核巡る安全保障課題と日本の対応 – 新潮社フォーサイト

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ロシア、中国、北朝鮮は、核による脅しで概ね共通した戦略を持つと考えられる(ロシアのプーチン大統領=2月27日)  (C)EPA=時事

ウクライナ危機でプーチン大統領がとった核恫喝は、「核武装した現状変更国」が状況を意図的にエスカレートさせることで相手に妥協を強いる「エスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」戦略だと理解できる。これに緊張緩和を最優先する一見“常識的”な回避志向で臨むことは、我々が望む方法とタイミングで危機を収束させるための主導権を手放すことになりかねない。 (この記事の後編『非核三原則の見直しと「核共有」は、東アジアの拡大抑止モデルとなりうるか』は、こちらのリンク先からお読みいただけます

   2月24日、ウラジーミル・プーチン大統領はウクライナに対する事実上の宣戦布告演説の中で、ロシアは今でも世界最大の核保有国の一つであることを強調した上で、「我が国への直接攻撃は、どんな潜在的な侵略者に対しても、壊滅と悲惨な結果をもたらすであろうことに、疑いの余地はない」と述べ、西側諸国の対応次第では核使用も辞さない構えを見せた。そして同月27日には、戦略核抑止部隊に対して特別警戒態勢をとるよう命令を下している。

   またこれに伴って、日本では、現行の核抑止政策の有効性やそのあり方をめぐる議論が活発になっている。

   以下では、ロシア・中国・北朝鮮の核戦略に見られる共通の特徴と、それに日米が効果的に対処するための拡大抑止政策のあり方について考えてみたい。

恫喝は現実の核攻撃にエスカレート

   日本では、核をめぐる議論が、軍縮努力を怠っている核保有国(P5)に対して、非核保有国が訴えかけを行うという構図で語られがちな側面がある。しかし、これは核不拡散条約(NPT)のような特殊な文脈の中で人工的につくられた対立構造であり、実際の安全保障環境を反映したものではない。

   我々が実際に直面しているのは、「核武装した現状変更国(ロシア・中国・北朝鮮)」と「ルールに基づく国際秩序の現状維持国」という対立である。今回のウクライナ危機において、プーチンがあからさまな核恫喝に乗り出してきたことは、この厳しい現実を多くの人々に直視させることとなった。

   もっとも、ここ10年ほど(特に、2014年のロシアによるクリミア侵攻以降)、米欧の戦略コミュニティでは、これらの現状変更勢力が核をちらつかせた脅しを行ないながら、米国が介入意志を固める前に既成事実化を成し遂げようとするという、概ね共通した戦略を持っていることが強く警戒されてきていた。そして、これらの国々による核恫喝に対し、米国とその同盟国が対処するための有効策を見出すことが、核戦略や抑止問題に関わる当局者や専門家にとっての最重要課題であったと言っても過言ではない。

   ロシア・中国・北朝鮮の戦略の中で、核兵器の役割は危機の段階によって変化する。

   最初に行なわれると想定されているのは、「もしA国への支援を続けるならば、B国を火の海にする」「制裁を解除しなければ、核攻撃も辞さない」といった、核使用をほのめかす言葉による脅しに加えて、模擬弾の発射を伴う核運用部隊の演習、地下核実験など、その実力を誇示するといった行動である(実際、ロシアはウクライナ侵攻の直前に、戦略核部隊の演習を行っている)。

   それでもなお現状維持勢力が抵抗を続ける場合には、エスカレーション・ラダー(梯子)を一段階高める措置として、本物の核弾頭を搭載したミサイルを無人地帯に向けて警告発射するなどして脅しの信憑性を高め、交渉においてより有利な立場をとろうとすることが考えられる。実際、北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返し、米朝間の緊張が高まっていた2017年9月には、当時の李容浩(リ・ヨンホ)外相が「太平洋上での水爆実験」を行う可能性に言及している。この言動は、一般には北朝鮮が常日頃から行っている大袈裟な脅しの1パターンにすぎないと受け取られたが、筆者を含む核戦略の専門家は、北朝鮮が核ミサイルを使った大気圏内核実験を実際に行う可能性を懸念していた。

   こうした脅しによっても状況が改善されない場合には、米軍部隊やその軍事拠点などを核攻撃することで作戦を物理的に妨害し、場合によっては都市部への核攻撃を試みて抵抗の意志を挫こうとすることが想定される。

   こうした一連の行動は、状況を意図的にエスカレートさせることにより、現状維持勢力に戦場での後退を促したり、外交交渉での妥協を余儀なくさせることを狙ったもので、「エスカレーション抑止(escalate to de-escalate)」と呼ばれている。

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