アジフライを薄焼きパンで食べる図
「薄焼きパン」というジャンルの主食は広く世界中に分布しているものの、日本の食生活においてはなんとも影が薄い。カサカサとして素朴、焼くと不器用に膨れる薄焼きパン。正直に言って、地味な食べ物だと思う。しかしその薄焼きパンたちが、いま我が家の食卓をどれほどまでに助けてくれているか。
本日は声高らかに力説してまいります。薄焼きパンを普段使いしないなんて、もったいないですよということを。
海外旅行とピクニック、あとビールが好き。なで肩が過ぎるので、サラリーマンのくせに側頭部と肩で受話器をホールドするやつができない。
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まずはトルティーヤの話からはじめましょう
12枚入りで198円の冷凍トルティーヤが、業務スーパーで売られています。
みなさんもタコスやブリトーといったメキシコ料理を、きっと一度くらいは食べたことがあるでしょう。あれのガワにあたる部分、薄くて平たいパンがトルティーヤです。
冷凍トルティーヤは安くてかさばらず、保存がきくので、我が家の冷凍庫には常にストックされている。出番があるのは「外食に頼るほどではないけど晩ごはんをつくるには無理すぎる」という日だ。日本社会で一生懸命に生きる大人には、少なくとも月に1回。多ければ3回はそういう日がある。
冷凍のまま、油もしかないフライパンで強火にあてて45秒。さっと裏返し、中火に落として15秒。2枚目からは、フライパンが温まっているのでもっと早く焼ける。
トルティーヤをどんどん、どんどん焼いているあいだに、適当な野菜をざくざく切って皿に盛って、今日のゆうげはほぼ完成。これでなんとなく祝祭感があって、なんとなくいいもの食べてる感じの晩ごはんになるのだからありがたいことです。食パンを焼いてもこうはいくまい。
味付けもテーブル上にマヨネーズやドレッシング、チリパウダーなどを並べたら、あとは各自で好きなようにやってもらいます。
トルティーヤが食卓にのぼるときはたいていビールも飲みながらで、夫婦で5~6枚食べればひとまずお腹は満たされる。けど、もし足りなければ「今日はあと2枚いけるな」とか「1枚だけ焼いて半分にしようか」とか、すぐに柔軟に追加で焼けるのも素晴らしい。いろんな点ですごく気楽な晩ごはんメニューで、食事当番の身としては、薄焼きパンのストックがもたらす精神安定効果ははかりしれないものがあります。
薄焼きパンは昼に本領を発揮する
あらためて、冷凍の薄焼きパンが主食として優れているポイントをまとめます。
・保存がきく
・冷凍庫内でかさばらない
・調理時間が短い
・いろんな具材と合う
・量の調整がしやすい
この条件にすべてぴったりと合致する主食って、なかなかないと思うんですよ。ごはんにしても食パンにしても乾麺にしても、もちろんそれぞれに良さはあるけど、こと利便性と汎用性に関しては、薄焼きパンには敵わない。
で、そんな薄焼きパンのストロングポイントが最も発揮されるシチュエーションというのは、実は在宅勤務における昼ごはんなのだと思うのです。
まず在宅勤務の昼ごはんなんて、いかに手間をかけずにさっさと済ませるかみたいなとこありますよね。そこで前日の晩ごはんの残りと、冷凍ごはんチンして一緒に食べるみたいなスタイルに落ち着きがちじゃないですか。でもそれだと二食つづけてまったく同じメニューになっちゃう。そこで目先を変えて、薄焼きパンですよ。
このお手軽サンドイッチが、まあ楽ちんで便利なのです。ここまで準備するのに3分。洗い物も少ないし、お行儀のことを置いておけば、仕事をしながら片手で食べることもできますし。忙しい仕事の合間にこしらえる昼ごはんとしては、薄焼きパンは本当に優秀なやつなんです。
何より、そもそもトルティーヤがシンプルにうまい。流行りの食パンみたいにもちふわの美肌ではなく、むしろカサカサしているけど、噛み締めると穀物の風味がしっかりと感じられる。この安心感。この飾らない味わいが、どんな残り物おかずともすんなり和合するのです。
またとある日の晩ごはんは中華風肉だんご。
さらに別の日。
またまた別の日。
西洋料理に合うのはイメージ通りですが、陽キャラのトルティーヤは意外と交友関係が広くて、和食や中華とも上手くやれてしまう。食材だって肉OK、魚OK、野菜OKの素晴らしいオールラウンダーぶり。懐の深さが光ります。
物の本によると、そもそも各地で薄焼きパンという主食が発達してきた理由の一つに、「食べられる皿」という利点があったからだと指摘されています。家庭ではいろんなおかずを直接パンの上に並べて、巻くなり包むなりすれば食べやすく、皿はおろかフォークもスプーンもいらないので余計な洗い物が出ない。携帯性がいいので外出先でも皿として大活躍。であるからして、「皿」にどんなおかずを乗せてもちゃんとうまいというのは、ある意味で当たり前の話なのです。
薄焼きパン ワールドツアー
食卓におけるトルティーヤの有用性、お分かりいただけたでしょうか。ありがとうございます、賛同の拍手ありがとうございます。でも一方でさすがに毎日トルティーヤばかりだと飽きちゃうのではと、ご心配の声も聞こえてきますね。
ご安心ください。薄焼きパンはトルティーヤのみにあらず。これから世界各地域の、多種多様な薄焼きパンをご紹介する用意がございますので。
