「型抜き」という遊びがある。写真のように溝で絵が彫ってあり、その輪郭のとおりに針で「型抜き」するものだ。
私が子供のころは祭りのたびに「型抜き」の屋台が出ていた。見事型抜きできれば、その絵に応じた配当がもらえるとあって、熱くなった私は少ない小遣いをそれに注ぎ込んだものである。
そんな魅惑の型抜きの屋台を、日曜に公園で1日営業してきました。屋台の「向こう側」に立って、うさんくさい「屋台のねえちゃん」になってきました。
※2005年11月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
あっけなく出店
「型抜き」の屋台を出す。いきなりなぜそんな局面になったかというと、どうにも生活が困窮してきたからだ。
というのは嘘だ。ある日読者の方から1通のメールをいただいたのだ。
「型抜き遊びの屋台を、俺は自分で出してた事があるのです。」
一瞬本職のテキヤさんかと思いきや、まったく関係なく独自に出していたらしい。しかも学生時代にバイトの一環として。なんという独立精神だろう。
とにかく、あっという間に出店当日。井の頭公園に集合だ。
公園の中で、今回メールをくださった有也さんと対面。彼は子供のころから型抜きに接し、キャリアはもう20年だそうだ。私など、遠い小学生のころ年数回の祭りのときしかやっていないのに。しかしなんでまた屋台を?
「型抜きは昔から好きだったので、自分で勝手に店を出しちゃおうと思って。」
「出しちゃおう」でほんとに出すところがすごいと思う。
のんびり自分のペースでできるから楽しいんだ、とも。私も屋台の店番なんて初めてなので楽しみだ。
ところで、型抜き屋をやるのに必要なもののリストがこちらである。
* 型抜き配当表
* 型抜き菓子
* 画鋲
* 100円玉用コインケース・・・あるとちょっと便利
* ビニールシート・・・お客さんが荷物を置いたりする場所としてあると喜ばれる
* 看板
* ビールケース・・・コレをベニヤの下に置く
* ベニヤ板
* イス・・・あれば便利
他のお店とお店の間にかろうじて1店分のスペースを見つけ、出店準備にとりかかる。私はほぼ見てるだけである。
ここ井の頭公園に集合したのは朝の10時だったのだが、遊歩道沿いにはすでに他のお店がずらーっと並んで、出店準備をしていた。かなりの店数である。それを見るだけでも、浮かれ度が徐々にアップしてくる。
30分くらいでお店の体裁が整った。拍子抜け、といっては失礼だが、ベニヤをこう組み合わせるだけで、お店自体は簡単にできてしまうんだなと感慨深い。
さて、ここからが商売である。どのようにお客を呼んで、接していくんだろう。
有也さん曰く、「なるべく店のにいちゃんは、うさんくさい感じで、気合をいれてないほうがいいんですよ」とのことで、彼は今日はサングラス・ニット帽・上下揃いのスポーツウェア。うん、確かにうさんくさい。
さあ、今日の営業は果たしてどうなることでしょうか。
型抜き屋のウラ側見せます
お客さんがまだ来ないので、今のうちに型抜きについてもう少し解説しよう。何といっても重要なのが、型抜き菓子である。「菓子」というからには食べられるものだ。原材料はデンプンや砂糖、寒梅粉(米粉の一種)。
私はこれが食べられるなんて知らなかった。小さいころに型抜きをやったとき、何となく口に入れたことはあったが、なんだかレンガみたいな味がしたのを薄っすら覚えている。
レンガの味を知っているのかどうかは置いといて、形状から「スポロガム」(これもまた懐かしい型抜き状のガム)を連想し、それくらいうまいものだろうと勘違いしていたのだ。
1枚6円。それを100円で買い、見事掘り抜けばその形に決められている配当がもらえる。上の配当表では1番高配当なのは10000円、団子状のものだ。もっと難しそうなものもあるけどもっと安いぞ・・・などと思ってはいけない。どれも同じくらい難しいのだ。
今冷静に見れば、もうまさしくギャンブルだ。親に怒られるのももっともである。 でも、掘り抜いた先に元手の何倍ものお金が…と、やめられないんだなこれが(小学生の私・談)。
さて、まず私がやってみることにしよう。
なんだ、この難しさは。手先は決して不器用ではない私が、何枚か試したがぜんぜん進まない。破綻はあるとき突然訪れる。なんの前触れもない。たまらん。硬い砂糖菓子の、何の割れ癖も読めないまま終わってしまう。
有也さんは最高10秒で抜いたこともあるほどの猛者で、ちょっとしたものなら最初は手で割っていってしまうし、必ず抜ける必勝法も築き上げているという。でもその方法がまったく想像できない、それほどに難しいのだ、型抜き。
