円安・ドル高が止まらない。メディアでは日米金利差拡大がその原因だと繰り返し解説しているが、そんな単純な話ではない可能性が高い。
対円でドル高は進んでいるが、ドルインデックスは98台で横這い。さらに、この1カ月の推移を見るとウクライナ侵略が始まった直後こそドルに対して売られたユーロもその後は持ち直し横這いで、円に対しては上昇している。つまり足元はドルが強いというよりも円が弱い状況。
問題は何故円だけが弱いのかという点。通常3月は決算を控えてレパトリと言われる円買いが生じる時期だが、今年は真逆の動きになっている。
その理由が日米金利差拡大と決めつけるのは筋違いかもしれない。もちろん日米金利差拡大も円安・ドル高を加速させる要因になっているはずだが、本質的な要因ではない可能性が高い。
重要なことはウクライナ侵略に伴う原油を始めとした資源価格の上昇が進んでいることだ。多くの人が足もとの資源価格の上昇を一過性のものだと見做しているのであればさほど問題ないが、そう思い込むわけには行かない状況になっている。
ロシア産原油の輸入禁止というクレミア危機の際には取られなかった経済制裁がとられ、欧州はロシアからの天然ガス輸入を大幅に減らす方針を示している。さらにロシアをSWIFTから排除したうえ、小麦の生産量世界7位、輸出量で世界5位の国であるウクライナの国土は壊滅的被害を受けている。こうしたことを考えると、世界経済がウクライナ侵略前に戻ることは現実的に難しいと言わざるを得ない状況である。
一般の人はともかく、高騰する資源を輸入する必要がある企業やその担当者にとっては物の確保が最優先事項で現在の価格が割高であるかなどは2の次になる。
そして資源の輸入の決済の多くがドル建てである。要するに資源確保を急ぎ、それによって資源価格が上昇すればするほど決済のためのドル需要も増える構図になっている。
ドル需要が強まる中でロシアの外貨準備凍結という制裁がなされたことによってドル不足が懸念されるようになった。さらにFRBはインフレを抑え込むためにバランスシート縮小に向かう姿勢を見せており金融市場のドル不足不安を加速させる結果となっている。
足下は米国利上げによる金利差拡大で円安ドル高が進んでいる形になっているが、利上げよりも資源価格の上昇によってドル需要が増えるなかで、ロシアに対する経済制裁とFRBのバランスシート縮小によるドル供給・流通量の減少懸念が足元のドル高を生んでいる原因のように思われる。
2015年終わりから2016年にも米国利上げに伴う日米金利差が拡大する局面があったが、その際には円安・ドル高にはならなかった。それは、原油価格が概ね40ドル台で安定的に推移しドル需要の増加がなかったこと、FRBがバランスシート縮小は利上げ終了後だと明言していたことでドル供給不足懸念も起きなかったからだといえる。
重要なことはこのあと停戦合意が出来たとしても、世界経済はウクライナ侵略前には戻らないということだ。ウクライナ侵略は世界経済に「不可逆反応」をもたらした。そう考えると、日米金利差拡大によって円安・ドル高というウクライナ侵略前の単純な構図で物事を捉えるのは危険だということになる。
そしてFRBが利上げとバランスシート縮小を急ぐ姿勢を見せ始めたことは、資源の確保とそのためのドル確保という「二つの責務(Dual Mandate)を負っている輸入業者のドル買いの背中を押す結果になる。
日本にとって資源価格の上昇と円安・ドル高は地獄だが、「雇用の最大化と物価の安定」という「二つの責務(Dual Mandate)」を負っているFRBにとって輸入物価の上昇を抑えることでインフレ抑制効果をうむドル高は大歓迎のはずである。
こうした日米の温度差も円安・ドル高要因になっていることも頭に入れておいた方が賢明そうだ。