米や玄米を高速に美味しく炊く事ができます。また、一般的な電気圧力鍋として普通食のお料理を作る事もでき非常に優秀な調理性能を発揮します。
——調理後の写真の見た目からは、そこまで軟らかくなったとは想像できないくらいですね。
日本介護食品協議会が策定している、ユニバーサルデザインフードという食べ物のやわらかさに関する規格があります。デリソフターでもそれに沿って専門家の方と一緒に評価をしてきました。デリソフターで実現できるやわらかさは、お肉料理だと歯茎で潰せるほど。歯を使わずに済み、歯茎の軽い力でのこすり合わせでつぶせるようになります。
お野菜はよりやわらかくなって、舌に載せて上顎に押し当ててつぶせるくらい。形があって、箸で持てるのに口の中に入れると「ムースなのかな」と思うほどのやわらかさになります。