NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)が「日本版スマートソサエティ」を実現するべく取り組んでいる“デジタルツイン”が、いよいよ動き出した。リアル世界を仮想空間上に再現し、リアルでは確認検証が難しいことをバーチャルにて試すことで、その結果をリアル世界にフィードバックしようという試みだ。
NTT Comでは、その仕組みを、防災減災をはじめとする社会課題解決に活用しようとプラットフォーム開発を進めてきた。すでに2021年にはPCにて動作するモックアップを構築し始め、将来その中でユーザーが自由に歩き回ることが可能になる。その先駆けとして、水害ハイリスク地域周辺におけるフィジビリティスタディを始めている。
現在は4月からの実証実験へ向けたフィジビリティスタディの段階で、一般ユーザーが仮想空間を体験できるようになるのは少し先になりそうだが、「小規模ながらも実際にデジタルツイン・シミュレーションプラットフォームを稼働させることで見えてきたところがある」と、プロジェクトを率いる同社イノベーションセンター 日本版スマートソサエティプロジェクトリーダーの大貫明人氏は語る。
NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター 日本版スマートソサエティプロジェクトリーダーである大貫明人氏
フィジビリティスタディを通じて一体どのようなことがわかってきたのか、検討開発の進捗状況も含めて同氏に話を聞いた。なお、仮想空間におけるシミュレーションの詳細については、改めて別記事にて紹介する予定だ。
「仮想空間」にて水災害発生時の行動シミュレーション
大貫氏によれば、NTT Comがデジタルツインコンピューティング(以下、デジタルツイン)に着目したのは、「問題があることはわかっていても、どのように解けば良いかわからない、いわば“社会課題の解決力がない”という課題の解決」を図ることに最適なプラットフォームだと考えたためだ。
たとえば、災害などが発生したとき、人がどう考え、どう行動するかは、実際にその時になってみないと本当のところは分からないかもしれない、だからといってリアル世界にてその状況を作り出すことは難しい。しかし、現実に近い仮想空間にて同じ状況を作り出せれば、リスクなく確認分析することができ、よりスマートな災害対応などに向けたヒントが得られるかもしれない。
同社では、そのようなデジタルツインを用いた社会課題解決を目指すべく、第一歩として、水災害発生リスクが高い地域における防災減災に向けた取り組みからスタートさせた。住民が災害発生前後にどのような行動をとるのか確認分析し、そのデータをリアル世界における災害対策に活かそうというわけだ。
そこで同社はまず、水害リスクの高い地域について、国が提供するオープンかつ高精度の都市空間データなどをもとに3Dグラフィックにて再現。さらに自治体が作成しているハザードマップや専門家の知見・指導のもと、河川氾濫による災害発生時の被害、たとえば時間経過によって変化する浸水の範囲や深さなどを、現実に即した形でその空間内に反映できることを目指した。
3Dグラフィックによる仮想空間として作り上げ、水災害発生シナリオを実装しようとている
テストユーザーはPTAやマンション管理組合、学生、企業に所属する人たち、延べ数十名。イメージ動画とモックアップを用いて「デジタル防災訓練」のフィジビリティテストを行った。刻々状況が変化するなか、ユーザーが避難せず自宅に留まって“籠城”するのか、所定の避難所へ逃げるのか、あるいはもっと遠くの場所へ移動するのかなど、さまざまな判断・行動結果が得られる内容だ。
実装しているのは限定されたエリアであり、イメージ動画や机上でのインタビューを交えた形式であること、テストユーザーも限られた人数であること、細部の作り込みについてはまだ完成形ではないなど、あくまでも開発途上の段階。そのため、「出来ないことがある」との意見や、「スタート地点となる個人宅の室内は個々人に合わせてしっかり作り込まないと戸惑われる」という課題などはありながらも、外の景観については「実際にそこに住んでらっしゃる方からすると、『ああ、あそこだね!』とすぐにわかってもらえる」(大貫氏)レベルになっていたという。
「この程度のクオリティであれば、人々はリアル世界と同じように考え、無意識時も含めて同じような行動をしていただけることがわかった」と大貫氏。自身も3D空間のモデルとする地域のビジネスホテルに何度も滞在し、現地を見ながらイマジネーションを働かせ検討を進めたとのことで、「最初はグラフィックも粗く見えていたが、滞在して現地を見続けていると、結構再現できているという実感が出てきた」とも話す。
最新の3Dゲームでは、よりリアリティのある街並みを再現している場合もある。とはいえ、「リアル世界と同じ行動」を起こしてもらうという狙いにおいては、過剰なグラフィック品質はその妨げになりうるとも大貫氏は考えている。仮想空間といえども現実感のある風景として受け止められ、現実にその人がとるであろう行動と同じように振る舞ってもらうためには、リアルに即した部分と、人の想像力にて補ってもらう部分の「バランスが重要」と感じているようだ。
行動と「その行動の判断材料」を探ることが可能に