ちなみに、「濡らす」、「他の場所で掘って持ってくる」のは禁止。ハイトルクルーターも禁止です。
くやしがってばかりもいられません。営業しないと。さあ、型抜きですよー。いらっしゃいー。
ひとおおり説明を聞いて、もじもじと迷っていたが、後でと言って友達と去っていった。
ここで有也さんから営業のアドバイスが。「迷ってるお客さんにはあまり熱心に声をかけず、気のない感じでいいんですよ。品物を売るのでなく型抜き自体に魅力があるので、それで十分。配当という欲望の対象もあることですし」
商売の基本を、型抜き屋で教わるとは。人生何事もやってみないとわからないものだ。
この世のヘブン井の頭
ちょっと店を休憩がてら、他の出店も見てこよう。
ぶらぶらと歩き回って冷やかしに徹するのもいいが、お店を出すほうにまわるのも楽しそうだ。ふつふつと、「出店欲」が私のなかにわきあがってくる。
あ、そういえば今日はお店側の人間じゃないか。戻ろう。戻ってみると、店が小さい客でえらくにぎやかになっていた。お、さっきの子が決意も新たに戻ってきたぞ。
なかなかあきらめようとせず、小遣いを少しづつ消費していく。
こんな子供のころにも、射幸心というものはすでに自然に芽生えているものなのだ。自分のときも、目の前に300円でも10000円でもちらつくと、なかなかやめることができなかった。
消費の時代とはいえ、300円は大きいですよ、子供には。夢も広がる。まあ、その夢も、型抜きの突然の亀裂で終わってしまうわけだが。
中には、親を引っ張ってくる子供もいる。強力な後ろ盾出現だ!「お母さんも、ふだん金、金、言ってるんだからさー」と、親を説得しようと子供もいっちょまえな口をきいている。
型抜きでお金を消費するなんて、と眉をひそめる親御さんもいらっしゃるかと思うが、この程度の出費(だいたい多くても4~5回のトライ、400~500円)ならやらせてあげてはどうか。
型抜き自体がちまちまと面白いのは別として、期待していたもの(お金)がはかなく消えることをわからせるのも重要なステップなのではないだろうか。子供のいない私が言うのも説得力がないだろうが、小さいころ苦労せず今になっていろいろ苦労することの多い私からのせめてものメッセージだ。
いろいろしゃべりすぎた気がする。
大繁盛だったらしい
午後も3時くらいになると、人の往来もより繁くなってきた。その上、物珍しさも手伝って、型抜き屋の周りには常に人だかりができるようになっていた。
しかし、ここまででかなりのお客さんが来たにもかかわらず、1枚も型抜きは成功していない。ふつうは20人にひとりくらいの割合でお金を持って行かれるとのことなのだが。
持って行かれるとしても、せいぜい千円程度だというが、1枚100円の商売にはけっこう痛い。
ちなみに今までやってきた中で最年少型抜き成功者は小学校3年生だそうだ。小3といえば図画工作な青春真っ最中の年代(本当か)。大人も子供も関係ないのだ。
事前にデイリーポータルZスタッフにも告知していたので、ライターの皆さんも顔を出してくれました。
そういえば、掘っている人を見てるだけでも面白いのだった。ちまちまとじっと動かず掘っている人が、突然の板割れに遭い、「うわー!」と叫んですごいアクションをとるのだ。
たまにその突然さにびっくりする。そしてその動揺が、同じ台で戦う人の間にじわっと広がっていく。
童心に一番近いところにいると思われる集団、デイリーポータルのライター陣にして、結果はまたもやゼロ。
来ていただいた皆さん、(つぎこんでいただき)ありがとうございました。
そして営業はまだまだ続く。成功者は依然としてゼロのままです。
成功するには、だいたい2時間かかるそうだ。ガーン。サグラダ・ファミリアでも作る姿勢でのんびりやらないと。でもあの台に向かって長時間しゃがめないし、ベニヤのクッション性が微妙な作業の邪魔をする。ああ、もしかして掘りにくくしているのか。やりますな、お代官様。
針も、垂直でなく、水平に薄っすらとこすりながら掘り下げていくのがいいのかもしれない、が、違うかもしれない。
今度、問屋に行って練習用に1箱買ってこよう。
結論・「型抜きは楽しい」「屋台を出すのは楽しい」、つまり「型抜き屋をやるのは楽しい」。
今回の売り上げは1万円ちょっと。成功者が出なかったせいもあるが、かなりの売り上げだったそうだ。来ていただいた皆さん、ありがとうございました。
売り上げを別としても、あのテンションでならお店を出すのもいいなと思った。今度本当に自分で何か出店するかもしれません。
今回取材させていただいた有也さんにも感謝です。
世界型抜き普及委員会・委員長 |