本記事はここから第二部に突入。世界の薄焼きパンをご紹介しつつ、薄焼きパンのさらなる可能性を探っていきます。皆さんも自分好みの一枚を見つけて、素敵な薄焼きパンライフを送っていただけますれば。
まずはマイフェイバリット薄焼きパンから。インドなど南アジアで常食されているチャパティです。
トルティーヤと見た目はよく似ています。焦げ目がつきやすくて、全粒粉小麦の香ばしさが一層はっきりした味わいで大変おいしいです。あとトルティーヤと比べて一回り大きく、薄く、柔らかでおかずを挟みやすいのも気に入っている。我が家でもっとも頼りにしている薄焼きパンです。
薄焼きパンは「挟む」ばかりが能ではありません。チャパティはもともと、カレーと一緒に食べられることが多い主食。つまり「浸す」「すくう」という生き方もあるのです。
薄焼きパンは甘味とも相性がいい
次に紹介する薄焼きパンは、ロティ。
チャパティと同じく南アジアで食べられています。というかロティとチャパティは、同じ食べ物を違う言語で表現しただけだという説も見受けられ、両者の差異は限りなく小さいと考えてよさそうです。
ある日の昼下がり。戸棚の奥から、パウチのおしるこを見つけて無性に食べたくなりました。しかし都合よくお餅まで見つかるなんてことはありません。
香ばしい焼き目の風味と噛み応えのある食感が、十二分にお餅の代わりを果たしてくれました。薄焼きパンのポテンシャルが恐ろしい。
続いて、またもや南アジアの薄焼きパン。パラタといいます。これはちょっと、ハッとするくらいおいしいやつですよ。
枚数が少なくて単価はややお高めですが、直径も厚みもほかの薄焼きパンより一回り大きいのでそこまで割高ではありません。生地がパイのようにサクサクの層を形成していて、バターが練り込まれている。他とは一線を画す、ユニークな薄焼きパンです。
少しちぎって食べてみると、サクサクしてうっすら上品な甘みも感じられる。そう、これはまるで焼きたてのクロワッサンのようなおいしさ。パンそのものの味で言えば、パラタがダントツにうまいです。そんなパラタは何と合わせるべきか。
相性など気にせず、何を乗せてもおいしいんですけどね。しいて言えばパンの風味がしっかりしているので、それに負けないくらい味の主張があるおかずのほうが合うかもしれません。
実は、はじめてパラタを食べたときから一つの確信がありました。このバターの香り。この上品な甘み。パラタにはアイスクリームが合うのではないかと。
それはもう。ばっちり文句なしにおいしかったです。アイスクリームと食べるとバターのナチュラルな塩味が際立つんですね。甘じょっぱさのバランスが最高でした。
中華式薄焼きパンは朝食向き
パラタは、それ一枚だけで昼ごはんになるような重量級のパンでしたが、反対に薄くて小さな薄焼きパンもご紹介。中国のカオヤーピン(パオピン)です。
中国のパンといったらマントウとか花巻といった、よく発酵させたふかふか系が主流で、薄焼きパンと呼べそうなものを見つけるのにはなかなか苦労しましたが、探索の末にガチ目の中華食材店でみつけました。
カオヤーピンは、漢字で書くと「烤鴨餅」。実はこの薄焼きパンは、北京ダックを注文するとセットで出てくる、甘味噌を塗って鳥皮を包むためのアレです。
かじってみると、炭水化物としての存在感はごく控え目。ただ、餅のようにみょーんと少し伸びて、もちもちと心地よい噛み応えだけがあります。なるほど。これは中に入れる具材の引き立て役に徹している食べ物だということがよくわかります。
さてほかの薄焼きパンと同様に何を挟んでもおいしいですが、カオヤーピンにはなんとなく和風の食べ物が合うように思います。同じ東アジア文化圏の食べ物という思い込みから来るものかもしれませんが。
カオヤーピンは食べ応えがとにかく軽いので、朝ごはんに2~3枚をさっとレンチンして、適当な残りものを包むとボリューム的にぴったりです。これで、薄焼きパンで朝・昼・晩を制覇だ。
ソースたっぷり系ならピタパンにまかせろ
中東や地中海沿岸地域で食べられているピタパンは、ほかの薄焼きパンのようにぺらぺらではなく、それなりに厚みがあります。一番の特徴はパンの中がぽっかり空洞になっていること。
大きな空洞で収納力は抜群、液体もある程度受け入れられるキャパシティ。薄焼きパン業界でNo.1の包容力を生かして、ほかの薄焼きパンにはできない楽しみ方を模索しましょう。
パンの内側はふわふわでソースの味をよく吸い、外側はパリッと焼いているのですぐには水分が染み出てこないので、シチュー系というか、ソースたっぷり系というか、そういう料理と一緒に食べるにはとても便利な薄焼きパンです。
ピザはハレ感がどうしても隠しきれない
ここはおまけパート。最後にこんな薄焼きパンも紹介しておきます。
言われてみれば、これも薄焼きパンなんですよね。しかもおそらく、世界でもっとも市民権を得ている薄焼きパン。
すこし本筋から外れますけど、これ普通にすごくいい商品ですよね。この商品が冷凍庫に常備されているだけでQOLがグッとあがる。安くて、自由に具材が乗せられて、思い立ったらいつでもピザが作れるなんて。焼きたてのピザってなんであんなに気分がぶち上るんでしょうね。
しかしその裏返しなのですが、今回の記事テーマ「薄焼きパンの普段使い」とは相性がよくなかった。何枚も焼けるサイズじゃないし、片手で気楽にも食べられない。あとピザというだけで、あれもこれも乗っけて豪華にせねばと勝手に思ってしまうんです。ピザはハレの薄焼きパン。あくまで日常使いは難しいということで。