テストユーザーによる検証は、事前の考え方を推し量るアンケート、イメージ動画とモックアップ、参加者同士にて行動を振り返りながら議論するワークショップ、その後の行動変容などを確認するアンケート、という流れで進められた。その一連のプロセスを何度も観察していた大貫氏は、「外に出て避難される方より、自宅に籠城する方が多かった」こと、ワークショップなどでは「防災減災についてみなさん意識が高いと思う反面、そのための充分な準備を実際にできている人はそれほど多くない」ことなどが徐々に分かってきたという。
事前アンケートでは、災害発生が予見される場合に「避難する」と答えていても、モックアップでは籠城したパターンもあった。「いろいろ考えた結果、籠城した方がいい、と判断したのかもしれない。少なくともこれまでのフィジビリティスタディで、そのあたりの『何が人々(に避難)を思いとどまらせているのか』などが多少なりともわかってきた」と大貫氏は明かす。
ただ、「当たり前だが、人によって(行動を起こすきっかけとなる)閾値が違う。避難タイミングも、購買行動もばらばら。どう情報をプッシュすれば最善の方向に行動してくれるのか、そもそも最善とは何か、考えれば考えるほど難しい」とも付け加える。また、「マクロ的な視点における最適解を見失いやすい」のも課題だ。あるマンションの設備・構造など、ミクロな部分にて防災減災に効果的な手法を見つけたとしても、それが全体的な災害対策の観点から正しい方法とは言えないかもしれない。「それで助かりやすくなるとしても、救助する側からすれば、設備のあるなしに関わらず最初から遠くに避難していてほしい、と思うかもしれない」からだ。
大貫氏は、4月に実施予定の「デジタル防災訓練」にはリアルの防災訓練にはないメリットもあると訴える。リアルでは「多くの場合、建物1階外まで避難して終わり」などだが、デジタル防災訓練ならば「災害発生の何日何時間前には電車にてどこどこまで避難した方が良い。なので、何日前からはそもそも出社などはできない、といった判断を個人やコミュニティ・組織単位にてできる」とする。年1回など定期的なものではなく、いつでも何度でも繰り返せるのもデジタルの強みだ。「何回も体験することで、自分やコミュニティ・組織にとって一番適切な行動が何かを導き出せる」ことにも期待できる。
あるいは自宅だけでなく、外出先など離れた場所から避難を開始するようなケースのシミュレーションも可能になる。大貫氏は「平日と休日とでは公共交通機関や避難所の混み具合も変わってくる。複数の避難所があったとき、避難者の数が一方に偏ってしまうこともあるかもしれない。それによって備蓄量などを変えなければ、という判断ができるかもしれないし、避難所の最適な場所や広さなどを考えるのにも役立つ」と語る。
社会課題解決力を高めるという目標に向けて
NTT comがデジタルツインを構築する元々の狙いには、「人々の行動変容を促す新たな仕掛け」や「リスク評価から合意形成に至るプロセスの確立」、そして「センターB(企業)、センターG(自治体)を巻き込んだ新たな課題解決サービスの創出」という3つがある。
デジタル防災訓練で言えば、被害が未だ深刻化していない避難可能な段階で、速やかに防災減災行動をしてもらうには人にどう伝えることが良いのか、を見つけるのが目的の1つ。さらに、リアル世界における出来事としてシミュレーションを振り返り、コミュニティ・組織単位にて改善意識を共有して合意形成を図ることと、災害対策につながる行政サービスや民間のサービス・製品の開発にて「社会課題解決力」を高めることが目標だ。
現在のところ、「目指す世界観の実現度合いとしては、ようやく高い峰の麓に着いて、ぼんやりと頂が、しっかりと裾野が見えてきたくらい」という自己評価にて、企業・自治体が参加してリアル社会の改善につなげていくのはまさにこれから。
将来的には「こういう防災グッズや保険があればいい、被災3日前の交通ダイヤはこうしたほうがいい、この道はこの橋はもっと広いほうがいい、といった集まったアイデア・集合知をデジタルツインに実装し、さらにシミュレーションして結果を得る」ことを考えている。そこまでたどりつければ、プラットフォームとしての社会的価値、経済的価値は揺るぎないものになるだろう。
2022年度もはフィジビリティスタディで得られた知見を活かして、実証実験を実施する計画だが、こうしたデジタルツインを用いたプラットフォームは、防災減災に限らず、食糧問題、脱炭素、地方創生など、さまざまな社会課題への応用も考えられる。そのためにも、このプラットフォームを活用して製品などを開発する企業や、市民サービスを拡充したい自治体をいかに集められるかが重要だ。
大貫氏は、「何が課題解決に寄与するのかは、やってみないとわからない」とし、「インフラ事業、保険サービス、小売店など、現実と同じように生活に密着したいろいろな事業者にパートナーとして参加していただくことが重要。現実のエコシステムと同等のものにできれば」と意気込んだ。
CNET Japanでは2月21日からオンラインカンファレンス「 CNET Japan Live 2022 〜社内外の『知の結集』で生み出すイノベーション〜 」を2週間(2月21〜3月4日)にわたり開催する。2月25日のセッション「デジタルツインで社会課題解決に挑む『日本版スマートソサエティ構想』」では、NTT Comのデジタルツインの取り組みをより詳細に語ってもらう予定だ。後半では質疑応答の時間も設けるので、ぜひ参加してほしい。